昔話

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それって解決策?

学校でいじめにあい先生に訴えると最初はだいたい「ふんふん」と聞いてくれるが、そのうちサラリーマ

ン先生は自分の力のなさをつぎのようなこういった言葉で正当化しようとする。



「貴方にも悪いところがあるでしょう?」



もちろん全くないはずはないと思う、でもね、今「いじめにあって困っている、最悪、学校に行けなくな

っている子」にこんなことを言ってなんの解決策になる?

そんなことは後回しでいい、急を要することからしていかなければ駄目なんじゃないの?



つまりまずは「気持ちよく学校に行けるようにすること」



先生はいじめをしている子らを押さえることに奔走してほしい、

「自分も悪いところがあったんだ」なんて反省できるようになるのはスムーズに学校にいけるようになっ

た時にゆっくりわが身を振り返ることが出来るかもしれない・・・



これはどんな喧嘩、もめごとであっても一緒で

「あんたも悪いんでしょう!」


と言う言葉を発した時点で解決にはほど遠くなる。逃げ口上としか思えない。

まずは自分に向けられた矛先をきちんと受け止めることによって、相手は人の話に耳を傾けようと思うの

では。

昔話続きです。

家の前には川が流れていました、母は毎日そこで洗濯をしていました。(最後は井戸水ですすぐ)



一番下の妹は1,2歳だったと思いますが、いつも母について川に行っていました。

ある時、横で遊んでいると思っていた妹がいません、ふと川の水の中を見ると妹が沈んでいるではありま

せんか、「あーっ、えらいこっちゃ!」\O/と慌てて、ざんぶ!と水から引き上げ事なきを得ました。

母が気がつくのがもう少し遅ければ水死していたところだと後から聞いてびっくりでした。




私はこの川に沿って歩いて行きたい衝動に何度も駆られました、どんどん歩いていけばどこに行くのだろ

う、どこに続いているか気になるので「行ってみよう」と思い立ち歩いて行くのですがある程度まで行く

とやはり不安になり戻ります、何回も繰り返しましたが怖がりのロコはちょっと行っては戻ってきました。
 


川で溺れた妹が大人になって昔を懐かしんで何十年後かにこの地を訪ねた時、川は埋め立てられ跡形もな

くなっていました。

子供の頃遊んだ川がなくなり、家がたくさん建っていた、なぜか寂しかったと妹は言っていました。



全国的に昔あった小さい川はなくなっていることが多いのですね、たとえ小さな川でもあれば川風が吹い

て夏は涼しく気温も下がるのに、残念です。

それだけ人間が増えて土地が足らなくなったので、川を埋め立てなければいけなくなったのでしょうか。

仕方のないことですが、かの地は今はもう昔の面影はまったくないそうです。



でも楽しかった記憶は私の頭の中にあります。

昔話続きです。

昔から漫画が大好きなロコでした。時間があれば縁の隅に積み上げてある漫画を繰り返し繰り返し暗くな

るまで読んでいて、母に「そんな暗いところで本を読んでいると目が悪くなる」と言われつつも毎日毎日

飽きることなく読んでいました。


お陰で近眼になりました(笑)


(あっ!思い出しました、ある時白蛇がにょろにょろと縁の下に入っていってびっくりしました。白蛇っ

て白ではなくやや黄みがかっています。昔から白蛇は神の使いとか言いませんでしたっけ?)




小2の頃には視力は0.4か0.5くらいになっていたのではないでしょうか、子供心に「学校で黒板の字が見

えない、どうしてなんだろう?」とわからないまま時間が過ぎていきました、小2ぐらいでは視力が下が

ってきている自覚がなかなかなくて「天気が悪いから見えにくい」なんて思っていた記憶があります。



私の家の隣が大きな素麺工場でした、近所の主婦が今で言うパートにやってきて素麺を1束分ずつ秤で計

りながら細長く切った紙を黙黙と手作業で巻いていました。むしろを敷いた上に座布団を敷きちょこねん

と座って作業していた光景を今もはっきりと憶えています。




素麺は塩と水と小麦粉と油少々を混ぜた小麦粉だんごを糸のように細く延ばし乾かします。

テレビでよく見かける素麺のカーテンが幾つもゆらゆらと揺らめいていました。

端の部分の残った小麦粉だんごは丸めてかんてきの上で焼いてパートに来ているおばちゃんたちは食べます。

塩味だけで美味しいにはほど遠いのですが、子供はなんでも欲しくなります。もらって食べてみると当然

のことながらあんまり美味しくない、今じゃ絶対こんなものは食べないと思うけど昔は質素だったのです。

虫おさえですね。でも最後の最後まで残さないですべて食べる、とても大事なことだと思います。



この素麺所のお嬢様が名前を「きくこ」と言いました、漢字は覚えていませんが「きっこちゃん」と呼ん

でいました。そのきっこちゃんはいつもあげパンを3つくらい入れた袋を持って外に出てくる、そしてみ

んなに配ってくれる、今の時代と違って十分におやつをもらえる子供はほんの一握りだったので、人に配

れるおやつを持っている子供はそんなにたくさんいません、ロコもいつもおこぼれに預かっていました。

今じゃ考えられないことでしょう、でも事実なんです。食い意地の張っているロコがばれてしまいました(笑)。

こんなこと白状するのは恥ずかしいけど昔のことを知ってもらいたくて敢えて書きました。



今の日本はパンの一つや二つ買えない人はほとんどいません、そこまで貧乏な人はいないのです。

だから食べ物に対しての有り難味がわかりません、感謝の気持ちが薄いです。

ファミレスでレストランで平気で残し、コンビニでスーパーではまだまだ食べれるものを捨てます。



何日か前の新聞で自分の食べ残しを持ち帰れるよう店側から持ち帰りパックを出してくれるサービスを始

めたレストランが出てきました、やっと日本にも食べ物を捨てないで大事にする風潮が生まれてきたのか

と嬉しいです。

五右衛門風呂

昔話続きです。


お風呂は薪で沸かしました、母がリヤカーを引いて薪を買いに行ってたような気がします。

お風呂は五右衛門風呂です、ご存知かと思いますが湯船に円形の板が浮かべてありそれを入る時に底まで

足で沈めて安定させ、その板に乗ったまま入ります。

平均よく沈めないとまた浮かんできます。子供ですから最初は上手く出来なかったのですがそのうち一回

で出来るようになりました。板を押さえて入るのですから湯船の中であまり動けません、また動くと風呂

釜に体が当たり「熱!」ということになります。今の風呂釜はプラスチック、昔は鋳物だったと思います。

みんなお行儀よくじっとしていました(笑)。



お風呂の水はもちろん井戸水、今のように水道の栓をひねれば水がじゃーと出るなんてことはありません。

お風呂を沸かす日は水を井戸で汲んでは風呂場まで運んでいく、子供も手伝わされました。

入っていてお湯が冷めてくると誰かが薪をくべないといけない、お湯が減ってくると井戸を汲んで継ぎ足

す、今思えばなんと手間なことでしょう、みんなが協力しないとお風呂にも入れないのです。

日々の生活で家族がひとつになる、お互いを必要とする、子供も働き手のひとり、父も母も子供も年寄り

も出番があるというよりなくてはならぬもの、


今の時代、どうでしょう、ほとんどのことが電化されて人々は余った時間を持て余す、することがない、

退屈だなんて言葉も飛び出す、昔の「生活のために時間に追われ自分の時間がなかなか持てない」時代に

戻りたいとは言わないが、今が決してよいとは言えない。


なぜなら便利さが人々の優しさを奪ってしまったから・・・

小学校低学年の頃、兵庫県の奥に住んでいたことは以前に記事で書きました。

冬場は雪が深く長靴を履いて学校に通いました、あまりの冷たさに靴の中で指がちぎれているんじゃない

かと思うほど寒さが厳しかったです。学校についてから恐る恐る靴を脱いで足の指を見てみるとくっつい

ているのを見て安心したものです(笑)。



私が2年生の頃に給食が始まりました。月〜金曜日までは給食、土曜日はなし、今の学校と同じです。

では土曜日は何を食べるのかというといつもメニューは決まっていて食パン、近所でもらったキャベツ

(いつも土間にごろごろとあった)と魚肉ソーセージの炒め物、紅茶でした。



食パンを焼くのにもちろんトースターなどはありません。お風呂を沸かしたり、かまどで御飯を炊いたり

した時に使う薪(まき)の残り火を陶器で出来た壷に入れてふたをしておくと簡単な炭のようなものが出

来ます。それを「けしずみ」と言います。たぶん漢字では「消し炭」と書くと思います。これを使って

「かんてき」(七輪)で火を起こしパンを焼きます。火力が本当の炭ほど強くなくふんわりと焼けます。

毎土曜日このパンを焼くのが私の仕事でねんいりに端から端まで焼き目をつけてお皿にうずたかく積む、

妹二人がその一連の動作を固唾を呑んで見守っている、全部のパンが焼き上がるまで誰も手を出せません。



パンに塗るのはバターなどの上等なものではなく母が買ってきた量り売りのマーガリンです。すべて出来

上がって「いただきます」をする時の嬉しさ、どんな贅沢なご馳走より美味しかったような気がします。



今の時代のように食パンもいろいろな種類はなく一種類しかありませんでした。

昔はそれしかなかったから美味しく感じたのかもしれませんが、パン好きの私にはそれ以後食べた食パン

と比べてかなり上ランクの部類に入る食パンではなかったかと思います。昔ですから大手のパン屋さんは

ありません、個人商店の小さなパン屋さん、菓子パンと言ってもあんぱん、ジャムぱん、クリームぱんが

ちょこっとあったくらいで、ほとんどは食パンでした。



今の時代、あふれるようにものがあります、たくさんの中から選べます。昔は選べません、それひとつし

かありませんが得た喜びは無上の喜びです。



物があふれる今の時代より一つしかなかった昔が懐かしいです。


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