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私の生まれ故郷で聞いた昔ばなし
昭和の中ごろに町の市街地から真南に伸びる片側1車線の直線道路を田んぼの真中に
当時の町長が整備したそうです。
「こんなところに滑走路をつくってどうないするんか!」と反対者も多かったようです。
現代では何の変哲もない普通の道路ですが当時においては高規格道路だったようです。
ほどなくして高度経済成長期。自動車物流が主流になっていく時期に、この道路が地場産業にとって
大変重要な役割を果たしたそうです。
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普代水門。
東北の大震災の時、大津波から普代村住民の生命と財産を守った水門です。
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