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渡辺明一さんから、「海賊」米本仁を、手渡される。
早速秋の夕暮までかかって読んで見るが、いい作品だった。
ドキュメンタリーかと思ったが、小説仕立てで読み易く、また誰もが安心して読める親切なものの言い方は、さすがに徳島大学出の医学博士、お医者さんという感じを強く持った。
参考文献の引用の部分も幾分かは既に知っているものもあり、「義経」宮尾登美子、森田泉「新風神の宿るところ」あるいは「隠された皇子」もあり、何か仲間内でのおとぎ話を聞かせてもらっているような気分にもなった。
しかし、何と言っても特筆すべきは、昭和三年生まれの米本氏が、そのりかけいのしゅっしんでもあるぬもかかわらず、みずみずしい表現力、自由な発想の根源を深く蓄えていることだろう。
ややもすると、計算高く理知的ではあるが、言葉に含蓄のない、乾いた人物が理科系には多く、またそのことが、才能人間の能力だとさえ考える軽薄、早トチリの傾向があるのも事実である。
医者は、つまらないし、お金はあるが、病気にでもならなければ、そばに行かないちほうが身のためだと思っていた私は、少し反省をしなければならないかもしれない。
予断と偏見こそが近代合理主義の敵であり、本来持っている人間の進歩や前進の邪魔することだと、日ごろ口癖にしてきた私としても大いに、恥ずかしいことだ。
「老獪で処世術にたけて、、:」云々の海賊像は、ひょっとしてら。さく者やその周辺の人物像を重ねているのかもしれない。しかし、これは実際に会って確かめたわけでもないし、いまだに想像の域にとどまるものだ。
賢いかもしれぬが、ふくらみのない、薄っぺらな金持ち像である医者の虚像をうち破るに十分の作品であった。
届けてくれた、渡辺明一さんもまた、金沢工業大学の教授であり、理科系の人間であること、またさらに言えば、その最も理科的な人物と楽しく長く付き合っている私自身の自己検証の時間ともなった次第です。
丸亀、坂出の野蛮なだけの政治家や、えせインテリ、公民館文芸で自己満足して、いささかの出費も嫌う一群の群れとは全く異質の教養人のいることを知っただけでも、今日の日暮れは意義のある時間となった。
都から遠くひなびた田舎で心の革新を探すのは容易ではない。
また現実に、出会うことなく、お互いに不平不満のうちに終わるのが世の常でもあるが、今回は、ちょっと良かった。
渡辺明一氏は、坂出富士見町の大きな古い旧家で一人最後の勝負をかける。
これを支えると言い出した日本財団、あるいは、その周辺の人物の覚悟と力量が試されてもいる気がしてならない。
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私の家内は丸亀出身ですので兄弟が多度津、宇多津にいまして時々里帰りで訪れるのですが土佐と比べれば立派な名所も数多く経済力も桁違いに大きく羨ましい限りです。さすが四国の玄関口ですね
2007/10/22(月) 午後 2:39
丸亀、坂出はともかく、観音寺はどうでしょう、買春議員や、茶坊主が山ほどいるということですが、
2007/10/31(水) 午後 0:50 [ zen*o*hara6* ]