たぬぽんブログ〜敷島の大和心を人問はば朝日に匂ふ山桜花〜

身はたとひ 武蔵の野辺に朽ちぬとも 留め置かまし大和魂

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さて、民主党内のオセロが繰り広げられている中、皆様いかがお過ごしでしょうか。

脱法日本

どぜう民主


今民主党内では地元からの意向、支持団体の意向、脱法日本側からの「連絡」そして執行部側からの「連絡」どちらにつけばいいのか迷っていることでしょう。ただし、参考までに教えておきましょう。戦いの前に、今回の場合「採決」の前に示されたものが何であろうとその約束が守られる保証は必ずしもないという例を示します。例によって好例は「関が原の戦い」にあります。

前々回は「中立を保ったもの」前回は「寝返ったもの」、今回は「事前に内応していたもの」です。

その大名は、「毛利輝元」です。


関が原の戦いにおける東軍の総大将は言わずともがな徳川家康です。じゃあ西軍の総大将は誰だったかご存知でしょうか。

そんなの決まってる!言わずともがな「石田三成」だ!

という人はある意味ブッブーです。実は西軍の総大将は、この毛利輝元だったんですね。関が原の合戦の時、彼はどこにいたかといえば、彼は関が原にはいませんでした。彼がいたのはなんと大坂城だったのです。彼は自身は大坂城にとどまって、西軍としては彼の養子であった毛利秀元、吉川広家、安国寺恵瓊が出陣しました。

彼自身は東軍の人間を追い出して大坂城西ノ丸にいたわけですが、ここで予想される恐るべき事態がありました。

「毛利輝元が大坂城の秀頼公を擁して関が原に進んできたら?」


東軍の壊滅です。いや潰走してしまうでしょう。というのもこの関が原の合戦自体が「豊臣家に仇なす○○を討つ!」という名目で始まっていますから、「秀頼公」が西軍の陣にやってくれば、東軍についている大名たちはなだれをうって西軍に味方するか、逃げてしまうのではないでしょうか。もしもそうなっていたら歴史はまったく違っていたのではないかな。

でもそこは私の先祖の主君、家康公。ちゃんと手を打っていました。

「もしも西ノ丸を出てくれたら、悪いようにはしないよん」


という内々の約束をしていたのでした。直接ではありませんでしたが、家康本人の口頭による内諾、福島正則、黒田長政、あるいは徳川家の本多正信・井伊直政を通して書面による内々の約束をしていました。

すごくないですか?仮にも輝元は西軍総大将ですよ。敵の大将に手紙を送って内応を取り付けてしまうのですから。

かくて輝元は約束に従って戦後にきちんと大坂城を退去するのでした。

戦場ではどうだったかと言えば、前の記事でも書きましたが、毛利秀元の率いていた軍は1万5000人。戦局を一変させるに十分なはずでしたが、秀元の軍の前には同じく内通して動かなかった吉川広家がいたため(これも毛利本家を救うための広家の策)にまったく戦闘には参加しなかったのです。

とある西軍の武将は、全然動かない毛利・吉川の軍に対して「動いておくれ」という使者を飛ばしますが、広家が動かないので秀元も動けない。むむむ。ということで

「今、飯食ってるからまたあとで」


と言ったといいます。適当にあしらったんですね。でもとりあえず西軍総大将として祭り上げられた毛利本家は東軍に内応して、しかも軍を動かさなかった功績によってお咎め無しでしたとさ。めでたしめでたし。

ではありません。

もしも本当にお咎め無しなら私の推測ですが、「幕末」はもっと違った形でやってきたかもしれません。思い出して見てください。戦前に「悪いようにはしないよん」と約束したのは「家康」ではなく彼に味方をした福島正則と黒田長政です。そして本多正信と井伊直政です。決して家康自身が「うん」と言った訳ではないのです。証拠もありません。

しかも。都合の悪いことに、戦後たくさんの不都合な事実が発見されます。

●輝元が西軍総大将になったのはイヤイヤじゃなかったこと

●輝元が九州に残った東軍勢力に攻撃を下令していたこと

●輝元自身が全国に送った「ウェルカムトゥー西軍」の手紙の数々

●輝元自身が署名した連判状、、、等等


これらの事実を「西軍に積極的に関与した明白な証拠」として家康は毛利家を取り潰すことを決定したのでした。しかも取り潰した後に今回の戦いで功績を挙げた吉川広家にその後の領地の一部を与えることにしたのです。

ちょ、ちょっと待ったぁ!

と驚愕した人物がいました。それは自分が道を塞いでまで毛利本家を戦闘に参加させまいと努力した吉川広家です。彼は喜ぶどころか話が違うじゃないかと詰め寄ります。

結果

本当に血の涙と血の汗を流しながら徳川家と交渉して何とか毛利家の立場を守る約束を引き出すことに成功しました。


これによって毛利家は救われましたが、120万石の領土は削られ、わずか37万石にまで減らされてしまいました。この処遇に驚き、そして失望した輝元は隠居して家督を秀就に譲ってしまいます。このような状態になってしまった毛利本家を、ですが必死に守ろうとした吉川家は立場的には毛利本家を守ろうとした忠臣であるはずですが、同時に憎き家康に味方をした曲者ということで毛利家の中で吉川家は極めて冷遇される事になります。

さて、どちらにつこうか迷っている民主党議員諸君。どっちの陣営からどんな餌やどんな約束を引き出したところであなたがマスコミや地元の支援者の前に何を話し、どんな言動をしていたかによって採決後にどうなるかわからないよ。都合の悪い事実が後から発見されないといいですねぇ。

そして

執行部や脱法日本、あなたとの約束を守ってくれますかねぇ。心配で心配でたまりません。何度も繰り返しますが、選択するのが無理なら、その重圧に耐え切れないのなら辞めてもらってもくるしうないぞ。
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