私的世界史

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世界史について述べています。それほど更新されません‥
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マイクロバスの終着点の「アナカプリ」に到着しました。
余り広いスペースがあるわけじゃないのですがお土産屋さんもありここで自由時間を過します。
取りあえずカプリ島(南イタリア)の名物であるリモンチェッロ(レモンの酒)の専門店「リモンチェッロ・カプリ」に向かいました。試飲をしてみると濃いのですが、飲みやすく自分達の分と同僚のお土産はこれに決定。
【※パソコン修理の為画像データが飛んでおります‥すみません‥】

この店は細い路地にあるのですがこの奥を更に進むと『ヴィラ・サン・ミケ−レ』に辿り着きます。
【※パソコン修理の為画像データが飛んでおります‥すみません‥】

『ヴィラ・サン・ミケ−レ』‥スウェーデン人医師・文筆家アクセル・ムンテが古代ローマの別荘跡に建てた邸宅で、テラスからナポリ湾の絶景が見えます
    その絶景は又次回です。 
ネタばれの可能性もあるので楽しみにしている人は見ないでください‥

宗教的な理由から物議があがり、国によっては上映禁止措置や上映反対運動が行なわれているみたいですが、突っ込みは抜きにして面白かったです。
アイデアが盗用されたとして、『レンヌ=ル=シャトーの謎』の著者たちが訴えをおこしたそうですが、原告側の訴えを退ける判決を下されたようで‥
『レンヌ=ル=シャトーの謎』とは
原作者らは英国放送協会(BBC)の歴史番組のため、南フランスのレンヌ=ル=シャトーの教会に残された財宝にまつわる謎を取材していた。 きっかけは一冊のジェラール・ド・セード原作のペーパーバック本であった。フランスに現れた『秘密文書』。それらを追ううち、秘密は思わぬ方向に展開してゆく…。
みたいな感じだそうです。
実際映画冒頭に出てきたソニエールという人物も実在の人物です。(役所は違いますが‥)
詳しくはこちら→『レンヌ・ル・シャトーの謎』

そういえば映画中にも出てきた『オプス・デイ(ラテン語で『神の業』)』って世界中に85000人位の信者がいるそうです。厳しい肉体的修行を行うらしいのですがよく知りません。

本編に殆ど触れていませんね‥
いきなり感想ですが、『ダ・ヴィンチ・コード』を観て思ったのは‥
この映画(小説)は、どこまでが事実で、どこからが想像なのかが素人にはわからず、(全部嘘かもしれないし、全部本当かもしれないし‥)キリスト教を余り知らない人が、どのような感想にたどり着くのかなぁ‥ということでした。無神論者な自分はイエス・キリストの子孫なんておもしろいねぇみたいな感じなのですがキリスト教を信仰している人からすると冒涜なんだろうなぁって。

でも表現の自由なんだから上映禁止にしなくてもいいんじゃないの?

古くは『地動説』を唱えたジョルダーノ・ブルーノが火炙りになってます(これ以外にも火炙りの理由はあるみたいですけど)が、もし『ダ・ヴィンチ・コード』の内容が本当ならカトリック教会が認める日はくるのでしょうか?

でも、最後は少し強引だったなぁ‥観てきたばかりなので文章がまとまらずにスイマセン‥

※あくまでも個人的な感想ですので宗教的なコメントはご遠慮願います。

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ウンベルト1世広場から、一路20人乗り位のマイクロバスに乗り『アナカプリ』へ!

途中切り立った断崖そばを通り、カプリ島の中心に向かいます。
海ばかりだったのが、だんだん新緑がまぶしくなってきました。

他の季節に行った事はありませんが海・緑を満喫するなら6月〜7月位がおすすめな気がします。

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なんの破片(欠片)だかわかりますか?
材質はおそらくコンクリートです。
以前ヨーロッパに留学していた友達にお土産でもらいました。
答えは

ベルリンの壁


です。
ベルリンの壁とは、
'''「ベルリンは東西ドイツの境界線上に位置し、ベルリンの壁は、その境界線の一部」'''と思われがちですが、これは誤解です。ベルリンは全域が東ドイツの中に含まれていて、西ドイツとは完全に離れているのです。
東ドイツに囲まれていたベルリン市がさらに国としてのドイツの東西分断とは別に、ベルリン市としても東西に分断されたのです。この時、分断されたベルリン市の東側部分が「旧東ドイツ領」となり、西側部分が「旧西ドイツ領」として「西ドイツの飛び地」となっていました。このため西ベルリンは結果的に地形的に周りを旧東ドイツ国に囲まれる形となってしまっていた為、この旧西ドイツ領である西ベルリンを東ドイツから隔離して囲む形で構築されたのが「ベルリンの壁」なのです。壁は西ベルリン市域をぐるっと取り囲む形で建設されていたものです。
歴史的な意味のある建造物の一部が家にあるって事はなんだか感慨深いものがあります。

ベルリンの壁の存在は、冷戦の代名詞でもありますが、冷戦が生んだもう1つの分断である38度線は健在しています‥

『水滸伝』

『水滸伝』は中国の明代に書かれた小説で、中国『四大奇書』の一つです。
四大奇書とは『三国志演義』『水滸伝』『西遊記』『金瓶梅』の事を指しますが、中国では『金瓶梅』の代わりに『紅楼夢』をいれるのが一般的です。
ちなみに「奇書」とは「世に稀なほど卓越した書物」の事だそうです。

皆さん御存知の通り水滸伝の物語は実話ではありません。
しかし14世紀に編纂された歴史書『宋史』には、「徽宗期の12世紀初めに宋江を首領とする三十六人が梁山泊の近辺で反乱を起こした」というような事が記録されているのです。
ちなみに宋江とは‥
『北宋末の1121年に現在の山東省近辺で反乱を起こした実在の人物です』
14世紀に編纂された『宋史』によると、
『宋江の率いる反乱軍は河朔に興り、1121年に淮南の諸地方を荒らした後、官軍の追討を受けて京東、江北を転戦し十郡を攻略。宋江の勢いを恐れた北宋朝廷は、侯蒙の建策に従って宋江の罪を赦して将軍に取り立て同時期に江南を席巻していた方臘の反乱軍を討伐させようとしたが、侯蒙の死によって実現しなかった。その後、山東半島の海州に侵攻したところで知州の張叔夜に破れ、降伏した』
という事も記載されています。
『宋史』に記された侯蒙の上奏文には、
『宋江は36人をもって斉・魏を横行し、官軍が数万人あっても対抗できないほどである。宋江の才は人より優れているに違いない』
ともあります。『水滸伝』での宋江のイメージと随分違いますね‥

講談師たちは12世紀中頃に始まる南宋の頃には早くも宋江反乱の史実をもとに物語を膨らませていったと推定され、13世紀頃に書かれた『大宋宣和遺事』には、宋江以下36人の名前と彼らを主人公とする物語が掲載されています。
15世紀頃にまとめられた『水滸伝』では、36人の豪傑は108人に増やされました。
それぞれの豪傑は「天魁星」「天暗星」など、108の魔星の生まれ変わりとされています。
108とは仏教で言う煩悩の数でもあり、この辺もなにか関係があるのかもしれませんね。
それに伴い、暴力的な描写や登場人物の人物像を改め、梁山泊は朝廷への忠誠心にあふれる宋江を首領として、反乱軍でありながらも宋の朝廷に帰順し忠義をつくす集団と設定されています。

『水滸伝』は読み物として面白いので是非読んでみてください!

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