旅の記憶

6月の初心は「シッカリ睡眠をとりましょう」です

第五幕「福祉と親父と農業と」

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生前の親父の意向をうけ家族葬とした。

2月の末にも関わらず穏やかな天気のもと、静かに送ってやりました。

親父を車の助手席に乗せ、京都、大阪、神戸の老人ホームや障碍者支援事業所を走り回った日々を思い出す。

施設のスタッフなど沢山の人に声をかけてもらい気にかけてもらった日々は晩年の慰みになったのではないか。

そんな感慨にひたり遺品整理をしていた。

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初七日の日、地元の金融機関との話の中で親父が連帯保証人になっているとの話がでた。またか。

20年前の親父の事件を教訓として、連帯保証人には二度とならないと決めていたので

連帯保証人のしがらみをを回避するために相続放棄をした。遺産は土地と家のみ。

裁判所への手続き、親戚への根回し、実家からの退去作業で日々をおわれる。

事後処理に金も尽き、パイプハウスを復旧することもかなわなくなった。

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そんなドタバタしているころ、20年前の事件の時にお世話になったトンネル建設会社から声がかかった。

金がない、帰る家がないとなると、飯場暮らしができるトンネル仕事はありがたい。

渡りに船とはこのことか。総合的に考えた末にお世話になることにした。

長期出張の気持ちでやるしかあるまい。

最初の赴任地は北海道小樽とのこと。

雪の降る土地はこりごりだが、そうも言ってられない。

48歳にして、またもや転職。

人間万事塞翁が馬。






第五幕-8 大往生

6年間の在宅介護に限界がきた。

昼夜問わず2時間間隔でのトイレ介助。その他全般の生活介助で心身ともに消耗した。

いよいよ行政サービスの支援を仰ごう。

結構な費用が提示される。

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数日後、泊りがけの仕事に出る朝、親父に挨拶をすると、やせた両手で私の手を握り何か言おうとしている。

失語症のためモゴモゴとしていたが、最後につたない発音で「あ・り・が・と」と言った。

50年近く親父の子供であったが、初めて聞いた言葉だったので「おや?」と感じた。

「うんうん大丈夫だよ。ほな言ってくるで機嫌よくしとってな、あしたの夕方までには戻るから」

そういって大阪へ仕事に出た。(この日は私に代わり実弟が親父の介護をしてくれている)

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翌日、予定よりも早く片付いたので家へ向かって車を走らせた。

日が暮れるまでには1時間以上あるころ峠道を走っている時に電話が鳴る

携帯電話に弟の名前が出る。まさか・・・・

「親父が死んだかもしれん、病院へ搬送してる。」

病院へ着くと救急治療室で懸命な蘇生処置を行っていたが、死亡を確認したのでやめてもらった。

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親父の最後は安らかなもので、ベッドから起き上がり座った状態で弟に背中をさすられながらこと切れた。

自分の家で二月とはいえ穏やかで暖かい日に、息子に背中をさすられて人生を終える。

良い死にざまでした。最後に親父が発した「ありがとう」の意味をかみしめます。

大往生。









第五幕-7 大寒波

 2018年1月下旬。丹後地方を襲った30年ぶりの大寒波。

 町内の除雪機能は麻痺し、我が家の自動車も雪に埋もれた。

 現場事務所にあるパイプハウスが気がかりだ。昼過ぎに行ってみると。

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 圧壊。

 いかんともしがたい。

 雪解けを待って対策を練るとしよう。

  ケガ人が無くてよかった。



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