|
10月18日は結婚記念日だが、とりたてて
何かをやったわけではありません。
40年の節目にもかかわらず・・・
お互い今日まで無事やってこれたことを
今更ながら振り返り、感慨深いです。
記念日に妙に思い浮かぶのは
古文で学んだ「伊勢物語」の23段筒井筒です。
伊勢物語
筒井筒 (第二十三段)
------------------------------------------------------------
昔、田舎わたらひしける人の子ども、井のもとにいでて遊びけるを、
おとなになりにければ、男も女も恥ぢかはしてありけれど、
男は「この女をこそ得め。」と思ふ。女は「この男を。」と思ひつつ、
親のあはすれども聞かでなむありける。
さて、この隣の男のもとより、かくなむ、
筒井筒井筒にかけし まろがたけ過ぎにけらしな妹見ざるまに
女、返し、
くらべこし振り分け髪も肩すぎぬ君ならずしてたれかあぐべき
などと言ひ言ひて、つひに本意のごとくあひにけり。
さて、年ごろ 経るほどに、女、親なく、頼りなくなるままに、
「もろともにいふかひなくてあらむやは。」
とて、河内の国、高安の郡に、行き通ふ所いできにけり。
さりけれど、このもとの女、「あし。」と思へる気色もなくて、
いだしやりければ、男、「こと心ありてかかる に やあらむ。」
と思ひ疑ひて、前栽の中に隠れゐて、河内へいぬる顔にて見れば、
この女、いとよう化粧じて、うちながめて、
風吹けば沖つ白波 たつた山夜半にや君がひとり越ゆらむ
とよみけるを聞きて、限りなくかなしと思ひて、河内へもいかずなりにけり。
まれまれかの高安に来て見れば、初めこそ 心にくくもつくりけれ、
今はうちとけて、手づから飯匙とりて、笥子のうつはものに盛りけるを見て、
心憂がりて、行かずなりにけり。さりければ、かの女、大和の方を見やりて、
君があたり見つつを居らむ生駒山雲な隠しそ雨は降るとも
と言ひて見いだすに、からうじて大和人、「来む。」と言へり。
喜びて待つに、たびたび過ぎぬれば、
君来むといひし夜ごとに過ぎぬれば頼まぬものの恋ひつつぞ経る
と言ひけれど、男住まずなりにけり。
|