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故郷
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博多から長崎へ向かう 特急かもめ号の車窓から見た雲仙の新山です。 高さが1483mは長崎県下1番です。 大噴火から10数年経過し、 やっと復興の兆しが見え始めている。 諫早干拓の防潮堤は有明海の海苔養殖や、 むつごろうなど魚介類の繁殖にも 悪い影響を及ぼしている。 かって「まぼろしの邪馬台国」宮崎康平著 では「火の国」を干潟の「肥の国」との 仮説を立て邪馬台国は九州説を展開された。 ”月の引力が見える町”のキャッチフレーズ は有明海が何キロにもわたる潮の干潮 があることを言い表しています。 その干潟は海のさまざまな産物を もたらしてくれる。 戦争中、長崎から有明海の小さな村へ 疎開してきた子供の頃の 想い出が今も強く残っています。
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2月18日雲仙行きの出発が 午後2時ということでその間街をぶらつきながら 出島まで来た。 前回は一人だけで見学したが、カミさんにも見せたくて、 中に入る。 前回より施設も少し充実し、有料になっていた。 川の左岸のカーブは扇形の出島の名残りです。 この川が中島川(中ノ島ブルースの)です。 上流には日本最古のアーチ型石橋、 眼鏡橋があります。 ランタンまつりでここも電飾の飾りが 川面を照らして観光客が溢れていました。 この眼鏡橋の下の川が子供の頃の遊び場で 満ち潮で川が逆流してあわてたことが 思い出される。 川端には柳があり、夏は蛍が乱舞していた。 今は柳も少なくなり蛍も見られない。
雲仙で温泉を堪能し、 今朝、義兄が予約してくれていた無料観光バスで 雲仙の仁田峠まで行く。 雲仙普賢岳の大爆発のあとの溶岩ドームには 緑の植物も見られるようになっている。 招待してくれた義兄夫婦は83歳、78歳の 高齢にも拘らず我々夫婦を心より歓待してくれた。 不幸ごとでの帰省が多かったので、久しぶりの おめでたい結婚式は すばらしい余禄をもたらしてくれた。 いつまでもお元気でと念じながら、 大阪へ帰って来た。
岬町に住んでいると、 先祖の墓参がままならない。 たまに法事や親戚の結婚式などで 帰郷するたびに墓参は欠かせない。 2月16日は佐賀で途中下車して 私の先祖の墓参り、 今日は雲仙行きのあいまに 妻方の先祖の墓参りに行く予定である。 あわただしい墓参であるが これで少しほっとできるのである。
義兄の長女の結婚式が宿泊ホテル にて本日めでたくとり行われた。 義兄とは近所の遊び仲間の先輩である。 久しぶりの顔合わせで昔の思い出がわいてくる。 また義姉夫婦から明日、雲仙の温泉一泊の招待を受け、 今日はホテルへもう一泊することになった。 せっかくの申し出をありがたく受けることに・・・ とりあえずホテルのパソコンを利用して、 状況報告まで・・・ いずれランタン祭りの画像などは大阪へ帰ってから UPしたいと思います。
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