|
関ヶ原民族資料館にはスペースが狭いながらなかなか充実したお土産屋さんがあります。 お金に余裕があれば色々と欲しいものがあったのですが結局買ったのは下記の2点。 【島左近旗指物】 本当は大谷吉継のものを買おうと思ったのですがデザイン的には島左近のものが一番だったのでこちらにしました。横にタバコを置いたのですがそこそこの大きさがあるのがわかっていただけますでしょうか? これで1000円だったのでお買い得なのかどうかはわかりませんが、気に入っております。 【みーな】 地方誌のようです。この資料館には多数の書籍が売っているのですが、普通に本屋で購入できるものが殆どです。そんな中見つけたのがこの1冊。 編集が長浜み〜な編集部、発行が長浜み〜な協会という関東に住んでいてはまずお目にかかれない1冊。 内容に関しては後日戦国書籍の書庫にてご紹介したいと思います。 冒頭にも書きましたがこの旅で買った個人的なお土産はこの2点のみ‥
節約旅行なのでしょうがないですね。 |
私的戦国時代
[ リスト | 詳細 ]
戦国時代の事で自分の意見やら考えやらを述べています。
|
基本的に節約の旅なのですがやはりひこにゃんグッズは買わないわけにはいきません。 しかし資金も限られているので節操なく買うわけにもいきません‥ ということで子供もいるので以下のものにしました。 【ぬいぐるみ】 【タオル】 お金が際限なくあったらいろいろ買ってしまいそうでした。 動くひこにゃんをみたらそれだけのパワーがあります!! 一緒に行った仲間のひとりはひこにゃんのかわいさに完全にノックアウト状態でした。
|
|
今回も突っ込みどころ満載でした。 あえてこのドラマに真田幸村を出す必要はないと思いますけどね‥ それにして時代劇役者ではないせいか城田優の殺陣は練習不足ですね。 動きもまるで反応の遅い戦国無双の真田幸村。 槍もそのまま戦国無双でした。こうゆう細部で適当な創りである事が伝わります。 城田優は忙しいと思うのでなかなか練習している時間もないのでしょうけど‥ イケメン大河‥
これも時代の流れですね。 |
|
須藤茂樹という方が豊臣家存続の可能性について書いたモノがあります。 本文を要約すると‥ 豊臣家存続の可能性を示す発言を伊達政宗が今井宗薫に宛てた手紙の中に見る事ができる。 「おおよそ私達の願いは秀頼様が幼少の間は江戸か伏見で家康様の側に置き成人したならばその時は家康様の判断次第で取り立てる事が出来るだろう。いかに太閤様の嫡男であっても日本の国政を執り行うべき器でないと家康様が判断したなら2〜3カ国を与えればよい。このまま大阪に置いておいたら'''世のいたずらもの'''が出てきて秀頼様を主人と仰いで担ぎ出し謀反をおこしかねない。そのもの達の為に何も存じない秀頼様が腹を切らなければいけなくなり、そうなれば太閤様の亡魂もうかばれまい」 煎本増夫氏によれば家康は元々豊臣家を潰すつもりは無く今川、織田などと言った高家のような形で豊臣家を残すことを考えていたのではないかと言うのである。 確かにすこしでも早く豊臣方が家康の指示に従っていれば徳川配下で豊臣家は残ったのではないか。 政宗のいう「世のいたずらもの」すなわち淀殿と大野治長たちが拒絶し続けるので結果としては豊臣家は存続しなかったが、何度かチャンスはあったのであり淀殿と側近に時代の流れを見抜く力がなかったと言える。 豊臣家は「制外の家」として特別視されてきていたが、参勤、淀殿を人質とする、大阪を出て国替えに応じるなどをしていれば千姫の婿の家として別格の地位を与えられていたのではないかと考えると同時に「制外の家」の存在は徳川政権を磐石なものとするためには認める事ができなかったのである。 その意味では豊臣家を滅亡させるしか道はなかったのである。結局滅亡させるしかなかったのが存続の可能性があったのかよく分からないのですが‥ 家康という人物から推測する限りでは豊臣家を残すという考えは皆無だったと思いますが皆様どう思いますか? ※参考図書:歴史読本2002年7月号『豊臣vs徳川 30年戦争』
|




