城(復興天守閣)

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小田原城

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 鎌倉時代初期、幕府の重臣小早川遠平が館を築いたことに始まる。
 1416年「上杉禅秀の乱」の戦攻により、大森頼春が小田原城を与えられる。
 1495年藤頼の時、北条早雲に攻め取られる。
 その後、氏綱−氏康−氏政と続き、城の改築、拡張工事を行う。
 氏政の時、1561年上杉謙信、1569年武田信玄に攻められるが、何れも撃退。
 1590年「小田原城攻め」で秀吉の大包囲網で、籠城の末に開城。関八州は徳川家康の支配下となり、小田原城は大久保忠世が4万石で入る。
 忠世は、後北条時代の被官、農民を援け、寺社の旧領を安堵し、民政の安定化に努めた。
 後に5000石の加増を受け、1594年に没した。
 忠世の子忠隣が後を継ぎ、武蔵国羽生より移り、6万5000石で入る。
 忠隣は、1593年より秀忠付きの年寄で、江戸幕府創始者の一人として活躍したが、本多正信と対立し、
大久保長安の不正に連座したとされ、1614年改易となり、1628年配流地の近江で没した。
 この後、小田原城の石垣、外郭の一部が取り壊され、代官領となったが、1619年上総国大多喜から、5万石で阿部正次が入った。
 1623年正次転封により、再度、代官領となる。
 1632年春日局の実子稲葉正勝が8万5000石で入封し、正則−正通と続いた。
 1686年大久保忠朝10万3000石で入り、忠増と続くが、1703年関東大地震、1707年富士山噴火で降灰が1ヶ月以上続き、酒匂川の氾濫などで城地が壊滅状態となり、藩領東部を上地して、幕府に復興を預けた。 その後も大久保氏が忠方−忠興−忠由−忠顕−忠真−忠愨−忠礼と続き、忠良で廃藩となり、1870年廃城となる。
 現在は、1960年天守閣、1971年常盤木門、1997年銅門が復元されている。

小田原市城内6-1
拝観料:400円( 9:00 〜 17:00 )
休館日:12月第2水曜日、12月31日〜1月1日

大阪城

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 1583年、石山〔標高33m〕に豊臣秀吉が築いた城である。
 1570年から10年間、信長と対立した石山本願寺が在った場所である。
 1585年天守が完成し、秀吉は関白になる。
 1598年秀吉は伏見城で没し、息子秀頼と淀殿は大坂城へ移る。
 徳川幕府開府後、豊臣家は依然として最有力大名であり、唯一徳川家に従わない大名でもあった。
 徐々に豊臣家、徳川家の溝は深まり、1614年「大坂冬の陣」となる。
 豊臣方は真田幸村、大野治長、長宗我部盛親と加勢するものは少なく、二の丸、三の丸を壊し、堀を埋めることで和睦した。
 尚も抵抗する豊臣方は、1615年「大坂夏の陣」で砲撃を受け全滅。
 秀頼と淀殿は自害し、天守閣は焼滅した。
 この年、松平忠明が入ったが、1619年より城代が置かれ、1620年大阪城再建開始。
 1629年完了。
 現在の天守台はこの時のものである。
 1867年大政奉還の翌年、長州兵の攻撃を受け、城は全焼。
 1931年に天守閣が復興され、現在は千貫櫓、焔硝蔵などが重要文化財に指定されている。

大阪市中央区大阪城1番1号
拝観料:600円( 9:00 〜 17:00 )(入館は 16:30 まで)
休館日:年末年始(12月28日〜1月1日)

長浜城

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 1574〜1576年頃、羽柴秀吉が築いた城である。
 1573年信長の浅井長政攻めの戦功で浅井氏の旧領を与えられ、初め小谷城へ入ったが、山城の不便さから、琵琶湖東岸の今浜に新城を築いた。
 1582年「本能寺の変」の後、清洲会議で柴田勝豊〔柴田勝家の甥〕が入ったが、信長の後継者争いで勝家と対立していた秀吉が直ぐに落城させ、1583年「賤ヶ岳の戦い」へ発展する。
 戦後、山内一豊が2万石で入るが、1590年「小田原征伐」の後、遠江国掛川城へ5万石で移り、一時、廃城となり、石田三成領となる。
 1600年「関ヶ原の戦い」の後、幕領となっていたが、1606年4万石で内藤信成が入り、荒廃した城の整備が実施された。
 1612年信成が亡くなり、1615年「大坂の陣」の後、嫡子信正が摂津国高槻へ転封となり、長浜は廃藩となった。
 1983年に模擬天守と多聞櫓が復興されている。

長浜市公園町10-10
拝観料:400円( 9:00 〜 17:00 )(入館受付は 16:30 まで)
休館日:年末年始(12月27日〜1月2日)

岡崎城

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 菅生川と矢作川の合流地点にある龍頭山という丘陵を利用して造られている。
 元は、龍頭山の砦として三河国仁木氏の守護代であった西郷稠頼(つぎより、つぐより、又は、ちかより)、そして、その子頼嗣(よりつぐ)が北方に対する防御として築城したものである。
 当時は、龍燈山城(りゅうとうざんじょう)と呼んだ。
 それを、松平清康が西郷信貞(松平昌安)から奪い取り改修拡張整備したものが岡崎城である。
 また、徳川家康は、1542年12月26日、ここ岡崎城内で誕生した。
 家康は、6歳で織田信秀(信長の父)、8歳で今川義元の人質となり、少年期を他国で過ごしたが、1560年の桶狭間の合戦で、今川義元が戦死したことを契機に自立した。
 以来、岡崎城を拠点に天下統一という偉業への基礎を固めた。

岡崎市康生町561 岡崎公園内
拝観料:200円(9:00 〜 16:30)
休館日:12月29日〜1月1日

岐阜城

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 岐阜城は、斎藤道三・織田信長の居城であり、金華山山頂に位置している。
 岐阜県岐阜市の金華山(稲葉山)にある山城跡。
 1201年に、二階堂行政が稲葉山の上に砦を築いたのが始まり。
 織田信長が、斎藤龍興から奪取した稲葉山城の縄張りを破却して、新たに造営したものが岐阜城である。

岐阜市金華山天守閣18
拝観料:200円(9:30 〜 16:30)
(金華山ロープウェー 片道 600 円、往復 1050 円)
休館日:年中無休

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