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私は10人兄弟の5番目として関ヶ原に生まれましたが、中学卒業までにお腹いっぱい食事をした事は何度もありません。
食べる事、遊ぶ事、仕事を手伝う事等を思い出しても楽しい経験はほとんどありません。いつも親の顔色を気にしながらの子供時代でした。
父は厳しく母は愛の手本になるような良い人でした。
10人の兄弟の性格はバラバラでした。長兄から一番下の弟まで20歳の年の差があります。
私は小学校の4年生の1学期までほとんど毎日同じ村の上級生数人に殴られたりカバンを川に捨てられたりいじめられていました。
その原因は5歳上の兄が不良のように下級生をいじめていた為で、私はその仕返しを受けていたのです。
私の2歳上の兄は5歳で、1歳下の弟は2歳の時に亡くなっています。
私の母は毎年毎年子供が多く産まれるのに何故私の子供達は死亡しないのかと思った年に相次いで2人の子供を亡くしたので、子供は大切に育てなくてはならないと愛の母に変わったと言っていました。
年末には子供には楽しい餅つきですが、朝4時頃から12時まで母親と父親二人で60Kg、1回3kgの餅を20回以上ついており、父は10回位になると疲れてぶつぶつ言い母がそれをたしなめてついていました。子供の喜ぶ顔が見たいとはいえ父は大変だったと思います。
天使ランドでも毎年餅つきを行っていましたが、初めは手伝っていたお父さん達も後半になると何か用事を作っていなくなり、最後は数人だけで仕上げていました。
杵つきの餅はおいしいですが作るのは大変です。この作業を父と母二人で毎年やってくれた事を考えて、父母の愛に感謝します。
着る物など日常に必要な物を10人の子供達にと考えると、親としてどれだけ苦労して育てたたか、本当に感謝です。
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