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患者急増 まるで野戦病院 カネミ油症50年の証言 元准看護士、うめき声 今も耳に 命絶った青年に涙

患者急増 まるで野戦病院 カネミ油症50年の証言 元准看護士、うめき声 今も耳に 命絶った青年に涙
長崎新聞
 病室に漂う膿(うみ)のにおい、苦痛にゆがむ患者の顔−。長崎県五島市玉之浦町の元准看護師橋本たき子(80)は50年前を思い返すたびに、胸が締め付けられる。
 1968(昭和43)年春。30歳のたき子は、同町の診療所で働いていた。3月の末、訪れる小中学生が急に増えた。総じて脱力感を訴え、待合室の長いすに寝そべっていた。「学校をサボりたいのかな」。いぶかったが、よく見ると子どもたちの皮膚には発疹が目立ち、ひどく目やにが出ている。腹痛を訴える子も少なくない。奇妙だった。
 1カ月もたたないうちに成人患者も次々にやって来た。ほとんどが漁師。昼間は痛みに耐えて働き、夜、診療所の当直時間に人目を避けるように来院する。青年期の男性は症状が特にひどく、顔や背中、脇の下、内股などに、びっしりと重なるように吹き出物ができていた。患部に薬を塗ったりガーゼを取り換えたりしたが、膿は耐えがたいにおいを発した。
 夏になると診療所は患者であふれ返った。医師の指示で解毒薬を患者に点滴したが、すぐに病室も、点滴袋をつるす器具も足りなくなった。廊下や待合室に畳を敷き、点滴袋は壁や戸に直接ぶら下げるしかなかった。当直の際は、痛みにうめく入院患者に何度も呼び出された。「まるで野戦病院」。昼夜なく駆け回りながら、途方に暮れた。
 治療法はなく、病名すら付けられない状態。「このやぶ医者が!」。荒い漁師らは、一向に治らない“奇病”にいら立ち、医師に罵声を浴びせた。3人いた医師のうち、たき子と同年代で最も若い男性医師は特に怒りの矛先を向けられ、思い悩んでいた様子を覚えている。
 原因が分かったのは10月。「北九州市で製造された食用米ぬか油『カネミライスオイル』に有害なPCB(ポリ塩化ビフェニール)が混入していた」。役場から診療所にそんな連絡が入った。予想もしなかった知らせに、たき子は驚いた。そして新たな恐怖が湧き上がった。「自分たち家族も食べている」


◎黒い赤ちゃんに衝撃 自身と家族全員も重い症状

 たき子の家族にも、来院患者と同じような症状が現れていた。
 当時、夫と幼い1男3女の6人家族。全員の顔や背中、手脚などに吹き出物が出て、子どもたちは髪が抜けた。目が開かないほどの目やに、腹痛、鼻血−。学校は休みがちになった。
 原因の食用油は自宅近くの商店で、一斗缶から一升ずつ量り売りで購入。豚カツや天ぷら、ドーナツなどを作って家族にたくさん食べさせていた。事件が発覚する10月までに一升瓶で約5本分を使った。
 たき子自身、強い倦怠(けんたい)感や吹き出物に苦しみながら、患者が押し寄せる診療所で激務に追われる日々。家族や自らの体を顧みる余裕はなかった。
 油症の影響は、新たな命にも及ぶ。お産があるたびに、たき子は診療所近くの母子センターで医師と立ち会っていた。68年の暮れ、その赤ちゃんを見た時、悲鳴を必死でこらえた。皮膚はコーヒーを塗ったように黒ずみ、弾力がない。産声も、か細い。覚えているだけで、同様の赤ちゃんは12、13人が生まれた。
 集落ではいつの間にか「黒い赤ちゃんがまた生まれた」とうわさが広がった。皮膚の黒さは小学生になっても残り、歯がぼろぼろになる症状も目立っていた。
 2、3年すると、診療所には大腸がんや胃がんなどのがん患者が増えた。痛みに苦しみ、亡くなっていく患者をみとる一方、たき子も初期の子宮がんを発症。73年に摘出手術を受けた。夫や子も内臓や目の疾患に悩まされ続けた。
 長男を除く家族5人が油症と認定。国や原因企業カネミ倉庫、PCBを製造した鐘淵化学工業(現カネカ)の責任を問う集団訴訟では夫が1陣、たき子は2陣、娘3人が3陣に加わった。1陣の二審、3陣の一審では原告が勝訴し、夫と娘計4人の仮払金を国から受け取った。しかし、86年の2陣の二審判決で国とカネカの責任が否定されると、最高裁での敗訴の可能性が高まり、患者側は訴訟を取り下げた。10年後、国から仮払金返還を請求され、たき子夫妻は4人分の返済をほそぼそと続けた。長男は近年、油症認定された。
 今も夜中に目が覚めると、診療所で夜聞いた患者のうめき声が耳の中で響く。幼い頃から知っている青年が症状に耐えられず、命を絶ったこともあった。思い出すと涙が出る。
 「油症で人生を壊された人がいる。夢を持って生活していたのに突然絶たれた。その悲惨さを風化させてはいけない」。たき子の思いだ。
=文中敬称略=


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カネミ油症事件   

カネミ油症事件(カネミゆしょうじけん)とは、1968年に、ポリ塩化ビフェニル(PCB)などが混入した食用油を摂取した人々に障害等が発生した、主として福岡県長崎県を中心とした西日本一帯の食中毒事件。油を摂取した患者からは、皮膚に色素が沈着した状態の赤ちゃん(いわゆる「黒い赤ちゃん」)が生まれた。胎盤を通してだけでなく、母乳を通じて新生児の皮膚が黒くなったケースもあった。この「黒い赤ちゃん」は社会に衝撃を与え、事件の象徴となった。学界でも国際会議で「YUSHO」と呼称され、世界的な関心を集めた[1]


概要

福岡県北九州市小倉北区(事件発生当時は小倉区)にあるカネミ倉庫株式会社で作られた食用油(こめ油・米糠油[2]「カネミライスオイル」の製造過程で、脱臭のために熱媒体として使用されていたPCB(ポリ塩化ビフェニル)が、配管作業ミスで配管部から漏れて混入し、これが加熱されてダイオキシン変化した。このダイオキシンを油を通して摂取した人々に、顔面などへの色素沈着や塩素挫瘡(クロルアクネ)などの異常、頭痛、手足のしびれ、肝機能障害などを引き起こした。
当時はPCB(ポリ塩化ビフェニル)の無害化技術も確立されていない時代であり、カネミ油症の原因物質であるライスオイルは、不適切な処理をされた可能性がきわめて高い。カネミ倉庫の事業所が存在する北九州市及び大阪市木津川運河)では、ダイオキシン類の一つであるコプラナーPCB (Co-PCB)が河川及び港湾の底質から基準を超えて検出されている。


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原因の究明まで




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患者発生の直前1968年春には、同社製の「ダーク油」を添加した配合飼料を与えられた鶏40万羽が変死していた[3]1968年(昭和43年)6月7日に九大皮膚科に3歳の女児が痤瘡(にきび)様皮疹と診断され、8月には家族全員が同様の症状となって受診した。

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1968年(昭和43年)10月11日、福岡県衛生部は九州大学病院に職員を派遣し調査を開始。北九州市衛生局は同日にカネミ倉庫に立ち入り調査を実施し、サンプルを採取して九大に分析を依頼した[4]
1968年(昭和43年)10月18日、九州大学医学部に油症外来を開設して集団検診を始める[4]
1968年11月4日には油症研究班がカネミ油に含まれた有機塩素化合物ガスクロマトグラフのパターンがカネクロール400(鐘淵化学:現・株式会社カネカ)のパターンと一致することを証明した[4]
1969年(昭和44年)3月20日、長崎県が「油症関係資料」を取りまとめ、油症の総括及び、五島玉之浦町地区や五島奈留島地区の被害者を状況を記録した[5]
1969年(昭和44年) 長崎県発行 油症関連資料
1969年、医学専門誌『福岡医学雑誌』60巻5号には、患者から生まれた死産女子の解剖結果が報告されている。そこでは、副腎皮質が奇形であったことが示唆され、性器の肥大・突出があったことも書かれている。
1969年(昭和44年)6月、厚生省に「回収油の精製後の販売先及び数量」等を報告した[6]
1969年(昭和44年)11月、食品衛生法第4条該当により廃棄を命じたカネミ油(廃棄分)503ドラムを販売したことを報告した[7]
1971年、専門誌『産科と婦人科』8月号に患者の性機能に関する報告が掲載された。経血が茶褐色に汚くなったことや性ステロイドの減少が見られることをふまえ、「PCB中毒はあらゆる意味で女性性機能を障害すると考えざるを得ない」とまとめている。翌年、『福岡医学雑誌』63巻10号は「PCBには女性ホルモンを増強する作用がある」と報告した。

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1974年(昭和49年)〜1976年(昭和51年)、カネミ油症の原因物質を製造した鐘淵化学工業株式会社(現 株式会社カネカ)は、兵庫県高砂市高砂西港に堆積したPCBダイオキシン類)汚染底質を浚渫し、現地周辺に盛り立てた[8]


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1975年、長山淳哉[9]らの研究により、ダイオキシン類のポリ塩化ジベンゾフラン (PCDF) が事件に関係していることが判明した。


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1987年(昭和62年)カネミ倉庫が300リットルの油を引き取ったことを北九州市衛生局長に報告した[10]
2002年に当時の坂口厚生労働大臣が、厚生官僚の反対を押し切り「カネミ油症の原因物質はPCBよりもPCDFの可能性が強い」と認めた。発症の原因物質はPCDF及びCo-PCBであると確実視されており、発症因子としての役割は前者が85%、後者が15%とされている。


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2016年8月 全国油症治療研究班(班長・古江増隆九州大大学院教授)は、カネミ油症の原因プロセスがダイオキシン類ポリ塩化ジベンゾフラン(PCDF)などと細胞に存在する体外から入ってきた物質に反応する「AhR」と呼ばれる受容体が結合して細胞遺伝子を傷つけると発表した。




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油症の原因は食用油に混入したポリ塩化ビフェニール(PCB)で、既に解決した過去の出来事との認識が一般的だった。国も「日本人にダイオキシン被害はでていない」としていた。だが、食用油からダイオキシン類のポリ塩化ジベンゾフラン(PCDF)が見つかった、と記していた。

「カネミ油症はダイオキシン被害なのか」。油症被害者は深刻な健康障害を抱えながら、放置されたままであることを知った。原因企業のカネミ倉庫が医療費支給の範囲を狭め、国の仮払金返還請求が、患者の暮らしに一層暗い影を落とし、さらに自殺者まででていた。

2017/12/2(土) 午前 7:57 [ 寡婦と虎児に正義を ] 返信する

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カネミ油症被害者の提訴は、関係者の思惑から全国統一訴訟団と油症福岡訴訟団にわかれて提訴された。
全国統一訴訟は国を相手にしていたが、福岡訴訟団は時間節約を目的として国を外しカネカ・カネミ倉庫を相手とした。
和解終結後の認定患者に対してはカネミ倉庫は訴訟患者の和解条件と同様の取り扱いをしているが、医療費自己負担分の支払い、一律23万円の一時金、死亡時3万円の葬祭料の支払い。

鐘淵化学工業(カネカ)は新規認定患者約80人に対しては和解金300万円を支払っていない。理由として訴訟時に原告であった人だけを対象としてカネカに責任は無いとする条件で和解した為その後の認定患者への責任は無いとしている。

2017/12/24(日) 午前 10:27 [ カネカのPCBによるカネミ油症 ] 返信する

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ポリ塩化ジベンゾフラン 平面構造を持つ芳香族有機塩素化合物で、置換した塩素の数や位置によって、多数の構造異性体が存在する。特に、2・3・7・8位が塩素で置換した異性体の毒性が高いことが知られている。
塩素を含む有機化合物等を焼却するときに非意図的に発生し、焼却場等の周辺に排出されるなど社会問題化してきた。

2018/1/6(土) 午後 5:23 [ 公徳心やコンプライアンス ] 返信する

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カネカ(鐘淵化学工業)は、万一、それが漏出して製造過程でライスオイルに混入して食品として出荷されたならば、人体にどのような危害を与えるのかにつき、十分に調査・研究を尽くし、その調査・研究の結果に基づき、Xに対し、カネクロール400の使用にあたっての危険性の警告及び情報の提供をなすべきであった。

ところが、前記のとおり、Yは、PCBの危険性につき、事前に十分に調査・研究し、Xに対して必要な警告を尽くしたとはいい難い。

Xがカネクロール400を出荷した行為は、食品製造業者として著しい過失が認められるが、そこにはカネクロール400の危険性に対する認識不足も起因していたものと認められる。

仮に、カネカからXに対し、カネクロール400の人体への有害性に対する十分な警告と情報の提供がなされていれば、Xのカネクロール400の危険性に対する認識が変わっていた可能性、ひいては、Xによるカネクロール400が混入したライスオイルの出荷が防げた可能性は否定し難い。したがって、カネカには上記の警告並びに情報提供をする義務を怠った過失による人権侵害性が認められるというべきである。

2018/1/20(土) 午後 7:36 [ 公衆衛生の義務 ] 返信する

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鐘淵化学工業(カネカ)がカネミ倉庫へ供給したカネクロール400は、閉鎖された循環系での使用を前提としたものであるが、カネカは、万一、それが漏出して製造過程でライスオイルに混入して食品として出荷されたならば、人体にどのような危害を与えるのかにつき、十分に調査・研究を尽くし、その調査・研究の結果に基づき、カネミ倉庫に対し、カネクロール400の使用にあたっての危険性の警告及び情報の提供をなすべきであった。
ところが、前記のとおり、カネカは、PCBの危険性につき、事前に十分に調査・研究し、カネミ倉庫に対して必要な警告を尽くしたとはいい難い。

2018/1/24(水) 午前 4:18 [ 安全は大切ですね ] 返信する

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鐘化の労働者が職場での安全や権利を多分に失ったであろうことと、カネミ油症の患者さんたちが健康を奪われたこと、そして高砂市民が海岸をなくしてしまったことは、すべて同根の事柄と言えるのではないだろうか。
PCBは、その毒牲が社会的な大問題となって生産が中止される昭和48年までの10年間に6万トン余生産されたが、そのうち5,492トンが回収され、埋立地の海沿いのタンクになすすべもなく貯蔵されている。
三菱水島事故のように海に流れこんだら水島の比ではない大惨事に
なることは目に見えている。しかしPCBは現在の技術をもってしてはどんなにやっても絶対に分解しない代物で、煮ても焼いてもくえないとはこのこと、焼却炉で焼いても少しでも温度が下がれば排煙中に出てしまうという、現代文明が生んだ鬼子であった。

2018/2/4(日) 午前 10:25 [ 公益通報と消費者保護 ] 返信する

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国内最大の食品公害とされるカネミ油症の患者団体と国、原因企業のカネミ倉庫(北九州市)による3者協議が2018年1月20日、福岡市であった。カネミ油症は今年で発生から50年を迎える。患者側はなお未認定の被害者が多いとして、認定基準の撤廃や見直しを求めた。

協議は被害者救済法(2012年施行)に基づくもので11回目。11の患者団体の代表、厚生労働省や農林水産省の担当者、カネミ倉庫の加藤大明社長らが出席し、非公開で開かれた。

3者によると、患者側は「(ダイオキシン類の血中濃度などで判定する)認定基準を撤廃し、カネミ油を食べたことをもって認定してほしい」などと要望。国は「基準は科学的知見によるものだ」と反論した。加藤社長は、患者側が求めている入院中の食費支給について「国に要望しているが現状では難しい」と答えた。

患者側は、油に混入したポリ塩化ビフェニール(PCB)を製造し、カネミ倉庫に販売したカネカも協議に参加するよう求める要望書を国に提出した。

2018/2/17(土) 午前 8:16 [ カネカのPCBによるカネミ油症 ] 返信する

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五島市は同市内などで被害が相次いだ国内最大の食品公害「カネミ油症」発覚から今年で50年を迎えるのに合わせ、歴史や実情を次世代に継承する初の市民向け講座や患者が参加するイベントを年内に開催する計画を発表した。

油症は1968年、カネミ倉庫製の米ぬか油にポリ塩化ビフェニール(PCB)などが混入し、長崎、福岡両県を中心に西日本一帯で約1万4千人が健康被害を訴えた食品公害事件。

市民講座は5〜10月までに計6回開催する予定。患者や支援者、弁護士などが、今なおさまざまな疾患に苦しむ現状などについて話す。

イベントは11月ごろ市内で開催する計画。市内在住の患者が体験談を話すほか、79年に台湾で発生した同様の油症被害者を招く。今後、市などでつくる「カネミ油症事件発生50年事業実行委員会」で詳細を決める。

油症を巡っては、2012年成立の救済法で当時認定患者と同居していた家族も認定対象に加えたが、69年以降に患者から生まれた「2世」は同居とみなされず、対象外のまま。市は引き続き、患者側とともに救済拡大を国に求める。

2018/04/12付 西日新聞

2018/4/15(日) 午前 11:50 [ 不法投棄不法占拠対策 ] 返信する

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1968年に西日本一帯で被害が広がった国内最大の食品公害「カネミ油症」の発生から、今年で50年。

「子どもは安い給料から月2万〜3万円を治療費に充てている。国には、被害者を救うという気持ちを持ってもらいたい」

1月20日、福岡市で開かれた11回目の3者協議。認定患者の女性(64)は、自らと同じように皮膚疾患に苦しんでいる未認定の息子や娘の窮状を訴えた。

厚生労働省の全国油症治療研究班の調査研究で、油症の原因物質ダイオキシン類は母乳や胎盤を通じ、母から子に移行することが確認されている。患者団体は認定患者から生まれた事実によって、子を患者に認定するよう求めてきた。

協議は非公開。出席者によると、厚労省は2世救済について「ダイオキシン類の血中濃度は一般人と大きな差がない。2世であるだけでは認定できない」と説明したという。

「3者協議を5年近く続けているのに、ほとんど進展しない」。長崎県の「カネミ油症五島市の会」事務局長の宿輪敏子さん(56)はいら立ちを募らせる。

2018/4/15(日) 午前 11:54 [ 文化財を大切にしましょう ] 返信する

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PCB次世代実験
「カネミ油症 とはPCBの人体実験である。」(紙野柳蔵・朝日新聞社「PCB・人類を食う文明の先兵」1972)、「カネミ油症という、そのまま人体実験とさえいわれる日本独自の悲惨な体験」(藤原邦達「PCBの脅威」第三文明社1973)など、カネミ油症事件は人体実験だったと指摘する人々がいます。
PCBがそれまで安全無 害な物質であり、世界規模での環境汚染物質であると認識される前に、人体にとって極めて有害な物質であることを人間自身で証明してしまったことを指していると思われます。

九大 油症班(医学部教授)倉恒匡徳は 油症の症状を次のように述べています。
(朝日新聞社「PCB・人類を食う文明の先兵」1972)

患者さんの中には、全身至るところの毛穴に、次々に悪臭をはなつチーズのような物質が蓄積し、はれあがり、激しく痛み、これまで100回 以上も切開手術を受けた人がいる。体中切り傷だらけである。そして、4年後の今も、なおこの状態が続いている。

2018/5/13(日) 午後 5:19 [ カネカのPCBによるカネミ油症 ] 返信する

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カネミ油症50年記念行事「油症の経験を未来につなぐ集い」
■日時 2018年11月17日(日)
■場所 福江総合福祉保健センター(長崎県五島市三尾野1丁目7番1号)
■スケジュール
10時30分〜12時 第1部:記念式典
13時〜15時50分 第2部:分科会
分科会A:油症の医療と福祉を考える
分科会B:被害者と語り合い交流する
分科会C:食の安全と健康について考える
分科会D:油症について学び、伝える

関連行事
(1)現地交流会
■日時 11月18日(日)8時30分〜16時30分
■場所 奈留:9時30分〜11時30分、玉之浦:13時30分〜15時30分
(2)写真パネル・資料の展示
■日時 11月17日(土)頃〜数日間
■場所 福江総合福祉保健センター
(3)カネミ油症について学ぶ市民講座
■対象 中学生以上
■期間 5月〜10月(全6回)
■場所 福江総合福祉保健センター
市民講座について詳しくは、市民講座チラシをご覧ください。

2018/6/3(日) 午後 1:55 [ 水土壌汚染研究 ] 返信する

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「カネミ油症被害者五島市の会」事務局長=長崎県五島市=は、協議後に記者会見し「50年たっても患者認定されずに苦しんでいる人がいることは大きな問題だ」と指摘。

小学1年から症状に苦しむ同県諫早市の ○○は「50年はすごく長かった。国は責任を持って対応してほしい」と話した。

カネミ油症は68年10月に問題が表面化。カネミ倉庫が製造した米ぬか油にポリ塩化ビフェニール(PCB)やダイオキシン類が混入し、油を口にした約1万4千人が皮膚や内臓の疾患などを訴えた。
厚生労働省によると、2018年3月末現在、認定患者は2322人。

2018/7/21(土) 午前 9:11 [ 公序良俗に反するカネカPCB ] 返信する

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「ライスオイルを天ぷら油にすると、プクプクと変な泡が沸いてきた。健康にいいと評判だったけど、母が『この油おかしい』って言って。それを食べてから最悪の人生やった」

西日本一帯で1968年に発覚した食品公害、カネミ油症。認定患者(62)=姫路市=は小学6年の3月、転居したばかりの長崎県・五島列島で、ポリ塩化ビフェニール(PCB)に汚染されたカネミ倉庫(北九州市)製の米ぬか油「ライスオイル」を口にした。
間もなく、お尻や背中に膿(うみ)のある大きなおできができ出した。

「くさいし、学校のいすに座るのも痛い。クラスの半分以上が同じ症状だった。下着に膿が付くから毎朝母が絞り出して、薬を付けて油紙とガーゼで手当してくれた。弟の背中の膿もよくつぶしてやった。手袋をはめて力を入れると、ぴゅっと膿が飛んだ」

2018/7/31(火) 午前 6:52 [ 中国の食品汚染と反日デモと油症 ] 返信する

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油が原因と知った奥さんは、親戚の業者からまとめて何缶も
買わされた油をそのまま海に流したそうだ。

2018/11/6(火) 午後 2:54 [ dun***** ] 返信する

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