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生前の親父の意向をうけ家族葬とした。
2月の末にも関わらず穏やかな天気のもと、静かに送ってやりました。
親父を車の助手席に乗せ、京都、大阪、神戸の老人ホームや障碍者支援事業所を走り回った日々を思い出す。
施設のスタッフなど沢山の人に声をかけてもらい気にかけてもらった日々は晩年の慰みになったのではないか。
そんな感慨にひたり遺品整理をしていた。
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初七日の日、地元の金融機関との話の中で親父が連帯保証人になっているとの話がでた。またか。
20年前の親父の事件を教訓として、連帯保証人には二度とならないと決めていたので
連帯保証人のしがらみをを回避するために相続放棄をした。遺産は土地と家のみ。
裁判所への手続き、親戚への根回し、実家からの退去作業で日々をおわれる。
事後処理に金も尽き、パイプハウスを復旧することもかなわなくなった。
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そんなドタバタしているころ、20年前の事件の時にお世話になったトンネル建設会社から声がかかった。
金がない、帰る家がないとなると、飯場暮らしができるトンネル仕事はありがたい。
渡りに船とはこのことか。総合的に考えた末にお世話になることにした。
長期出張の気持ちでやるしかあるまい。
最初の赴任地は北海道小樽とのこと。
雪の降る土地はこりごりだが、そうも言ってられない。
48歳にして、またもや転職。
人間万事塞翁が馬。
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