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京都新聞10月24日の記事です。 北野天満宮の屋根修理で安土桃山時代から江戸時代初期の武将直江兼続(1560〜1619年)が、学問の神様、菅原道真を祭った北野天満宮(京都市上京区)の屋根修理費として、天皇の寄付額の倍に当たる米100石を寄付したことを示す古文書が同天満宮に残っていたことが24日、分かった。 記載された人の中では最高額で、鑑定した藤井譲治京都大教授(日本近世史)は「学問に秀でた兼続が、天満宮を支援したのでは」と推測。兼続の“太っ腹”ぶりを示す史料として注目されそうだ。 古文書は1588(天正16)年の「北野檜皮葺奉加帳」で、北野天満宮が所蔵。 修理費用を負担した人の名前と金額が筆書きされ、最初のページには身分の高い7人が掲載されていた。 6人目に直江兼続を示す「越後 直江山城守殿」と書かれ、寄付額は「米百石」だった。 当時の換算では約20両で、黄金2枚分に相当。 同じページには「位御所様 黄金壱枚」などの記載もあり、後陽成天皇と、正親町天皇だった正親町院がそれぞれ黄金1枚を寄進したことを示している。 藤井教授によると、兼続は、生まれ故郷の越後国の一部が室町時代に北野天満宮の領地だったため寄付したとも考えられるという。 また豊臣秀吉の妻ねねは「黄金壱枚 政所殿様」とあり、後陽成天皇や正親町院と同額だった。 ねねの次の行には「黄金弐枚 密々」と記され、秀吉の名前を伏せて、黄金2枚の寄付額だけを記載した可能性があるという。 まだまだこうゆう類の文書はあるもんですね。 まだ関ヶ原前ですから兼続もこのような寄付が出来たんでしょうけど、移封後はさすがに‥
とは言え兼続の人柄を表す重要な資料の1つですね〜 |
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小早川秀秋が享年21歳にて亡くなります。 死因は様々に言われていますが主なものとして‥ ・毒殺説 ・小姓の返り討ち説 ・農民の返り討ち説 ・局部破損説 ・精神異常からの憤死 ・発狂説 どれをとってもマイナスイメージばかりですね‥ でも20歳そこそこで沢山の重荷を背負ったのですからそこはこんな結果であっても何かしらの評価をしてあげたいような気もします‥ だって時代が違うとは言え自分が20歳の時って‥
かたや現在に例えるなら秀秋は一代企業の社長におさまってしまった身分ですからね。 |
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先日父親が山形県へ出張に行き買ってきたお土産です。 もうすぐ天地人も放送終了ですから地元の土産物屋さんもラストスパートといったところでしょうか。 (天地人は余りに酷いのでもう観ていません‥長谷堂の戦いって終わったんですかね?) ところでこのマスコットキャラクターのかねたんですが、放送終了後も活躍していくんでしょうかね。 さらに知らない間に「かげっちさま」「おせんちゃん」というキャラも出来てました。 かねたんはゆるキャラとしてはひこにゃんの二番煎じの感が否めませんが、今後もかげっちさま、おせんちゃんと共に地元を盛り上げて欲しいものです♪
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偉そうなタイトルですが要は缶コーヒーのおまけです。 子供が車が好きなので今までもついつい買ってしまっていたのですが、増え続けるおまけに嫁さんからも禁止令が出ておりました。 しかし今回のはF1カーであり個人的にも好きなので買ってしまっております。 手前から マクラーレンMP4/5Bホンダ ウィリアムズFW16ルノー ロータス99Tホンダ ロータス97Tルノー おまけにしてはなかなかの出来です!!
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シルバーウィークを皆様どうお過ごしでしょうか? 昨日は上の息子と自分の父と3人で埼玉県の大宮区にある鉄道博物館へ行ってきました。 鉄道に対してよく知ってるわけではないのですが子供が電車が好きなもので‥ 特に旅行に行く訳でものないのでせめてもと思い行ったのです。 しかし噂には聞いていたものの凄い人です。 そして思っていたより広い館内。 こりゃ好きな人にはたまらないというのが良くわかります。 父と2人で、へぇ〜とかほぉ〜とか感心しながら見ていたのですが肝心の子供はなにやら不機嫌で‥ 次第には泣き出す始末。 どうやら館内の証明が落とされて暗いのが怖いのと動いていない電車に余り興味が無いようで。 なので屋上のテラスへ。 ここは右手に埼京線やら東海道線やらJRの電車が、左手には東北新幹線やらニューシャトルやらが走っているのを眺める事が出来ます。 約30分ほど飽きる事なく子供は走る電車を眺めたのですが‥
個人的には10分で限界でした(笑) |




