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原発を巡る議論、増税を巡る議論、日本国内で起こる議論を見ていて思うのは、大きな金切り声を挙げているのは、受益者でもなければ、主たる被害者でもない。なのに主張だけはさも国民全体の意見を代表しているかの如くふるまう。
卑怯だ。 しかもそういう人たちは自分の思想信条に賛同する人、一種のイデオローグとして意見を代弁してくれる著名人を祭る。 自分たちは著名人の陰に隠れながらも金切り声を挙げ続ける。マスコミも金切り声を挙げ続ける人々を正義として取り上げて意見が絶対善かのように広める。 いづれも卑怯だ。 その点おかしなことかもしれないが、東電の場合は、確かに原発事故やその後のやり方はまずい部分もある。非難されて当然な点もあるが、先に述べた【卑怯な輩】と比べて 逃げ場がない。隠れることのできるものがない。 恥じて死ね、被災者に死んで詫びろ、すぐに原発を止めろ!と言われても、隠れることなく姿を見せる。 立場は違うし、必ずしも断言できないが、卑怯な輩と比べて事に当たって正面からぶつかる輩と比べてどちらがどうなのか。 か弱い一般市民だとか、言論の自由だとか国民の総意、などという言葉に隠れているうちは、その主張が正しかろうと私は絶対に支持しない。 大多数の中に埋もれていないで、卑怯な隠れ方をしないで正面に出てきたらどうだ? |
☆たぬき日記from携帯
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