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細雪が執筆されたのは昭和初期の日華事変、太平洋戦争へと続く時期である。 中央公論に2,3回連載され、軍部の検閲で中止勧告を受けた。 それでも書き続け、上巻を書き終って、私家版として 刊行しようと考えたがそれも紙の無駄等と差し止められた経緯があった。 ようやく日の目を見たのは戦後のことである。 著者の並々ならぬ意欲が伝わって来ます。 そんな背景があるとも知らず、 今まで映画や演劇で取り上げられたにもかかわらず、 何となく軟弱な小説というイメージで見向きもしなかった代物である。 きっかけはドナルド・キーンさんの「日本文学の歴史」である。 現代の源氏物語に匹敵する著作として紹介されていました。 またこの執筆が源氏物語の現代語訳を著わした後に、 取り組まれた事を知りました。 その源氏物語を意識した「細雪」は源氏が都から遠ざけられた 明石の巻に通じるものがあるようです。 話は、上方船場の没落しかけた上流家庭の美しい四人の姉妹の物語である。 上の姉鶴子(つるこ)の婿は、船場の大店を継ぐことなく、 銀行勤めのサラリーマンとして、子沢山の家庭を抱え 上本町の本家に住んでいたが、東京へ栄転し、渋谷に借り住まいとなる。 本家の屋敷は昔からの使用人に維持管理させての東京転勤となる。 次姉幸子(さちこ)は夫の経理士と一人娘と芦屋に住んでいる。 主人公の雪子、その末妹(こいさん)妙子は本来、 本家で面倒をみるのが筋であるが、何となく折り合いが悪く、 東京に移っても家が手狭の事もあり、二番目の姉の家ばかりに居候のように 芦屋で暮らす事が多い。 母親が30代で結核で亡くなり、隆盛を極めた父親も50代の短命で、 両親の恩恵を受ける事のなかった妙子のこいさんは 自主独立、自由恋愛と言ったはみ出しの生活が、 この一族のトラブルメーカーとして存在する。 しかし雪子の結婚がまとまらないうちは、先に嫁ぐことはできない。 この物語は5回にわたる雪子の見合いを中心に描かれ、 その時代の慣習、家柄等の縛りの中で 家族のあり方や対外的付き合い方、舞いや歌詠みの教養を身につけるための、手習い事や歌舞伎や踊り等の観劇娯楽等がこと細かく描写されている。 まさに軍国一色の時代風潮から疎んじられる世界である。 船場言葉の会話描写が多く、その場の雰囲気を上手く捉えさせてくれる。 また私自身が関西での生活が40年を越す今 大阪の上本町、船場、島之内、道修町等、 神戸の芦屋、夙川、本山、甲南、住吉等、 京都の嵐山、祇園、八坂神社、丸山公園、平安神宮、三室等 馴染みの地名や老舗料亭、ホテル等の登場に興味が湧き出ます。 その他には実際にあった神戸の六甲における大水害が、状況描写と共に 隣家のドイツ人家族との深いつながりをもたらした。 商売も今まで通りのように成り立たず、その家族が日本を離れる。 帰国後も日独の関係を背景に交流が続く様子も描かれている。 ロシア革命から逃れてきた、白系ロシア人の家族との交流等も 神戸の街の当時の様子と共に織り込まれています。 30代の落ちこぼれの雪子は周囲から見合い話を持ち込まれても、 決して自らの気持ちを表に出さず、 常に受動的立場を貫き、時に相手の感情を傷つける。 見合いが失敗に終わっても、落ち込むことはない。 といった具合だが、姉妹同志が仲たがいする事はない。 5回目の雪子の見合いが40代の初婚、子爵の息子と成就しそうになった所で 物語は終わっています。 しかも東京行きの列車の中で下痢に悩まされながら、雪子が行くところは、 これから先に訪れる不安な世情を予感させます。 この物語は著者自身の奥さん(松子)は次姉幸子のモデルであり、 その一族森田家が蒔岡家のモデルとなっているようですが、 素晴らしい作品に織りあげられています。 谷崎潤一郎のこの長編小説は、日本人の細やかな情緒を表す、 貴重な作品だと思います。 日本の行く末を予感して、没落、滅びの哀しさを重ね合わせて
取り組まれたようにも感じますが、著者自身に訊ねてみたい気分です。 |

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