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何も出来ない25歳の私が1人でベビー服を作るのは大変な苦労でした。
まず子供のズボンに目を付けました。当時はどんなズボンも無地で可愛さがありません。テレビで人気の鉄腕アトムや抱っこちゃんの絵をズボンや上着の胸に付けることを思いつき、東レ、日レ、カネボウなどから布地を買いましたが、商社や卸問屋通さず直接安く買おうにも個人の小さな所に大会社が売る事はありません。この点が大苦労でした。
しかし私は自分がしたいと思った事はどんなに大問題があっても、仕上がるまでやり通します。5歳上の兄が赤ちゃん本舗に勤務していたので色々と相談しながら3ヶ月で実行できるようになりました。
縫製工場が必要になり大阪市内を回りましたが、私の規模が小さいので引き受けてくれる工場がなかなか見つかりませんでしたが、前に見習いに行っていた工場が少しずつ引き受けてくれ、だんだんと生産量も多くなりました。一日に500〜1,000近い生産が可能になったので、6歳上の姉が住んでいた滋賀県安土町に縫製工場を作り、数十台のミシンと外注も入れれば一日3,000位の縫製も可能になりましたが、近所から苦情がくるようになり、都島に土地を買ってビル建設にも目を向けるようになりました。
大阪に出て1年半でこれほど早く大きくなれるとは親も友人達もびっくりです。本人の魂がやる気を持つ事が大切です。
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