|
この数日仕事の半期のシメで死ぬほど忙しくようやく一息つきました。半期のメドもつきホッと一安心しております。ですが、週末は山形県に出張。山形と言えばやはり「最上義光」ですかね?
初めてこの武将の名前を聞いたのが幼心に見たNHK大河ドラマ「独眼流政宗」だったと思います‥
この人もなんだか骨肉な人生ですよね。父義守が次男義時を溺愛して家督を相続させようとして(しかし長男に相続させずにって多い)家督争いは起きるし、それに伴い一族根絶やしやらなんやら‥謀殺、離反、自刃、暗いイメージの言葉がつきまとい気味です。
余り魅力的な人物ではなかったのですかね?だから親父も次男に家督を譲ろうとか考えちゃうのかな。
でも小田原参陣、機を見て徳川につくという情勢を見る目は確かなものをもっていたと思います。領土も義光の時が最上氏最大になってますから。
こうゆう切れる所が親父からするとかわいくなかったのかもしれないですね。信玄とかもそうですし。やり手の息子って感じだったんですかね〜親子二代で英傑ってあんまり多く聞かないないですから何かしら家庭内やら育った環境に問題が‥まぁそれはまた今度考えてみるとして。
ちなみに義光以降の子女にも不幸が多いです。長男義康射殺説、娘駒姫は秀次事件で連座して斬殺、12代家親変死(毒殺の噂)、家親の子義俊も最上一族の派閥争いによりわずか近江一万石に改易。
最上一族の全ての「運」はこの義光で使いきったのかしらねぇ‥
ちなみに宿泊は山形城跡そばなので最上義光の銅像(があったはず‥)でも時間があれば見てこようかな。
|