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久々にこの書庫を更新です。 董卓暗殺皆さんご存知の通り呂布に殺害されます。暗殺後、長安・郿に居た董卓の一族は殺害、90歳になる董卓の母親も殺され、董氏一族の遺体は集められ火をつけられたそうです。 それでも蔡邕のような人物もいまし、後になって、董卓の部下だった兵士が、死体の灰をかき集めて郿城に葬っているそうです。 |
三国志年表
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『袁紹・劉表同盟』『袁術・公孫瓚同盟』董卓が長安に健在なのに諸侯は自分達の事ばかり考えていました。盟主に掲げられた袁紹の統率力のなさの賜です。 袁紹と不和であった袁術は孫堅に命じて劉表を攻撃させます。 劉表は黄祖に命じて迎撃させますが孫堅はこれをあっさり撃破。さらに敗走する黄祖を追い孫堅は襄陽を包囲します。が、城外を単騎進行しているさなか黄祖の兵士の放った矢に当たり戦死‥(諸説あり) 一軍の将としては不注意過ぎですね‥ ここから孫一族はしばらく潜伏期間に入ります。
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この年は朝廷が多いに揺れた年でした。 少帝即位霊帝(劉宏)の崩御に伴い劉弁が少帝として即位します。『中平』→『光熹』に改元。 大将軍何進殺害大将軍何進の宦官誅殺計画発覚!逆に殺されてしまいます‥報復とばかり袁紹が宦官誅殺!!この混乱で少帝と陳留王劉協は都を脱出。 だが董卓に出会い連れ戻されるのです‥ 『光熹』→『昭元』に改元。 献帝即位董卓は少帝を廃し劉協を帝位につけてしまいます。『昭元』→『永漢』に改元。 すぐに、 『永漢』→『中平』に改元。 曹操・袁紹らは董卓に反して各々の地へ‥ 2度の帝位の交代‥4度の改元‥ 中央が荒れてくると時代は大きく変化していきます。『黄巾の乱』をきっかけに始まったともいえる三国志。そしてこの董卓という人物も三国志の世界に大きな影響を及ぼしてくる事になるのです。
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西園八校尉 首都防衛(近衛兵団)のために作られた役職で、霊帝に寵愛された宦官蹇碩を最上官の西園上軍校尉とし、黄巾平定などで手柄を立てた若手7人を、その下に置いた。 小黄門『蹇碩』が上軍校尉
虎賁中郎将『袁紹』が中軍校尉 屯騎校尉『鮑鴻』が下軍校尉 議郎『曹操』が典軍校尉 『趙融』が助軍左校尉 『馮芳』が助軍右校尉 諫議大夫『夏牟』が左校尉 『淳于瓊』が右校尉 |



