たぬぽんブログ〜敷島の大和心を人問はば朝日に匂ふ山桜花〜

身はたとひ 武蔵の野辺に朽ちぬとも 留め置かまし大和魂

全体表示

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全123ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 前のページ | 次のページ ]

ツイッターやってます!http://twitter.com/Tanuki_nippon

民主造反57人「極めて残念な結果」と首相

http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20120626-OYT1T01030.htm

さて、今日は衆議院で消費増税法案の採決がありました。予想通り脱法日本に共鳴する議員たちは党議拘束をものともせず組織が方向性を定めた事に対して反対票を投じました。この日以前にもマスコミたちは消費増税に反対する議員たちを持ち上げて彼らを国民の意見を代弁しているかのような報道に終始。自民党議員の中にも中川(女)が党の方針に反しましたね。


さて、今回の造反パフォーマンスをみていて思ったことがある。心情的にはわからないではないが、組織に属する人間としては最低の行為だ。選挙区の人間の政治的意思の負託を受けた人間であると同時に民主党と言う党の人間として。そんな意味で記事を書いてみる。

戦国時代に大名家がそれぞれ定めた軍法があった。軍法とは戦争の流儀であると同時に陣組み、作法まで結構事細かに記されている。戦争そのものの家ごとの戦争の方法やマナーのようなものもあるが、どの家のどの軍法にも存在する条目がある。

○組織の秩序を乱してはならない
○大将の命には服すべし

当たり前のことで、敵に接する前に自軍の秩序が保たれなければ戦線が維持されず、敵の攻撃に対して臨機応変の対応が取れないからである。また大将の命令に反したり、動かない人間がいた場合、大きな負担を受けるのはその他の人間たちである。

たとえ納得できない命令であっても

戦闘中において戦争全体の視野を持たなければならないのは大将であって、個々の部下が判断すべきことではない。全体の作戦に従って目の前に敵に集中しなければならない。命に従うべき人間がそれぞれの意思で動いてしまっては勝利は不可能になるからだ。

勝っても負けても抗命は万死に値する。なのでどの国の軍隊においても「敵前逃亡」と同様に「抗命」は極刑と定めているのである。


ツイッターやってます!http://twitter.com/Tanuki_nippon

さて、民主党内のオセロが繰り広げられている中、皆様いかがお過ごしでしょうか。

脱法日本

どぜう民主


今民主党内では地元からの意向、支持団体の意向、脱法日本側からの「連絡」そして執行部側からの「連絡」どちらにつけばいいのか迷っていることでしょう。ただし、参考までに教えておきましょう。戦いの前に、今回の場合「採決」の前に示されたものが何であろうとその約束が守られる保証は必ずしもないという例を示します。例によって好例は「関が原の戦い」にあります。

前々回は「中立を保ったもの」前回は「寝返ったもの」、今回は「事前に内応していたもの」です。

その大名は、「毛利輝元」です。


関が原の戦いにおける東軍の総大将は言わずともがな徳川家康です。じゃあ西軍の総大将は誰だったかご存知でしょうか。

そんなの決まってる!言わずともがな「石田三成」だ!

という人はある意味ブッブーです。実は西軍の総大将は、この毛利輝元だったんですね。関が原の合戦の時、彼はどこにいたかといえば、彼は関が原にはいませんでした。彼がいたのはなんと大坂城だったのです。彼は自身は大坂城にとどまって、西軍としては彼の養子であった毛利秀元、吉川広家、安国寺恵瓊が出陣しました。

彼自身は東軍の人間を追い出して大坂城西ノ丸にいたわけですが、ここで予想される恐るべき事態がありました。

「毛利輝元が大坂城の秀頼公を擁して関が原に進んできたら?」


東軍の壊滅です。いや潰走してしまうでしょう。というのもこの関が原の合戦自体が「豊臣家に仇なす○○を討つ!」という名目で始まっていますから、「秀頼公」が西軍の陣にやってくれば、東軍についている大名たちはなだれをうって西軍に味方するか、逃げてしまうのではないでしょうか。もしもそうなっていたら歴史はまったく違っていたのではないかな。

でもそこは私の先祖の主君、家康公。ちゃんと手を打っていました。

「もしも西ノ丸を出てくれたら、悪いようにはしないよん」


という内々の約束をしていたのでした。直接ではありませんでしたが、家康本人の口頭による内諾、福島正則、黒田長政、あるいは徳川家の本多正信・井伊直政を通して書面による内々の約束をしていました。

すごくないですか?仮にも輝元は西軍総大将ですよ。敵の大将に手紙を送って内応を取り付けてしまうのですから。

かくて輝元は約束に従って戦後にきちんと大坂城を退去するのでした。

戦場ではどうだったかと言えば、前の記事でも書きましたが、毛利秀元の率いていた軍は1万5000人。戦局を一変させるに十分なはずでしたが、秀元の軍の前には同じく内通して動かなかった吉川広家がいたため(これも毛利本家を救うための広家の策)にまったく戦闘には参加しなかったのです。

とある西軍の武将は、全然動かない毛利・吉川の軍に対して「動いておくれ」という使者を飛ばしますが、広家が動かないので秀元も動けない。むむむ。ということで

「今、飯食ってるからまたあとで」


と言ったといいます。適当にあしらったんですね。でもとりあえず西軍総大将として祭り上げられた毛利本家は東軍に内応して、しかも軍を動かさなかった功績によってお咎め無しでしたとさ。めでたしめでたし。

ではありません。

もしも本当にお咎め無しなら私の推測ですが、「幕末」はもっと違った形でやってきたかもしれません。思い出して見てください。戦前に「悪いようにはしないよん」と約束したのは「家康」ではなく彼に味方をした福島正則と黒田長政です。そして本多正信と井伊直政です。決して家康自身が「うん」と言った訳ではないのです。証拠もありません。

しかも。都合の悪いことに、戦後たくさんの不都合な事実が発見されます。

●輝元が西軍総大将になったのはイヤイヤじゃなかったこと

●輝元が九州に残った東軍勢力に攻撃を下令していたこと

●輝元自身が全国に送った「ウェルカムトゥー西軍」の手紙の数々

●輝元自身が署名した連判状、、、等等


これらの事実を「西軍に積極的に関与した明白な証拠」として家康は毛利家を取り潰すことを決定したのでした。しかも取り潰した後に今回の戦いで功績を挙げた吉川広家にその後の領地の一部を与えることにしたのです。

ちょ、ちょっと待ったぁ!

と驚愕した人物がいました。それは自分が道を塞いでまで毛利本家を戦闘に参加させまいと努力した吉川広家です。彼は喜ぶどころか話が違うじゃないかと詰め寄ります。

結果

本当に血の涙と血の汗を流しながら徳川家と交渉して何とか毛利家の立場を守る約束を引き出すことに成功しました。


これによって毛利家は救われましたが、120万石の領土は削られ、わずか37万石にまで減らされてしまいました。この処遇に驚き、そして失望した輝元は隠居して家督を秀就に譲ってしまいます。このような状態になってしまった毛利本家を、ですが必死に守ろうとした吉川家は立場的には毛利本家を守ろうとした忠臣であるはずですが、同時に憎き家康に味方をした曲者ということで毛利家の中で吉川家は極めて冷遇される事になります。

さて、どちらにつこうか迷っている民主党議員諸君。どっちの陣営からどんな餌やどんな約束を引き出したところであなたがマスコミや地元の支援者の前に何を話し、どんな言動をしていたかによって採決後にどうなるかわからないよ。都合の悪い事実が後から発見されないといいですねぇ。

そして

執行部や脱法日本、あなたとの約束を守ってくれますかねぇ。心配で心配でたまりません。何度も繰り返しますが、選択するのが無理なら、その重圧に耐え切れないのなら辞めてもらってもくるしうないぞ。
ブログランキング参加なう!https://blog.with2.net/in.php?732402
https://politics.blogmura.com/conservative/img/conservative125_41_z_hamster.gif
にほんブログ村 政治ブログ 保守へ(文字をクリック)

え!?今さら!?

ツイッターやってます!http://twitter.com/Tanuki_nippon

「羊が1匹…」では眠れない?理由は日本語に

http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20120623-OYT1T00475.htm?from=main7
「羊が1匹、羊が2匹……」と数えると早く眠れるというのは本当か。


 広島国際大学の田中秀樹教授(精神生理学)らが大学生を使って実験したところ、腹式呼吸のほうが効果的という結果が出た。29日に横浜市で開かれる日本睡眠学会で発表する。

 田中教授らは、眠くない状態の大学生14人を昼間に眠らせる実験を行った。それぞれの学生について、羊を数えることと、鼻から吸った空気を口から吐く腹式呼吸の2通りで実験した。

 その結果、まどろんだ際に出る脳波が表れるまでの平均時間は、羊を数えたときは14分4秒。それに対し、腹式呼吸は9分32秒と短かった。実験を行った20分の間に3分以上継続する眠りまで至ったのは、羊を数えた場合の5人に対して腹式呼吸は9人と約2倍だった。

 田中教授は、英語なら、「シープ(羊)」という発音を繰り返せば自然に腹式呼吸になることもあるが、日本語の「ひつじ」だとそうはならないと指摘。「日本人には単調な雨音やせせらぎ、電車に揺られる音を聞く方が効果的ではないか」と話している。

え!?そんなこと周知の事実だと思っていましたけど・・・だって英語圏で「羊」は当然「シープ」で、眠るは「スリープ」だから語感が似てるから眠りやすいって話を十年以上前からずっと知られていると思っていましたけど。

ブログランキング参加なう!https://blog.with2.net/in.php?732402
https://politics.blogmura.com/conservative/img/conservative125_41_z_hamster.gif
にほんブログ村 政治ブログ 保守へ(文字をクリック)

ツイッターやってます!http://twitter.com/Tanuki_nippon
イメージ 1




発 沖縄根拠地隊司令官
宛 海軍次官
左ノ電□□次官ニ御通報方取計ヲ得度
沖縄県民ノ実情ニ関シテハ県知事ヨリ報告セラルベキモ県ニハ既ニ
通信力ナク三二軍司令部又通信ノ余力ナシト認メラルルニ付本職県
知事ノ依頼ヲ受ケタルニ非ザレドモ現状ヲ看過スルニ忍ビズ
之ニ代ツテ緊急御通知申上グ
沖縄島ニ敵攻略ヲ開始以来陸海軍方面防衛戦闘ニ専念シ県民ニ関シ
テハ殆ド顧ミルニ暇ナカリキ然レドモ本職ノ知レル範囲ニ於テハ県
民ハ青壮年ノ全部ヲ防衛召集ニ捧ゲ残ル老幼婦女子ノミガ相次グ砲
爆撃ニ家屋ト家財ノ全部ヲ焼却セラレ僅ニ身ヲ以テ軍ノ作戦ニ差支
ナキ場所ノ小防空壕ニ避難尚砲爆撃ノ□□ニ中風雨ニ曝サレツツ乏
シキ生活ニ甘ンジアリタリ而モ若キ婦人ハ率先軍ニ身ヲ捧ゲ看護婦
烹炊婦ハ元ヨリ砲弾運ビ挺身斬込隊スラ申出ルモノアリ所詮敵来リ
ナバ老人子供ハ殺サルベク婦女子ハ後方ニ運ビ去ラレテ毒牙ニ供セ
ラルベシトテ親子生別レ娘ヲ軍衛門ニ捨ツル親アリ
看護婦ニ至リテハ軍移動ニ際シ衛生兵既ニ出発シ身寄無キ重傷者ヲ
助ケテ□□真面目ニシテ一時ノ感情ニ駆ラレタルモノトハ思ハレズ
更ニ軍ニ於テ作戦ノ大転換アルヤ夜ノ中ニ遥ニ遠隔地方ノ住居地区ヲ
指定セラレ輸送力皆無ノ者黙々トシテ雨中ヲ移動スルアリ是ヲ要ス
ルニ陸海軍□□沖縄ニ進駐以来終始一貫勤労奉仕物資節約ヲ強要セ
ラレツツ(一部ハ兎角ノ悪評ナキニシモアラザルモ)只管日本人ト
シテノ御奉公ノ護ヲ胸ニ抱キツツ遂ニ□□□□与ヘ□コトナクシテ
本戦闘ノ末期ト沖縄島ハ実情形□一木一草焦土ト化セン糧食六月一杯
ヲ支フルノミナリト謂フ沖縄県民斯ク戦ヘリ
県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ

読みやすくすると

左の電文を次官に御通報方取り計らいを得たし

 沖縄県民の実情に関しては、県知事より報告せらるべきも、県には既に通信力なく、32軍司令部また通信の余力なしと認めらるるに付き、本職、県知事の依頼を受けたるに非ざれども、現状を看過するに忍びず、これに代わって緊急御通知申し上げる。

 沖縄島に敵攻略を開始以来、陸海軍方面、防衛戦闘に専念し、県民に関しては殆ど顧みるに暇(いとま)なかりき。

 然れども、本職の知れる範囲に於いては、県民は青壮年の全部を防衛召集に捧げ、残る老幼婦女子のみが、相次ぐ砲爆撃に家屋と財産の全部を焼却せられ、僅(わず)かに身を以って軍の作戦に差し支えなき場所の小防空壕に避難、尚、砲爆撃下□□□風雨に曝されつつ、乏しき生活に甘んじありたり。

 しかも若き婦人は、率先軍に身を捧げ、看護婦烹炊(ほうすい)婦はもとより、砲弾運び、挺身斬り込み隊すら申し出る者あり。

 所詮、敵来たりなば、老人子供は殺されるべく、婦女子は後方に運び去られて毒牙に供せらるべしとて、親子生き別れ、娘を軍衛門に捨つる親あり。

 看護婦に至りては、軍移動に際し、衛生兵既に出発し、身寄り無き重傷者を助けて□□、真面目にして、一時の感情に駆られたるものとは思われず。

 さらに、軍に於いて作戦の大転換あるや、自給自足、夜の中に遥かに遠隔地方の住民地区を指定せられ、輸送力皆無の者、黙々として雨中を移動するあり。

 これを要するに、陸海軍沖縄に進駐以来、終始一貫、勤労奉仕、物資節約を強要せられつつ(一部はとかくの悪評なきにしもあらざるも)ひたすら日本人としての御奉公の護を胸に抱きつつ、遂に□□□□与え□ことなくして、本戦闘の末期と沖縄島は実情形□□□□□□

 一木一草焦土と化せん。糧食6月一杯を支うるのみなりという。沖縄県民斯く戦えり。県民に対し、後世特別の御高配を賜らんことを。

さらに

沖縄県民の実情に関して、権限上は県知事が報告すべき事項であるが、県はすでに通信手段を失っており、第32軍司令部もまたそのような余裕はないと思われる。県知事から海軍司令部宛に依頼があったわけではないが、現状をこのまま見過ごすことはとてもできないので、知事に代わって緊急にお知らせ申し上げる。

沖縄本島に敵が攻撃を開始して以降、陸海軍は防衛戦に専念し、県民のことに関してはほとんど顧みることができなかった。にも関わらず、私が知る限り、県民は青年・壮年が全員残らず防衛召集に進んで応募した。残された老人・子供・女性は頼る者がなくなったため自分達だけで、しかも相次ぐ敵の砲爆撃に家屋と財産を全て焼かれてしまってただ着の身着のままで、軍の作戦の邪魔にならないような場所の狭い防空壕に避難し、辛うじて砲爆撃を避けつつも風雨に曝さらされながら窮乏した生活に甘んじ続けている。

しかも若い女性は率先して軍に身を捧げ、看護婦や炊事婦はもちろん、砲弾運び、挺身斬り込み隊にすら申し出る者までいる。

どうせ敵が来たら、老人子供は殺されるだろうし、女性は敵の領土に連れ去られて毒牙にかけられるのだろうからと、生きながらに離別を決意し、娘を軍営の門のところに捨てる親もある。

看護婦に至っては、軍の移動の際に衛生兵が置き去りにした頼れる者のない重傷者の看護を続けている。その様子は非常に真面目で、とても一時の感情に駆られただけとは思えない。

さらに、軍の作戦が大きく変わると、その夜の内に遥かに遠く離れた地域へ移転することを命じられ、輸送手段を持たない人達は文句も言わず雨の中を歩いて移動している。

つまるところ、陸海軍の部隊が沖縄に進駐して以来、終始一貫して勤労奉仕や物資節約を強要されたにもかかわらず、(一部に悪評が無いわけではないが、)ただひたすら日本人としてのご奉公の念を胸に抱きつつ、遂に‥‥(判読不能)与えることがないまま、沖縄島はこの戦闘の結末と運命を共にして草木の一本も残らないほどの焦土と化そうとしている。

 
海軍次官宛の電報(現代訳)食糧はもう6月一杯しかもたない状況であるという。

沖縄県民はこのように戦い抜いた。

県民に対し、後程、特別のご配慮を頂きたくお願いする。

沖縄・鹿児島には本当に足を向けて寝る事ができません。日本を護って下さったことに感謝の念と亡くなられた方への哀悼の念で一杯になります。

全123ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 前のページ | 次のページ ]


.
オルレアンの聖たぬき
オルレアンの聖たぬき
非公開 / A型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
友だち(25)
  • うまやど
  • ネコマロ
  • keinoheart
  • HRS
  • 敬天愛人
  • ヨッシーニ
友だち一覧
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

ブログバナー

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!
ふるさと納税サイト≪さとふる≫
実質2000円で好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事