リチャード専務です

気が向いたときにお気楽ご気楽に更新します^-^ゝ

全体表示

[ リスト ]

皆様いつも弊社ホームページをご覧頂きまして本当にありがとうございます。
地震より1ヶ月が経ち、弊社も完全復活までもう少しとなりました。
これも、本当に皆様からのご支援のおかげでございます。

毎日毎日昼夜を問わない余震の日々・・・落ち込んでも仕方ありませんが、昨日テレビで、まだまだ余震(最大6くらい)の備えをというニュースを見てまたがっくりした朝でした。スタッフの中にも不安はあります。
そこで、今日はみんなで集まり、時間をしっかりとって危機管理の重大さ、お客様の誘導、危険箇所の共有をしました。

あ、地震です。少し長いです。ヘルメット!OK!
ですが、だいたい震度いくつかわかるようになりました。

この情報の共有こそが今の弊社にはとても大切な気がしています。
女性の間では○○スーパーには▲▲が復活してたよ!などの話も出たりします。これも大切な情報共有です。
備蓄については本当に大事ということも日々痛感しております。

1ヶ月経って・・・
あの地震を振り返ってみると、私達の普段の生活で地震への備えが無かったことに対しての反省があります。毎回書いてまたか…と思われるかもしれませんが、ライフラインが復旧するまでは、ほぼ自分達でなんでもしないといけない。という覚悟が必要です。これから暑くなります。食品の保存も今よりもっと慎重にならないといけません。常備薬もすぐは手にはいらないかもしれません。これを読んでいただいて不安が出た皆様には申し訳ございませんが、1ヶ月たった今、私達からお伝えできるのはやはり備蓄の大切さです。玄関近くや、すぐに取り出せるところへの備蓄をお勧めします。

イメージ 4 イメージ 5
写真左が1回目の地震4/14です。会社から道路側に向かって置いている時計がこの時間で止まっていました。
写真右が包丁が入っているショーケースですが・・・よくガラスが割れなかったなとビックリしまし
イメージ 1
今になって思えば、私はなぜ?机を持ちだしたのでしょうか???ガラスまみれの毛布や服はこの時は持ち出せずに、なぜか机と折りたたみ座椅子だけ余震の中何度も取りに行った記憶だけが残ります。この日はダンボールの上で寝ましたが、目をつぶるだけで寝てはいられませんでした。車に寝ればよかったね。と気がついたのは、ずっと、ずっと、ず-----------------------っと後でした。動揺していたんでしょうね・・・
イメージ 2
地震から数日、店内は余震の度にガラス・陶器が降ってきて何もできませんし、自宅はガラスが至る所に散乱し、靴のまましか入れず、リチャード専務もテントに避難していました。相棒も怖さを忘れたい為か、自分なりに気晴らしを見つけて必死に耐えていました。ただ、この二人息がピッタリです。余震の度に相棒がリチャード専務の上に覆いかぶさり揺れがおさまるとテントの隙間から顔を出して守り切ったぜポーズをしてくれます。店内片付けの時も、重い荷物を運んでくれたり、お客様がケガをしたらいけないのでといって、棚の下の方まで掃き掃除でガラスを最後の最後まで必死に取り除いたり、きちんと掃除をしてくれました。頼りになる6年生になりました。
イメージ 3
夜は車で一緒に寝ました。車の中だと安心してリチャード専務も眠りがふか〜〜〜くなりました。
15歳ながら日々本当に頑張っています。


この記事に


.


みんなの更新記事