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演義に出てこないのでマイナーな人物です。 10代で郡吏となり黄巾の残党の呉桓を斬ります。 ただこの戦いで足を傷つけ曲がったまま伸ばせなくなってしまい歩けなくなりました。 留贊は『史記』『漢書』などを読みため息をつきます。 そして親族を集めて‥ 「今、天下は乱れて群雄が割拠している。昔を知ると実力次第で誰でも富を得られたものだ。だが自分は満足に歩く事もできずこのように野に埋もれている。これでは死んだも同然だ。なので足の筋を切り曲がった足を伸ばそうと思う。上手くいき死ななければ再び用いられることもあるだろう。もし死んでしまったらそれまでの事」 凄い事ですね‥ 豪胆というか無謀というか‥ そして留贊は刀で自分の足の筋を切ります。 この直後、出血多量で意識を失うのですが、当然です。 そして曲がった足は強制的にまっすぐに戻され、傷も癒えた頃、引きずりながらではあるものの歩けるようになるのです。 この噂を聞いたのが淩統です。 淩統は留贊に面会を申し入れ、高く評価し孫権に推挙するのです。 正直ここまでがこの人物で一番印象的な出来事です。 なので後は足早に紹介。 こうして再び用いられた留贊は各地で戦功をあげ出世していきます。 そこから時は30年近く流れた255年、留贊72歳。 寿春で毌丘倹、文欽が挙兵したのを救援するため孫峻は呂拠と留贊を率いて出陣。 しかし老齢がこたえたのか留贊は途中で病を発します。 そりゃ70歳の老人ですから、病にもかかります。 それだけこの時に呉には人物もいなかったのでしょうけど‥ 留贊は孫峻に一時帰国を命じられるのですが、その途中に魏軍の攻撃を受け交戦するもあえなく戦死するのです。 演義でわずかしか登場しないのも長寿でありながら殆ど記録が残っていない為と思われます。 基本的に呉は守勢ですからこういう豪快な人物は他にも沢山いるのでしょうけど、残念ながらなかなかスポットは当たらないですよね‥ |
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2009年06月17日
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