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長崎市旧町名
森敦氏は「月山」で第70回芥川賞の作家である。
最年長記録の芥川賞受賞作家でもある。
この作家の自伝小説
わが人生の旅 上 「天の遊び」を借りてきた。
閲覧室でページをめくっていたら
森氏が長崎市銀屋町生まれであることを
母親から聞いていたらしいということが書いてある。
戸籍上は熊本であるが生まれは確かに長崎の
銀屋町で造花店を営んでいたらしい。
本人の記憶では5歳ぐらいまでいたとのこと
私は長崎を離れ、46年になる。
さて銀屋町はどの辺だったか調べてみる。
小学校時代住んでいた榎津(えのきづ)町は
古川町に統合されて今はなくなっている。
かよっていた磨屋(とぎや)小学校は同じ場所にあるが
学校名は諏訪小学校となっている。
町名の統合で磨屋町が諏訪町となった為である。
問題の銀屋町は私の通学路の途中にある。
付近には中島川があり、有名な眼鏡橋は
子供の頃えびや魚を取って遊んでいたところです。
地元の強い要望で古川町から
元の銀屋町へなったことを知る。
同時に東古川町も鍛冶屋町、古川町の両町域から
復活している。
崇福寺という黄檗宗の有名な観光寺がある。
その付近は八坂町だったはず
今は鍛冶屋町に統合されている。
浦島太郎の心境である。
森氏はその後朝鮮にわたり、
この本でも長崎や朝鮮時代そして
母親に関する話がでてきて興味が尽きない。
森氏は明治45年生まれ、私の父が明治41年生まれで
ほぼ同世代になる。
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