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「月旦評」で有名な人物鑑定の大家です。 曹操を「治世の能臣、乱世の奸雄」と評した事でも有名ですね。 (後漢書では「清平の姦賊、乱世の英雄」となっています) ですが曹操の件だけで人を見る目があるかといったら間違いで、 太史慈を評価しなかったという事もありました。 劉繇の元に太史慈がいた際に太史慈を将軍にするように勧められると 「そんな事をしては許邵に笑われる」 と承諾しなかったというエピソードが残っています。 許邵にどれほど人物を見る目があったかどうかというよりは、 この時代はこうゆう人物鑑定の大家に鑑定される事が名誉だったのでしょうね。 どのようにして人物鑑定の大家として名を馳せるようになったのかはわかりませんが、 今の世の中から考えるとインチキ的なものを感じてしまいます(笑) 最後は揚州の劉繇の元に身を寄せ、劉繇が孫策に敗れると、共に豫章に逃げてそこで死にます。 |

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