駅名
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駅名はほんとむずかしいです。
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駅名はほんとむずかしいです。
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何回目かになりましたが今回は京阪電車編。
読めますか?この駅名ってことで続きです。 http://blog-imgs-96.fc2.com/1/9/6/19630606/1024px-Keihan_Electric_Railway_-_Series_6000_-_01.jpg 墨染 藤森 出町柳 木幡 黄檗 三室戸 http://blog-imgs-96.fc2.com/1/9/6/19630606/zzz3.jpg 墨染 すみぞめ。 美しい墨染桜(すみぞめざくら)が咲くことで 知られる墨染寺(ぼくせんじ)が「墨染(すみぞめ)」の 地名の由来。 藤森 ふじのもり。のがはいります。 京阪線の開通と同時に師団前駅として開業した駅。 駅名由来は大日本帝国陸軍第十六師団の駐屯地の側に あったことからで、駅周辺は列車の運行が陸軍の 訓練や演習に支障をきたさないようにと開通時から 3ヶ所の高架橋が造られた。1941年「駅名が 陸軍師団の所在地を示す」として現在の 駅名『藤森駅』と改められたそうです。 藤森自体は平安時代にはすでに そうよばれていたみたいです。 出町柳 でまちやなぎ。 元は出町と柳の二つの地名を合わせた 駅名である。出町は鴨川右岸(西側、上京区側)の 河原町今出川付近一帯を指す俗称、柳は鴨川左岸 (東側、左京区側)の当駅周辺の字だそうです。 木幡 こわた。 京阪の駅名は「こわた」だが、近隣にある JR西日本奈良線の木幡駅は「こはた」と それぞれ読み方が異なります。また、駅周辺の 一部地名には「こばた」と読むものもあるとか。 地名の由来は宇治の古い名は「許の国」と言い そしてその地域の端が木幡と言われるように なったのではないかということです。 黄檗 おうばく。 仏教の黄檗宗という宗派が由来。 黄檗駅のそばに黄檗宗の大本山 萬福寺があります。 黄檗宗はインゲン豆を伝えた隠元さんが 日本で広めた禅宗です。 三室戸 みむろど。 三室戸寺は三室戸のお堂『三室堂(みむろどう)』と 呼ばれ、親しまれていました。その俗称が口語で 使われるようになり三室戸という漢字があてられて 『みむろど』と読まれるようになったとか。 御室(おむろ)からきてるみたいです。 以上京阪電車の駅名読めますか? ってことで。http://static.fc2.com/image/v/222.gif ご訪問ありがとうございました。 |
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何回目かになりましたが今回は京阪電車編。
読めますか?この駅名ってことで続きです。 http://blog-imgs-96.fc2.com/1/9/6/19630606/1024px-Keihan8000-newcolor.jpg 郡津 交野市 私市 http://blog-imgs-96.fc2.com/1/9/6/19630606/zzzz2.jpg 郡津 こうづ。 これもけっこう読めないかも。 郡津の古い名前は「郡門村(こうどむら)」でしたが (郡津郡の郡衙の入口にできた村)、いつの間にか「こうづ」 と言うようになり、江戸時代に大坂町奉行の命により「こうづ」の 発音どおり、「郡津」と改めたんだとか。 交野市 かたのし。 これもなかなか、かたのしとは読めないと思います。 昔から「かたの」と呼ばれ和名抄に「加多乃」と詠まれていたとか。 その起源については、丘陵と平地が交迭(かたがた)に存するとか 淀川の流域の低地から見ると丘陵上の平地に見えるので「肩野」 或いは「片野」と呼ぱれる説などがあるそうです。 私市 きさいち。 これなんかどうやってそう読むの?みたいなね。 「日本書紀」敏達天皇のくだりに、「私部(きさべ)」を置いたとある。 部は天皇家の領有民を示し、この私部は后妃の部と思われる。 后妃すなわち「きさき」で、私部は「きさきべ」=「きさべ」と読まれた。 このあたりは私部市(きさべいち)と言われたが やがて「きさいち」になったんだとか。 前回やりましたが参考までに各読みを。 こうりえん、こうぜんじ、ひらかたこうえん ひらかたし、ごてんやま、まきの くずは、はしもと、やわたし よど、ちゅうしょじま、ふしみももやま 交野線の読みも。 みやのさか、ほしがおか、むらの、こうづ かたのし、かわちもり、きさいち。 枚方(ひらかた)樟葉(くずは)なんてしらないとなかなか 読めないでしょうし、八幡なんてはちまん、やはたではなく やわたと読みます。 以上京阪電車の駅名読めますか? ってことで。 続く。http://static.fc2.com/image/v/222.gif ご訪問ありがとうございました。 |



