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河のほとりに
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夜釣り

夜釣り
 東京の夜の空はことの外寂しい。
晴れていても星は数えるほどだから。
 
これはまるで人間が暗闇を欲する物の怪どもに媚びて、
地上の灯りはさぞ煩わしかろうと、
せめて天空の闇だけは
大気の濁りで保とうとしているのではあるまいか?
 
柳洋一は執筆作業に一区切りをつけて、
冷蔵庫から麦酒を取り出して口にしながら
そんなことを考えた。
 
実はもう何年も、洋一は物の怪との交流がある。
物の怪とは言っても、小説や映画や
漫画なんぞに登場する類いのものとは違う。
 
姿はおろか声も出さずに、洋一にただ取り憑いている。
つまり、その実在は他者には分かろうはずもなく、
洋一の心の裡にしか存在しないに等しいということ。
これは洋一にとっては厄介なことだった。
 
洋一に対して悪さをすることはないし、
大概の時間はおとなしくしている。
むしろ仕事の役に立つ様々な情報を与えてくれる
便利な存在でもあるのだが、
かと言って自分が物の怪に憑かれている状態は、
当然あまり気持ちの好いものではない。
 
せめてだれかにぶちまけて、少しは気持ちを楽にしたい。
そう思うようになった洋一は悩んだ末に決心した。
狂人扱いせずに話を聞いてくれる相手は彼しか居るまい。
そして洋一が要久信に相談を持ちかけたのが、
つい一週間前のことだった。
 
要が勤める中堅どころの出版社のロビーで
次月号の原稿について打ち合わせをしている時に、
洋一はおもむろに切り出した。
 
「要さん、実は折り入って相談があるんですが‥‥」
 
要は雑誌部の編集員で、
月刊『冥界』のルポライターである洋一は
要の担当だったから、二人は日頃から親しくしていた。
たまには神保町界隈の居酒屋で酒を飲むこともある間柄だ。
 
「やけに改まった言い方ですね。柳さん、どうしました?
 あ、もしかしてコレ関係のことですかぁ?」
 
要が右手の小指を立ててニヤリと笑うと、
洋一は一瞬だけ、不快そうな表情を浮かべた。
 
「あ、すみません。なんか、茶化しちゃったみたいだな」
 
四十半ばになる洋一はまだ独身で、
やけに生真面目な性格なものだから、要はついからかい半分に口を滑らせた。
 
「いや、要さん、いいんです。気にしないでください。
 それより、場所を移しませんか?少し長い話になるかもしれない」
 
「あ、いいですよ。出ましょう」
 
社を出て、二人は駅にほど近い
『さぼうる』という老舗の喫茶店に入った。
 
昭和どころか、それ以前の大正の時代からあるんじゃないか?
そんな古い店構えのそこが、要も洋一も気に入っていた。
 
タバコに火を点けて、おいしそうに吸い込んでから
洋一が厳かな、とも言えそうな口調でこう切り出した。
 
「要さん、あなたは物の怪の存在を信じますか?」
 
何のことかと構えていた要は、拍子抜けした態で答える。
 
「柳さん?あれ?仕事の話ですか?」
 
洋一は怪異ルポライターとして雑誌一の人気者だ。
『冥界』の読者ランキングでは常に1位か2位を獲得している。
他のだれよりも心霊スポットを多く知っていて、
そのルポ内容がまたリアルなものだから、
最近ではテレビ局からの問い合わせもあり、
洋一に出演のオファーまで舞い込んできていた。
 
「だったらいいんだけれど、要さん、これは仕事のこととは関係ない、
 極めてまじめな質問なんです」
 
要は戸惑いながらも、
「当然信じている、と言いたいところなんですがね、
 ここはまじめな質問にまじめに答えましょう。
 九割がたは信じていませんね。
 これはお世辞でもなんでもなく、柳さんの書かれるルポの場合は
 本気で信じる気になることもありますが、他のライターや
 本やテレビで紹介される心霊現象や物の怪の類いは
 こんな商売ながら、到底信じられるものじゃないですよ」
 
「ありがとうございます、これで決心しました。
 ところで要さん、今度の土曜日、夜に暇ありませんか?」
 
「土曜の夜?ええ、予定はありませんけど、何か?」
 
「ぼくの地元の川に釣りに行きませんか?」
 
「釣り?夜釣りですか?」
 
「実は要さんに見てもらいたいものがあるんです」
 
 
 
ちょうど洋一が麦酒を一缶飲み終わった頃、
洋一のマンションの呼び鈴が鳴った。
 
「こんばんは、柳さん。ひどくじめじめする夜ですね」
 
柳は舶来のウィスキーを手土産に持ってきた。
 
「何も気遣いは不要ですよ。こちらがお願いしたことなんだから。
 では、まだ時間が早いですから、二人でこれをいただきましょう」
 
キッチンで向かい合って飲み始めた。
窓を開け放っていると、川風が舞い込んできて
なんとか凌げるが、ひどく蒸し暑い夜だった。
 
「物の怪の存在を証明するって、
 あの日に言われたことは本気なんですか、柳さん?」
 
「馬鹿なことと思われるのは覚悟の上で、
 要さんなら、と決心したんです。それに彼女も
 快く承知してくれました。要さんならOKだとね」
 
「女性なんですね。ぼくのこと、知ってるんですか?」
 
「ぼくも頭の中で感じることしかできません。
 姿形も何も見たことはありませんが、
 彼女は確かにぼくの裡に存在しているのです。
 だからぼくの五感を通して彼女は総てをぼくと
 共有できているわけです」
 
昨晩の雨が長く続いたせいか赤目川の水かさが増していて、
いつもよりも水の流れる音が高いようだ。
午後十一時近くになって、風はやや冷んやりと感じられるようになった。
 
「その物の怪‥、女性はどんな人?あ、ええと‥‥」
 
「元は人間の女性でした。男の裏切りに遭い自殺した。
 そう言っていました。頭の中でね。
 ひどく恨みが残り、成仏できずにいるうちに、
 この世に留まる霊魂の一つになってしまったようですね」
 
「ほう、男への怨念がその女性を物の怪に変えたわけですね」
 
要の表情が曇る。
目の前の柳洋一には言えないが、
一年半ほど前に、まさに恋人だった女が自殺した。
何とも嫌な出来事だった。
自分が悪いのだとわかっていても、何も自殺など‥‥、
という気持ちが今でも強い。
自分こそ迷惑を被ったのだという感覚が拭えない。
 
バスタブにお湯を満たして手首を切った。
真っ赤に染まったその情景を何度夢でみてうなされたことか。
要は、忘れようとしていた記憶を思い出して、
何とも気分が悪くなってきた。
 
「要さん、どうかしましたか?そんなに汗をかいて」
 
「いや、柳さん、何でもありません。
 可哀想な話ですねぇ。男の裏切りか。でも、何も死ななくても‥‥」
 
その瞬間、テーブルの上のグラスが弾け飛び、
要のほほに小さなキズを作る。
 
「あっ、要さん、大丈夫ですか?」
 
恐怖に目を見開いた要の顔がそこにあった。
 
 
赤目川を歩いて遡ったところにある釣り場で、
洋一に取り憑いているという物の怪が姿を見せるという。
要はすでに意気消沈していて、全く乗り気ではなかったが、
売れっ子ルポライターの機嫌を損ねるのを恐れて、
黙って後に従う。
 
だんだんと街灯も少なくなり、
岸の間近まで迫った樹林に囲まれた釣り場につく。
 
「ここが彼女の指定の場所です」
洋一が持っている懐中電灯だけが頼りだ。
月も出ていない夜だから、闇が殊更に勢いを増している。
 
「さあ、釣りを始めましょう。要さん」
 
つい先ほどから、洋一の様子がいつもとは違うことに要は気づいている。
口調が妙に暗い。くぐもったような陰気な物言いなのだ。
 
「柳さん、釣りをしなくちゃいけないの?」
 
「彼女の指定なんですよ。なぜかはぼくも分からないんです」
 
要はしぶしぶ用意をして、竿をふって釣りを開始する。
柳もそれに続いて竿をふる。
 
「要さんの奥さん、週刊『釣りガイド』の編集員だったんですよね?」
 
要は『冥界』の編集部に来る前は『釣りガイド』に居た。
そこで裕子と知り合い、結婚に至ったのだ。
その頃つき合っていた陽子をにべもなく切り捨てた。
 
柳の言葉を無視して、要は暗い川面を凝視する。
まるで冥界にでも続くような深淵を湛えているような暗い水が目に迫る。
要の胸の奥底から、何やら悪寒のような嫌な感覚が這い上がってきた。
 
「あっ、要さん、引いてますよ!」
 
おおっ、と声を上げて、要が勢い良く竿を立てる。
竿が大きく弧を描いてしなる。
 
「でかいですよ、要さんっ!」
 
必死の形相で竿を掴んだ要の額から汗が噴き出す。
 
「こ、この川にこんなでかい魚が?」
 
糸が水面をゆっくりと移動している。
 
柳が懐中電灯をそちらに向けると、
川の水が深紅に染まっている風に見えた。
 
ひっ!
要が引きつったような声を上げた。
 
バスタブの中で死んでいった、夢の中の陽子の顔が要の脳裏に浮かぶ。
両手に重く伝わる獲物の気配に、なぜか恐怖がこみ上げてくる
 
「こ、こいつは一体何なんだ?」
 
「要さん、彼女はもうすぐ姿を見せると、そう言っていますよ」
 
陽子‥‥。
 
赤い水面がせり上がって来る。
 
陽子っ‥‥‥‥!!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

未来観覧車(最終版)

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   未来観覧車

 

 その日、学校で嫌なことがありました。   

 友だちも先生もみんなキライだ。いっそ死んでしまいたい。

 そんな気分を抱えたまま信夫は、いつしか町の高台にある、すでに閉園になった遊園地の門の前にやってきました。

 少年がまだ小さかった頃、両親につれられてよく来た遊園地も、今はすっかりさびれて、沢山の人でにぎわっていた頃の面影すらありません。

 ふと見ると木でできた古い大きな門に、ま新しいポスターが貼られています。『未来観覧車にのりませんか?』という文字とともに、星空を背景にそびえ立つ美しく輝く観覧車の絵が描かれていました。

 おかしいな、この遊園地はもうやっていないはずなのに…。

 門に近づいていくと、なぜかトビラが少しだけ開いています。

 のぞき込もうとすると、いきなり、トビラの向こうから女の子が顔を出しました。

「うわっ」信夫はびっくりして小さく叫びます。

 たぶん自分と同い年くらい。長くて美しい髪の少女です。

「わたしといっしょにこの観覧車にのってくれない?みんなのためでもあるの。ね、お願い!」

「待てよ、きみはだれなの?いきなり何言ってんだよ」

 ちょっと勝ち気そうだけれど、澄んだ目をした可愛いらしい子でした。

 青いカーディガンの下の白いブラウスのえりが、夕暮れ時の穏やかな風を受けてかすかに揺れています。

「いいから、行きましょっ!」

 少女は、とまどう信夫の手をつかんで、さっさと歩き始めました。

「わっ、待ってよ!」

「ね、お願い。時間がないのよ。わたしにも、みんなにも…」

 少女のまなざしがあまりにも真剣なので、仕方なく、信夫は少女の後をついて行きました。

 やがて、二人の行く手に現れたのは大きな観覧車。

 とてもふしぎな光景です。園内にはひと気がないのに、閉じた売店が並ぶ広場に立つ観覧車のゴンドラには若者や老人、子どもや親子連れなど大勢の人たちがのっていて、ほほえみながらこちらを見おろしていました。

 だれもがうれしそうに二人に向かって手を振っています。     

「今はやっていないはずの遊園地なのになぜ、こんなにたくさんのお客さんがいるんだろう…」

 信夫がつぶやくと、少女が言いました。

「今日は特別な日なのよ。みんながもどってきたの。観覧車にのってこの町の未来のすがたを見るために。でも、今日だけなの。今日を逃したらもう見ることはできないの。だからお願い、いっしょにのってちょうだい。生きている人がいっしょじゃないとこれは動いてくれないから…」

 町の未来?生きている人?この子は何を言っているのかな…。

 でも信夫は、この子の願いをことわることはできない。なぜかそんな気持ちになりました。少女の目があまりにも、悲しいほど澄みきっていたからです。

「わかった、のるよ」

 信夫はとまどいながらも、思いきってひとつだけ残っていたカラのゴンドラに少女とともにのり込みました。

 そのとたんに、観覧車が動き始めたのです。

 夕陽の最後のなごりの茜色に染まった空に向かって、二人をのせたゴンドラがコトコトと音をたててゆっくりとのぼっていきます。

 人で埋まった他のゴンドラから歓声があがりました。

「わぁ、キレイ!」「これがわたしの町?」

 そして全てのゴンドラから一斉に大きな拍手が湧き起こりました。

 海辺に広がる町の家々が、おもちゃみたいに小さく見えます。

 そろそろ夕餉の時間。一軒一軒の家の窓にはすでに灯りがともり始めていました。入り江になった港と、その向こうの海がキラキラと輝いて、それはとても美しい光景でした。

「信じられない…。こんなりっぱな町になったのね…」

 ゴンドラに信夫と向かい合って座る少女が、うれしそうにつぶやきます。その目からは涙の粒がこぼれていました。

「ほら、あそこ。あそこにわたしのお家があったのよ。お友だちの家はあそこ、あそこには公園があったの。ほら、あそこには学校が…」

 いつの間にか、暗さの増した空に浮かぶゴンドラのすべてに灯りが点ります。その中で人々が皆うれしそうに目をうるませて、口々にささやきを交わしているようでした。

 夢中になってしゃべる少女に、信夫が問いかけました。

「今日は特別って、どういうことなの?」

 指で涙を拭いながら、少女が答えます。

「遠い昔の今日、この町をツナミが襲ったの。たくさんの大切なものが水に流されたの」

「ツナミ?」

 そういえば、自分の生まれるずっとずっと前に、この地方が大きな地震とツナミに襲われたことを信夫は両親や学校の先生から聞いたことがありました。

「みんな流されたの。家も、お店も、学校も、病院も、そして人も…。

 でもこうやって立ち直ったのね。うれしいわ。だってあの時は、こんな風になるなんて想像もできなかったから…。あなたのおかげでわたしたち、こんなステキな未来を見ることができたのよ。本当にありがとう」

 信夫にはまだ良く理解できません。

「未来を見るって…、それ、どういうこと?」

 すると、少女がほほえみながら言いました。

「わたしも、ここにいるみんなも、もう生きてはいないの。あなたとは別の世界にいるわ。生きているあなたの〝未来を夢みるチカラ〟を借りて、今日ここに、昔自分たちが暮らした街に、もう一度みんなで集まることができたのよ」

「生きていない?まさか、信じられないよ」

「わたしたちには、未来はもう来ない時間。でもあなたにとっては、未来はこれから来る大切な時間…」

 それぞれに異なる光を放つゴンドラたちが、星空にぬり変えられた空に、虹色の光の輪を描いています。海辺の町に灯る光の粒と夜空に瞬く星たちが溶け合った美しさに、信夫の胸も感動で震えていました。 

 少女がもう一度信夫の手を取って微笑みながら、

「さようなら。もう時間切れみたい…」

 すると全てのゴンドラから少しずつ光が失われていきます。二人ののったゴンドラの照明も暗くなりはじめ、やがて信夫の手を握る少女の手も顔も身体も徐々に透明になり、ついにはフッと消えてしまいました。

 

 少年が観覧車から降りると、星明かりだけに照らされた遊園地の広場に人の気配はありませんでした。

 秋の彼岸の夜の風だけが、穏やかに吹き抜けていきます。

 夢なんかじゃない。右手に残った少女の手の温もりが、信夫にそう思わせました。

 未来…。あの子にも、あの大勢の人たちにも来ない明日…。

 家に帰る坂道をゆっくりと下って行きながら、信夫は少女のことを思って少し泣きました。

 同時に、未来につづく大切な時間が、少年の心の中で力強く動き始めました。

 

了  

侵略者 後編


Juju-Tadaima

侵略者(後編)

 

 暴徒により破壊された銀行のドアから、三体の怪物が飛び出す。

坂崎は手にした小銃を構え、最初の銃撃で二体を倒した。
残る一体が逃げて行く。
丸腰の市民を狩るしかできない臆病者めらが。
坂崎は目に憤怒を貼付けて怪物の後を追う。
やつらは見張り役だ。このまま行かせれば本体の群がやってくる。

 

たちまち路地に逃げ込んだ怪物を見失った。

 

間もなく大群らしき怪物の咆哮が一気に湧き起こる。

 

もはやこれまでか?

 

いや、死ねない。真衣を死なせたくない。全人類と天秤にかけてもだ。
胸につぶやきながら唇を噛む。
全身から粘り気のある冷たい汗が流れ出す。

 

坂崎は通りの真ん中に戻ると、小銃を構えて敵を待った。
「真衣、待ってろ。おれは必ず戻る。約束通りにな」

 

やつらを一匹残らず殺すだけだ。
いまの状況で真衣の元に還るためには、他に選択肢はない。
それにしても小銃だけでやつらの大群を殲滅することは難しい。
かと言って、この窮地を回避する手だては思いつかない。
せめて動かせる放置車両でも発見できれば…。

 

前方のT字路に地響きが近づいてきた。
あの信号でやつらが礼儀正しく止ってくれるとは思えない。
祈るように見つめる先の景色の中に、醜い海老もどきの群が現れた。
距離があるから、スローモーに見えるが、やつらは時速四十キロの速さで
こちらへ進撃しているはずだ。

 

撃って撃って撃ちまくる。そしてやつらを突っ切って目的地を目指す。
坂崎の頭に真衣の不安そうな微笑みが去来する。
行かないで。その言葉を必死に胸に押し込んで微笑む真衣の想いを裏切れない。
坂崎の胸には、真衣の手作りのブラックジュエル・ネックレスが揺れている。
上着の合間から手を突っ込んでそれを掴む。
蛮勇でもいい。おれにチカラをくれ。
彼女の死も、涙も回避するためには、自分が生きて戻るしかない。
そう考えると恐怖感は一切なかった。
九九の答みたいに単純な行動理論が坂崎の頭を支配した。

 

もはや怪物の群は目前に迫っている。
「おまえらが人類を滅ぼそうが、知ったこっちゃねえ。
 だがな、真衣には指一本触れさせねえっ!」

 

坂崎が叫んだ瞬間、エンジン音が後ろから轟わたる。
ブレーキ音とともに叫ぶ声が坂崎の耳に突き刺さる。

 

「坂崎二尉っ!早く、早く乗ってくださいっ!」
 
島本だった。任務を放棄して駐屯地を去る自分に銃口を向けた准尉だ。
 
島崎が地を蹴り、素早く軍用ジープの助手席にダイブする。
ドアを閉めると同時に怪物の先鋒がジープに躍りかかった。
 
急発進したジープがそれを振り落とし、グシャっという嫌な音とともに
タイヤが怪物の十本足のうちの一本を踏み砕いた。
 
さらに加速したジープが怪物の群を蹴散らして疾走する。
隊列の崩れた群、結束を失った群は以外に脆い。
所詮、唯一の司令塔から発せられる命令にただ機械的に従うだけの輩だ。
人間の持つ大きな優位点である互いを感じ、つながるチームワークは皆無。
 
「こんなやつらに人間は負けない。そうだよな、島本?」
島本が笑みを浮かべる。
 
「当たり前ですよ。任務なんて糞食らえ。大事なものを守る。
 そのために命を張る。ぼくにもそれが分ったんです」
 
「おまえの大事な人はだれなんだ?」
島本がきまり悪そうな笑みとともに言った。
「両親。二人とも守るべき大切なものです。そしてもう一人。
 坂崎さん、あなたを死なせたくないんです」
 
笑いながら坂崎が島本の頬に拳骨を当てる素振りをした。
 
人影も信号もない道路を猛スピードで駆け抜けるジープは、
やがて隅田川を越えて向島の街に滑り込んだ。
街のあちこちで銃声がする。
やつらと自衛隊、もしくは暴徒たちを制圧する警察官のものか?
 
坂崎がジープから降り立つと、島本が声をかける。
「幸運を祈ります。ぼくはこのまま両親の居る柏に向かいます」
「ありがとう。礼の言いようもないよ。恩にきる」
「生きて、また会いましょう」
 
ジープの後ろ姿を見送って、坂崎はマンションの前に立った。
ベージュの壁面のところどころにヒビが見える。
「来月になったら、家賃値下げ交渉をすべきだな」
自分を落ち着けるためにそうつぶやいた。
 
エレベーターは停止している。あらゆるコンピュータが敵の手に落ちた。
それだけで世界は瀕死の状況に追い込まれた。
築き上げて来た文明に裏切られ嘆き悲しむ人類の姿は、
とうの昔に想定されていたはずだ。
なのに、宇宙から持ち帰られた塵があっさりと地球を蹂躙した。
 
原発も同様だが、人間の驕りは全てを制御しツールとして飼いならせる。
そんな単純な誤解があるから、不測の事態には極めて弱い。
起きてからでは遅いものへの危機管理がどれだけ脆弱なことか。
 
五階まで階段を上りきった坂崎は、祈るようにしてドアを叩いた。
 
無事でいてくれ。真衣。元気な顔を見せてくれ。
 
永遠みたいな数秒が過ぎた頃、部屋のなかから声がした。
 
 
「だれ?」
 
その声に安心した途端に、坂崎の両目から熱いものが溢れ出した。
 
「おれだ。真衣、おれだよ」
 
息を潜める気配の後で、再び声が応える。
 
「ほんと?ほんとに圭吾さん?」
 
「ああ、おれだ。二週間でおれの声忘れたか?
 それとも待ちくたびれて他に好きな男でもできたか?」
 
「そうだったら、どうする?」
 
「もう一度、おれに惚れさせるさ」
 
「放ったらかしといて、自信たっぷり。反省なしね」
 
確かに放ったらかしと言われても仕方ない。
ただ、携帯も使用不能だったのだ。
 
「もうゼッタイあなたなんか好きにならない。すっごく嫌いなんだから。
 そう言ったらどうする?」
 
真衣の声が震えている。
坂崎の胸も震えていた。真衣への想いで溢れ過ぎている。制御が利かないくらい。
 
世界は、もしかしたらあと数ヶ月で終わる。
でも坂崎にとってそんなこと今はどうでもいい。
自分の命より大事な女といっしょなら、
残された時間を後悔なく生き切れる。そう思う。
 
「なあ、真衣。もう二度と独りにはしないよ。約束する。
 だからきみの顔を見せてほしい。きみの身体を抱きしめさせてほしい」
 
ドア越しに真衣のすすり泣く声。
 
やがてガチャガチャと忙しなく鍵を開ける音がして、ドアが開かれた。
 
坂崎の眼前に、涙でくしゃくしゃになった真衣の顔が現れる。
「おかえりなさい」の声を遮って坂崎の全身が真衣を覆い尽くした。
 
 

侵略者 前編


「誰より好きなのに」JUJU

侵略者(前編)
 

世界の三分の二の人類がたった三ヵ月で死滅した。

 

小惑星探査機「トキ」が持ち帰った未知の生命が、
瞬く間に世界に広がり人類を狩り始めた。
人間の想像を超えた侵略者の殺戮行為が全地球を被い尽くした。
 
砂粒にも満たない細胞片が組成解析の際に浴びたガンマー線により著しく変化し、
自らを電子プログラム化することでコンピュータに侵入。
あっと言う間に破滅の種子を世界中に拡散させた。
科学者、科学者の頭脳を結集しても未だ解明されてはいないが、
何らかの方法であらゆる有機体を自らの肉体の生成に必要な細胞に換える。
そう理解するしかなかった。
人間の考える荒唐無稽は、侵略者には適用不能だった。
 
まずは文字通りのウイルスとして、主に生化学系のさまざまな企業、
工場、研究所などを汚染し、遺伝子情報、生体組成の情報を解析。
次にそこから地球上にはかつて存在しない強靭な、
そして地球上で自由に活動できる新たな肉体を生成することに成功した。
七日間のうちに二千万体を超える怪物が全世界に放たれた。
 
形状は海老のような甲殻類に似ている。二メートル近い巨体にも関わらず、
その動きは速く、逃げ惑う人間たちをたちまち捕獲。
三十六本の鋭く尖った歯で瞬時に噛み砕いた。
 
日本の首都圏にも怪物の組成物質が豊富だ。
コンピュータ制御によって動くあらゆる装置が
怪物を生成するために理想的な作業に集中するから、
秒刻みでやつらの肉体が作られ、
その肉体に、「トキ」が連れて来た生命の母体により
人間界で言う遺伝子が全ての個体に注入され、
JAXAのホストコンピュータを制圧した母体が、
生成された怪物すべてに人類殺戮指令を送り行動を促すシステムを確立した。
あくまで推測の域を出ないが、そういうことらしい。
 
怪物たちの軍団が着々とその勢力を増して、
埼玉、神奈川、東京、千葉がはじめにほぼ壊滅した。
 
首相直轄の危機管理室はまったく機能しなかった。
コンピュータシステムに頼りっ放しの防衛庁の脆さを暴露した形だ。
自衛隊も各基地や駐屯地が各々に分断され、
独自の対応で侵略者に立ち向かうしかなかった。
一機の戦闘機が飛び立つこともなく、地上戦、地域戦を余儀なくされた。
 
 
「坂崎二尉、どちらへ?」
多くの隊員を戦闘に寄り失い、辛うじて機能を保っている陸上自衛隊練馬駐屯地も,最早陥落寸前だ。
火器を駆使して怪物に立ち向かうが、
焼き殺しても吹き飛ばしても、怪物は次々に生成され襲い掛かってくる。
「おれは向島に帰る」
「無茶ですよ、下町あたりはもうやつらの基地みたいなもんだ。
 自殺しに行くようなもんです。それに任務の放棄は重罪ですよ」
 
坂崎は不敵に笑う。
「この期に及んで任務もクソもあるか。おれにはもっと大事なものがある」
島本准尉の顔が歪み、尊敬する坂崎に銃口を向けた。
「坂崎二尉、見過ごす訳にはいきません。行かないでください。
 任務を全うしてください」
 
坂崎は島本を真っすぐに見つめてから言った。
「撃つなら撃て。おまえを恨まない。だがな、おれは行く。
 絶対に失えない人を守るためにな」
島本の腕が震えている。
 
「おまえにも大切な人はいるんだろ?世界が終わる前に会っておけ」
「ここから向島まで、徒歩で行き着けるはずがないでしょう。
 陸自の猛者が百人いたってやつらを突破することはできない。
 あなたを尊敬しています。お願いだから行かないでください!」
その目には涙さえ浮かんでいた。それでも坂崎は留まる訳にはいかない。
 
I must go. The only For the One I Love.
呆然と見送る島本を背に、坂崎は悠然と基地を後にした。
坂崎の脳裏には、最後に自分を見送ってくれた真衣の顔が浮かんでいる。
「待ってろ、真衣。おまえを死なせやしない」

 

二週間前のことだ。敵の軍団が埼玉全域を殲滅に追い込み、
首都に向けて総攻撃を開始した時期と重なる。
マンションを出るときに坂崎はきつく言い聞かせた。
「絶対に外に出るな。食糧も水もひと月は保つだろう。室内に居て、
 じっとしていろ。やつらに気づかれるな。おれの帰りを待て。信じて待て。
 おれは必ず戻る」

 

真衣は素直に頷きながらも、その目に浮かんだ不安は消し様もなかった。
いくら気丈にふるまっても、真衣にはハンディがある。歩けないのだ。
怪物との市街戦の場に居合わせた折、片足にひどい怪我を負った。
ただでさえ非力な真衣に、何に対しても抗う能力は余りない。
治外法権同然の日本では、怪物以外にも敵はそこいら中に居る。
女ひとりが孤立すれば生き残れる可能性は限りなくゼロに近い。
自分以外には彼女を守れない。坂崎には痛い程の自覚があった。

 

真衣を失えば、坂崎の生きる意味も失われる。それだけ愛している。
互いに他に頼る人間もいない。そういう身の上だ。
市民を守るための任務?おれが守るべきは真衣であって、その他大勢ではない。
坂崎は自らに言い聞かせるように胸に反芻する。

 

言葉にせずとも、真衣は思っているはずだ。
坂崎が戻らなければ自分は死ぬ。
だれに殺されなくとも、生きる望みの全が絶たれる。
だから必ず自分の言いつけを守るだろう。
つまり、自分が戻らなければ真衣は死ぬ。坂崎には確信があった。
いずれにしても真衣は、やつらに殺されるか餓死するか、人でなしの暴漢に犯され殺されるか。自ら命を断つか。その違いだけだ。

 

街には人っ子一人見えない。
ところどころに血と肉片が惨事の痕跡として散らばっている。
いま、空気はまるで凪いだ海みたいに寡黙だ。
怪物の気配はない。人間を殺戮するだけの任務に嫌気が差したか?
そんな都合のいい想像をする自らを笑いながら、坂崎は車道を早足に進んだ。

 

静か過ぎる。
そう感じると同時に、おぞましい咆哮が響き渡った。

つづく

運命


獅子座流星群 : 流星の絆オリジナルサウンドトラックより。

運 命

夜の校庭に二人で立った。
都会を離れた何もない田舎町。
そこが徹と理恵の生まれ育った故郷だった。
 
11月の夜の静寂が耳に痛いくらい。
オンボロの校舎だが、校庭はけっこう広い。
星明かりにトラックの白いラインの輪郭が浮かんでいる。
 
もうそろそろ獅子座流星群のレビューの時間だ。
彗星の塵の残りが上空100メートル付近で発光する現象。
そう思えばそれだけのことかもしれない。
でも二人にはこの夜に賭ける想いがあった。
 
天体望遠鏡を構えて、この瞬間を待っていた人たちが、
全国にどれくらいの数居ることだろう。
二人は並んで立ち、肉眼だけを便りにじっと空を見つめている。
 
「奇数だったら永遠のお別れだ。偶数個見れたら、
   ぼくらは永遠に結ばれる運命。それでいいよな?」
徹の言葉に理恵が神妙にうなずいた。
 
来年の春には遠く離ればなれになる運命だ。
徹は東京の大学へ。理恵は盛岡の印刷会社に就職する。
 
徹には、流れ星の数で二人の運命を決めるつもりなんてなかった。
理恵と二度と会えない未来を想像するなんて無理だと思っていた。
 
だからホームルームを終えた教室で、
帰り道の鎮守様の参堂前で、町役場の向かいにある小さな公園で、
二人でいられる将来の夢を散々語り合ってきた。
 
でも良い解決策は思いつけなかった。
全く違う道を進み始める二人の軌道が噛み合ない。
気持ちだけで互いの不在時間を乗り切ることが難しいことくらい、
高校生の二人にも判断はついた。
そして若過ぎる二人はあまりにも無力だった。
恋を未来につなげるロードマップを描き上げるには未熟過ぎた。
 
このプランを言い出したのは理恵だった。
彼女は彼女なりに、気持ちにけじめをつけたかったのだろう。
徹はそれに従う、というか、徹は徹で自分の迷いに
はっきりとした結論を与えるべきだと考えたのだ。
 
互いの気持ちに整理をつけて次に進むのか、
結ばれる運命を信じ、互いを想い続けて未来に望みを託すのか…。
 
「あっ、徹、あそこ、流れ星!これでひとつ目」
理恵が弾んだ声で言った。
 
ちょうど校舎のはずれの体育用具小屋の真上辺りで、
小さな光が瞬いてすぐに消えた。
 
間髪を入れずに、二つ目の光が糸をひいて消える。
 
それからしばらくは空に何の変化も現れなかった。
二人は息を飲んで暗い空を見つめる。
寒さよりも流星の気配に神経を傾けているので、
お互いの緊張感が空気を伝って背中の芯の辺りを刺激する。
 
大人の目線で見れば他愛無いことかもしれないが、
若い二人にとっては半端じゃなく重要なひとときだった。
 
このままなら偶数。つまり二人は結ばれる運命だということだ。
 
理恵も徹も必死で願う。このままでいい。もう打ち止めでいい。
できればこれで流星ショーが終わらせてほしい。
二人の未来に望みを残してほしい。
いつしか二人は、叫び出しそうな程の気持ちの高揚を感じていた。
 
するとまたひとつ光が瞬いた。三つ目の流星だ。奇数個…。
これで終われば二人の別れが決定的になる数字だ。
いつの間にか、理恵の左手が徹の右手を握っていた。
熱く汗ばんだ理恵の手は、心なしか震えている。
 
「あっ、ほら理恵!また流れた」
徹の声に、理恵が興奮した声で叫ぶ。
「ほんとだっ!これで四つだよね?」
「あっ、また!」
二人の緊張が頂点に達した。
 
そのとき、五つ目の光が点滅して消えた。
徹も理恵も、六つ目の偶数にあたる流星を祈りながら、
互いに握り合った手にチカラを込める。
 
それから15分が経過した。
獅子座流星群の天体レヴューは幕を降ろしたようだ。
理恵の目から涙の筋が頬を伝う。
理恵の手の温もりを感じながら、徹も深い落胆を抑えきれない。
 
暗い校庭が、そこがまるで地球のすべてみたいな広大さで、
ちっぽけな二人の身体を飲み込んでいる。
音を根こそぎ吸い込んでしまった地面に立つ二人は、
互いの心音だけを頼りに時の経過を意識する。
 
もう星が流れることはないだろう。運命は決したのだ。
二人は声もなく、ただその場に佇んでいる。
奇数で終わった流れ星。
つまり、二人はここできっぱりと恋を終わらせる。
別々の新たな未来にまっさらな心で進むべき、ということだ。
 
「徹、星の数は…」
ぼくを見つめて理恵がつぶやく。
「五つだ。つまり奇数…」
いきなり理恵が徹の両肩に手を置き、
つま先だって顔を近づけてきた。
 
徹は、驚く間もなく理恵の唇を受け止めた。
真っ白になった頭の隅で、理恵に対する深い想いが過る。
二人は永いこと抱き合ったまま、微動だにしなかった。
やっと互いの唇を離した時、
徹は理恵の涙のしょっぱさを初めて感じることができた。
 
「奇数でしょ?だからキスくらい、いいわよね?」
 
徹は微笑みさえ浮かべられずに、
理恵の身体の温もりの余韻に浸っていた。
 
「じゃあ、これでお別れよ。明日からは学校でも、もう
 単なるクラスメート。いいよね?それがいいのよね?」
 
歩み寄ろうとする徹を、理恵が両手で制した。
 
「来ないで。二人で決めたんだもん、仕方ないよ」
 
目元を拭うと踵を返し、理恵が走り出した。
 
その後ろ姿が校門から出て行くまで、徹は呆然とその場に
佇んで見送ることしかできなかった。
大切なことをこんなことで決めてしまった。
徹の胸は後悔と悲しみでいっぱいになる。
 
    ただ……。
 
抱き合っている時に、二人の頭の上を六つ目の光が流れたことも、
数年後に偶然の再会を果たし、
将来を誓い合うことになる運命であることも、
その時の二人には知る由もなかった。
 
 
 

 

 

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