昔話

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最近どうも子供のグチばかりなので何か他の話はないかと考え20歳代に北海道へ行った時

の思い出話を書こうと思います。



22,3歳の頃、11月に友達と二人で10日間ほど道南巡りをしました、大阪から鈍行に乗

って青函連絡船(最後の青函連絡船でした)に乗り一日半かけて憧れの北海道にー!☆

どこに行ったか、すべては憶えていないのですが憶えている範囲で、まず昭和新山にロー

プーウェイで登りお昼にうどんを食べたのですが大阪の透明だしに慣れているためしょう

油色に染まったうどんに閉口しました、特に味が辛かったという訳でもないのですが大阪

人には無理でした。



次に弟子屈(てしかが)に行きました、硫黄の粉だったと思いますが全域に真っ白の粉雪

が積もっていている感じでまるで雪山に立っているような錯覚を憶えました。





層雲峡ではバスに乗って紅葉狩りをしました(バスの天井付近がガラスになっていてそこ

からも仰向けば紅葉が見えるようになっていました、今もそうなのかな?)



支笏湖は不気味な感じでした、阿寒湖のまりもを見て摩周湖に行きました、神秘的でした。

私たちが到着した時はちょうど晴れていてすべてはっきり見え、幸運でしたね。

湖のまわりの木々が全山紅葉していて素晴らしい景色で今も目に焼きついています。



網走にも行きました、オホーツク海の荒々しい波に圧倒され、しばしたたずんでいました、

知床五湖からオンネトーに行きました、オンネトーの素晴らしさはもう口では表現できな

いです、別世界です、湖に倒れた木が腐らないで透明な水に沈んでいるのです、そこだけ

時間が止まっているようでした、是非是非足を運んでください!



もちろん、札幌も行きました、かの有名な北大のポプラ並木、もっと続くのかと思いき

や、あっという間に通り抜けてしまいました。(^-^)



また函館の夜景は素晴らしかったなあ〜キラキラ☆




私が北海道に行った頃は学生が泊まるところと言えばユースホステルが全盛期でシーツで

作った寝袋を持たないと泊まらせてくれませんでした。夕食後はみんなで集まってミーテ

ィングがありました、人前で喋るのが苦手な私には困りものでした、

今なら大阪のおばちゃんでたくさん喋れるのにね(^-^)残念!

節約のためユースを出発する時にはお昼のお弁当を作ってもらうのですが、おかずは決ま

ってしゃけとたらこでした、安いから文句は言えないんだけど・・・



そうそうユースには外国の方もよく泊まりますね、一度拙い英語で外国人に怖いもの知ら

ずで話しかけたことがありました、歳を聞かれたので22歳と答えると15,6歳にしか見え

ないと言われましたね、ショック!昔から私は実際の歳より若く見られることが多かった

のですが外国の人からは余計にそうみられるでしょう。



春か冬にもう一度訪れたいです、でも変わったでしょうね、うん十年前とは・・・

また昔話。。。

遊び仲間のひでちゃんはロコさんちの大家さんの息子です、ロコさんちはひでちゃんの家

の離れを借りていました。広い中庭を囲んで母屋(2階建て、1階はひでちゃんち、2階

はまた別の人に貸していました)、台所、離れとあり昔ながらの農家の家はこうなってい

たのかな?解りませんが・・・

ロコが一番年長、つぎにひでちゃん、後は省略・・・合計5人

広い庭で5人でよく相撲を取りました、男であるひでちゃんはいつもにロコに負けて悔しがっ

て、何度も挑戦するのですが勝てません(1歳差)、泣いていました、今思えば可哀相ですね。



また秋ともなれば刈り取られた稲穂が脱穀され、藁が田んぼに幾つもの小山を作ります、

その上をジャンプして飛び乗って遊ぶのです、本当は積んだ藁が崩れてくるので乗っては

いけないのですが、こんな楽しい遊びを子供がやらない訳ありません、大人の目を盗んでは

ジャーンプ!してました。

おかげで家に帰ってくると藁が服の中に入りチクチクして痛いのです、これには参りました(>.<)



また御飯はおかまで炊きます、炊き上がった御飯をおひつに移した後、底に残った焦げで

母がおにぎりを作ってくれます、これがまためちゃめちゃおいしいのです、

夕食前のほんの一口だからよけいに美味しいのかもしれません。

かまど御飯のおこげのおにぎりの美味しさを知ってる人、いますか?絶品ですよ、

吉兆?もキハチも灘万も横に吹っ飛びます(笑)



またロコさんちは新しいもの好きな父がテレビというものが出始めた時にいち早く買いましたね、

隣近所でテレビのある家は皆無でした、確か電波が届いたのがNHKと後もう1チャンネル

かそこらで、その頃放送されていたのが「ちろりん村とくるみの木」でした。

放送時間になると三々五々我が家に近所の子供たちが「テレビ見せてー」と集まってきます。

初めて見るテレビに「すごい!」「わぁ〜」とかみんな口々に叫びながら画面に見入っていました。





もう今は亡き父ですが「テレビを買ってくれてありがとう」!

トイレが怖い!

また昔話・・・

ひでちゃんとその妹とロコとその妹二人の3姉妹の5人は毎日学校から帰ると遊んでいました。

家から子供の足で両側田んぼの一本道を15,20分も歩いたでしょうか?兵庫県の中央を

走っている播但線にぶつかります、母から「危ないから行ってはだめよ!」と言われて

いるのですが煙をはいて走る列車を見たくて行ってしまうのです。

列車がやってくるとみんなで手を振ります、すると運転手さんだったかな、手を振り返して

くれるのです、何のことはないのですが子供にとってはそれが嬉しいのです。

今のように線路は柵で囲まれていなくて、真近かに列車を見ることが出来ます。

遠くに見えなくなるくらいまで見送ります。




それからそのあたりで食べられるものはないかと散策です、春は線路脇でつくしを取り、

野苺は川の土手に、ゆすら、ぐみ、木(黄?)苺は各家が庭に植えていて、もらって食べました。

何の木か知らないけど、神社の大木から丸い黒い実が熟して落ちます、口に入れると

あっさりしたアンコのような食感・・・不思議な味でした。

つくし以外はいつの季節だかはっきりしません。

どれも特に美味しい訳でもないのですが、ひでちゃんらと一緒にもぐもぐやってました。(^-^)



母は家のそばの畑を借りて数種類の野菜を近所の人に教えてもらいながら作っていました、

また家の前の柿の木の下に小さな花壇を作っていて、ある時球根を掘り出そうとしていたら

大きな「がまがえる」が飛んで出て、びっくりしたのを憶えています。

木登りはみんな得意でいつも登っていました、柿の木、どんぐりの木、ついでに塀まで、



しかしひとつだけ嫌なことがありました、

それは「トイレ」です、昔の家はトイレは家の外にあるのです、夜、寝る前には3姉妹が

連なって、真っ暗の中ひとりがろうそくを手に持ち交代で用を足します、「ろうそく」って

影が大きく写るでしょう、それが怖くて怖くて・・・全員が済めば我先にと家に帰ります、

この時は姉も妹もありません、一刻も早く帰りたくて、ひどい姉です(笑)。

玄関も鍵はありません、棒を斜めにしてつっかえ棒です。



平和だったんですね。。。。。。。

4月28日付け記事のまたまた続編です。

場所はご存知兵庫県神崎郡、

家の前には大きな(?)川が流れていました、多分それほど大きな川ではなかったのでしょうが、

小学1,2年生の私には大きく見えたのです。

母はそこで毎日洗濯をしていました、すると川上から大きな桃が・・・

なんでやねん!てなわけありません(^-^)、

都会に住んでいれば考えられないことですね、川で洗濯なんて。

夏ともなれば水かさが減るので近所の子と入って遊んでました、向かいの男の子(名前を

ひでちゃんとしましょう)が岩の隙間などに手を入れてざりがにを上手に取るのですが、

私は手を突っ込む勇気がありませんでした。だって何がいるかわからないもん・・・



ひでちゃんのお母さんは近所の工場に働きに行っていたので、お昼御飯はお弁当です、

ひでちゃんと妹の弁当がコタツの中に入れてあります、温かいようにと・・・御飯のみ

おかずは「ふりかけだけ」!それ以外は一切なし、兄妹は毎日文句も言わず食べていました、

それもとても美味しそうに、今の時代では考えられないことでしょう、

私たち姉妹もひでちゃんの真似をしたくて母に御飯だけを入れた弁当箱をコタツに入れて

温めてもらい、同じふりかけを買ってもらって「ふりかけだけ弁当」を食べました。

とっても美味しかったです!

あの楽しさ、嬉しさ、美味しさはどんなご馳走でも勝てません、子供って真似をしたいのです。



お腹が満腹になれば次は遊び、家の裏の素麺工場にブタが10頭くらい飼われていました、

そこら辺の雑草をちぎって持っていくととても美味しそうにもぐもぐ食べるのです、

何をやっても食べるのです、ブタは・・・ついなんでもかんでもやってしまいました、

ごめんなさいブタさん、後悔してます。

一日一回はブタさんを見に行ってました、あの頃大好きでしたね。作文にもブタさんの

ことを書いて先生に褒められたことを憶えています。




夏には川で蛍狩り、これは前にも書きましたが、川向こうの女の子が蛍狩りに夢中になって

夜で真っ暗で川に落ちたこともありました、3,4メートルの高低差があったと思うけど

唇の端を少し切ったくらいの軽症ですみましたが、子供だったからでしょう、

大人ならこんなことでは済まなかったと思います。




また田舎に住んでいるとよく野菜をもらいます、確かキャベツが多かったように思います。

だからおかずは毎日キャベツ、ざく切りにして油で炒め砂糖としょう油で味付けして

玉子でとじる、だから今はこのおかずが嫌いになりました。(+.+;)




まだまだ話は続くんだけど、こんな話面白いかな?と内心気にしています、

どうしよう・・・まあ、どっちにしても子供の頃の思い出として書き残そうかな。

適当に読むなりとばすなりしてください!

以前にも書きましたが子供の頃、兵庫県神崎郡というところに住んでいた時の話の続編です。

冬は毎年雪がどさっと降ります、とても寒いです、だから学校へ行くのが大変、長靴

履いて40分くらいかけて深い雪の中を妹や近所の子供と歩いて行きました、学校は少し

高台にあって登って行ったのをぼんやり憶えています、めちゃ寒かったけど行くのが

嫌だった記憶はないです。



また昔はよくいましたね、「あおばな」を垂らしている子ども、知りませんか?いたんですよ〜

私も「汚な〜」とか思って傍に寄らなかったこともあるけど、だからといっていじめもせず、

「汚いな」と気になりながらも仲間はずれにはせず一緒に遊んでいましたよ、

そういえばその子のお母さんから「うちの子、鼻を垂らして汚くてごめんね、でも仲良く

してやってね」と言われ、それで「この子は鼻を垂らす子なんだ、仕方ないんだ」と、

今思えば不思議なのですが納得しました。

昔の子供は自分で気づかないうちに教えられなくても人はそれぞれなのだと自然と理解

していたように思います。


今の時代じゃ格好のいじめの標的となります。


人に対して「汚い」「くさい」「きもい」「気持ち悪い」等、今の子供の常套句ですね、

学童の子供たちを見ていても「これ以外、日本語を知らんのかー」と言うほどよく使います、

でもこれらの言葉はものすごく人を傷つける言葉です、安易に使うと大変なことになります。

生きているんだから、いろんな臭いがして当たり前なのです、

全員が同じ臭いがした方がおかしいのです。

全員横並び国の日本ではにおいまで同じじゃないといけないと言う錯覚に陥っています、

化粧品会社、製薬会社の売らんがための思惑に乗せられないようにしましょう!



清潔にし過ぎるとかえって菌に弱くなるのです。(医学博士が言ってます))


日本人はきれいにし過ぎ!


赤ちゃんは赤ちゃんくさいし、子供は子供はくさいし、若者は若者くさい、大人は大人

くさい、おじさんはおじさんくさくて、おばさんはおばさんくさく、年寄りは年寄り

くさくていいのです、当たり前のことです。


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