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日本から戦前に輸出された人形を集めていた時期があります。オキュパイド・ジャパンの収集に専念する前、人形づくりをしていた時にドール・ショウで出会ったセルロイドやビスク製の人形たちです。 中には、以前の持ち主(子供や大人)が作ったとみられる洋服や編み物のドレスなどを着た子たちを見つけると嬉しくなったものです。5月には、かぎ針編みのドレスを着たセルロイド人形をご紹介しました。 きょうは、「クレープ紙」のドレスを着る人形たちをご覧いただきます。 クレープ紙は特殊な加工をしてシワをつけた紙で、今も手芸やつつみ紙に利用されています。 クレープ紙の紹介→http://crepe.jp/crepepaper/index.html 佑果の手元には、このクレープ紙で作った洋服を着たセルロイド人形やオールビクス人形があります。 1920−30年代には、女性たちの間でクレープ紙で自分たちのコスチュームを作るのが流行ったらしく作り方を書いた「ハウ・ツウ」の本まで出版されています。 (ネット検索より) 人形にもこれが応用されたのでしょうか。 まずは、1920−30年に日本から輸出されたセルロイド人形です。 プリーツを重ねたロングスカートをはいています。 スカート部分は、筒のようにまるめた台紙に貼り付けてあります。 同じように大正から昭和初期に輸出されたオール・ビスク人形もクレープ紙のドレスを着ています。こちらは、縫い目からミシンで縫製されたことがわかります。 繊細な細工の造花もついています。 ボンネットもおしゃれですね。 スカート部分は大量のクレープ紙が巻かれています。 紙とはいえ、なかなか凝った作りです。 裁縫や手芸の苦手な佑果は、人形のためにこれほど手間と時間をかけた人を心から尊敬します。そして、90−100年間このようにきれいな状態で保存してくれた人たちにも感謝したいです。 よろしければポチをお願いします。
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☆MIJ愛好会☆
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made in Japan の文字が入っている作品のコレクションの紹介など
コメント(8)
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先日、インスタグラムに戦前のビスクドールを投稿したところ 「あらら、裸の人形さんを投稿して・・・」と半ば冗談でフォロワーさんから 言われました。 裁縫のできない佑果は、洋服なしで裸のまま保管する場合も多いです。 以前は人形の洋服をドールショーで買うか、製作した人形には、 人形の師匠に替わりに作ってもらったりもしていました。 今は、すでに洋服を着ている人形を購入するのがベストですね。 それにしても、わざわざ人形用に誂えたと思われる洋服には、ありがたいと 感謝の気持ちでいっぱいになります。 今日ご紹介するのは、日本から戦前とオキュパイド・ジャパンの時期に 海を渡ったセルロイド人形です。 しかも、かぎ針編みで持ち主がこの子たちのために編んでドレスアップをしたと 思われる人形です。
ベティちゃん風のセルロイド人形(高さ15cm)は、1920−30年代に日本から北米にわたったもの。カーニバル・ドールとよばれお祭りの射的になったり、子供たちがするゲームの景品になったものかもしれません。
ブルーの毛糸で編まれ、フリルがついた可愛いドレスを着ています。 肩の部分のゴムが緩んでいるもののドレスのおかげでボディは汚れも損傷もなくとてもきれいな状態です。ドレスがよく似合って可愛いですね♪ もうひとつは、オキュパイド・ジャパンのセルロイド製ベビー(高さ20cm)。 背中の刻印をみると大正時代から輸出をしていたローヤル・セルロイド社 (現トイ・ロヤール)の製品です。
足と手が可動するジョインテッド・タイプですが、 袖付きの二色のドレスを着せてもらっています。飾りにボンボンもついています。 よく似合っていますね。 親が子供のために編んであげたものなのか。 コレクターが編んだものなのか。 日本から輸出されたセルロイド人形が洋服まで作ってもらい愛されたことが 嬉しいです。また、細かい手芸の苦手な佑果にとっては、何を着せようかなど 悩まなくてもよいので誂えのドレスの製作者に感謝、感謝です。
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皆様は近藤麻理恵さんをご存知ですか。 アメリカでは最近「KonMari現象」と言われるほど近藤さんの片付けメソッドが 流行っています。テレビにも出演、本も飛ぶように売れています。佑果のヨガの 先生もKonMariさんの大ファンです。 整理整頓や片付けの悩みは、洋の東西を問わないのですね。 (近藤麻理恵さんのオフィシャルブログ KonMariメソッドは、「心のときめき」をキーワードにときめきを感じないものから 片付けていくという方法らしいです。らしいというのは、彼女の本も読まず、テレビも観ずの聞きかじりです。 しかし、コレクターはそもそも「心にときめいた」ものを集める人種。 ときめきは続くのが普通です。 したがって、集まる一方でなかなか処分は難しいですね。 とは言うもののOJ屋敷も佑果のOJコレクションでかなり手狭になっています。 今でこそ、オキュパイド・ジャパンの点数がはるかに多いのですが、以前は 日本から戦前に渡ってきた人形を集めていました。 日本からはるばる米国に渡ってきた人形たちには、「よく頑張ってきたね」 「大切にされてきてよかったね」という思いがあって愛着を感じました。 できれば手放したくない人形たちですが、せめてもういちど故郷の地を踏ませたい。 「ときめき」を感じてくださる方々がもし日本にいらっしゃるならお譲りしたいと いう気持ちで、少しずつ最近になってオークションやウェブショップを通じて 里帰りさせています。 大正から昭和初期(1920−30年代)に渡米した人形たちが中心です。 ビスク製の人形(こちらではオールビスクと呼ばれる)で背中に「メイド・イン・ジャパン」という刻印が入っています。ほとんどが愛知県の瀬戸生まれ。 その点では、オキュパイド・ジャパンのフィギュアリンの先輩ともいえる 人形たちです。
瀬戸の山城柳平商店(のちの丸山陶器)製作の四つ活ベビー
日本の陶磁器人形については、ブログ友達のアリタリアさんが ブログ「昭和レトロ 戦前の陶磁器人形」で詳しく整理されているので ぜひ訪問・参考になさってください。↓ https://blogs.yahoo.co.jp/alitaliayasutowatanabe/37974241.html。 別々に作られた手足を胴体にゴムでつけたものを瀬戸では、 「四つ活(よつかつ)人形」と呼んでいます。英語では、関節のある 「ジョインテッド・タイプ」と呼びます。おすわりができるのが特徴です。 手だけが肩の部分でつけられているのは、「手活(てかつ)人形」です。 足は動かず、腕が前後に動きます。 瀬戸ビスク人形については、瀬戸ノベルティ文化保存研究会のブログにも 詳しい解説があります。↓ http://setonovelty.blog65.fc2.com/blog-entry-507.html上の少年と少女の手活人形は製造者銘がありませんが、やはり瀬戸製だと 推測します。
佑果がドールショウに通っては、見つけた人形たち。 なにも着ていない裸の子もいれば、前のコレクターさんが洋服をわざわざ作り、 着せて可愛がってくれた子たちもいます。 90−100年前に太平洋を渡った人形たちは、ほぼアンティークになります。 今でもとても愛おしいのですが、優しい里親さんの元へ帰国させるのが佑果の 役割かなと思うようになりました。ご興味がある方はぼちぼち出品していますので オークションとウェブショップを覗いてください。 よろしくお願いします。 よろしければポチをお願いします。
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オキュパイド・ジャパンの陶磁器類を集中して集める以前は、
人形作りをしていた関係から海を渡った日本製の人形をせっせと
集めていました。
とくに戦前のビスク人形や磁器人形ですが、その中に
磁器製の半身像である「ハーフドール」があります。
上半身のみなので「ハーフ」と呼ばれますが、下にブラシがついて
「ハットブラシ」になったり、針山(ピンクッション)がつくと
「ピンクッション・ドール」にもなります。
このハーフドールですが、もともとはドイツが主要生産国でした。
当ブログでも何度か取り上げたことがありますが、
1900年代初頭に数々の独メーカーが磁器製ハーフドールを作り
輸出していました。
佑果の手元にある日本製は、いったいどこで作られていたのだろうと
長く疑問に思っていたのですが、最近になって愛知県の瀬戸生まれだと
いうことがわかりました。
いつも瀬戸ノベルティについて情報を得ている
瀬戸ノベルティ文化保存研究会のブログに載っていました。
↓ http://setonovelty.blog65.fc2.com/blog-entry-1176.html 瀬戸の名窯の丸山陶器(戦前は山城柳平商店)が作っていたのです。
現在は窯元としての役目は終えていますが、まだサンプルや資料が残っているようです。その中にあったのがハーフドールたち。
しかも、注文したのが当時の「日本陶器(のちのノリタケ)」であるというのですから驚きます。
瀬戸ノベルティ文化保存研究会のブログによると
1939年(昭和14年)の日本陶器の注文票も残っています。
手元にあるハーフドールたちに「80年近くもよく頑張ってきたね〜」と
声をかけたくなりますね。
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オキュパイド・ジャパンの入手先として、最近はコレクターさんから
直接譲ってもらう機会が増えました。ネットのオークションでは画像がでていても細部の確認ができなかったり、汚れがついていたりすることも
しばしば。
その点、コレクターさんからだと大切にされたよい状態のものが多いので
安心です。
さて、まとめて譲ってもらった品物の中にとてもめずらしいものが
ありました。
オキュパイド・ジャパンより古く、1920−30年代(大正から昭和初期)にかけて輸出された人形です。
それもただの人形ではなく、“実用品”です。
シェフの男性が手にしているのは、「砂時計」です。
料理用タイマーとして輸出されたのだと思います。
コルクが手についていて、針金で砂時計がとめてあります。
上下に逆さにすると砂が落ちだして時間がはかれます。
砂時計はガラスの繊細な品。触ったら壊れそうで、
実際にはまだ時間も測っていません。
底には、丸山陶器の前身である山城隆平商店のマークが入っていますので
戦前の輸出品であったことが確認できます。
オキュパイドジャパンにも砂時計があるのですが、ほとんどが砂時計が壊れてしまっていて実際に手にしたことはありません。
おおかた、80年以上も経っているとは思えないですね。
OJだと思って前のオキュパイドジャパンのコレクターさんが大切にしてくれたおかげです。瀬戸のノベルティの歴史を語る貴重な品に
思いがけず出逢いました!
ラッキーです。
しかし、このガラスを壊さないように保存するのがひと苦労かもしれません
(ため息)。
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