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みなさん、こんばんわ。久方ぶりに手抜きで書いてみます。
| さて、今日のテーマは「国土」である。 |
| さて、まず突然だが考えてみよう。第二次世界大戦の端緒となったドイツによるチェコスロヴァキア併合、そしてポーランド侵攻は何故起こったのか。避ける事はできなかったのか。。。というのもこの二つが起こらなければ欧州に大乱は起きなかったのではないかと思うのである。 |
結論から言えば…
| 絶対に避けられるはずがなかった。ことによるともっと別の形でもっと別の時間に起こったかも知れない。 |
| なぜならば双方に「国土と同胞」を守る、「国土と同胞」を取り返すという意識が強烈に強かったからだ。ドイツにとっての「ズデーテン」はドイツ民族、同胞が住む土地、そしてドイツ側の主張として、チェコ人に虐げられた同胞が住む土地、そしてチェコスロヴァキアにとってのズデーテンは、隣国の侵攻から国土を守る為の防壁の地。この地は両民族にとって欠くべからざる土地だったのである。 |
かつてドイツの宰相だったビスマルクは言った。
| ズデーテンはドイツにとってボヘミアを制する為に突破しなければならない壁であったのである。そして祖国を守る為に譲ることのできないチェコスロヴァキア。冷静に考えなくてもわかることだが、その後のヨーロッパの運命は、嘘でも誇張でもなくこの時、この瞬間の決断にあったのである。 |
その事に気がついていたチェコスロヴァキア大統領はかくして総動員令を発するのであった。
| もちろん彼我の戦力差は度外視してすべては国土と国家の名誉の為に |
しかしこの国土を守るという小国の決意を挫いたのはドイツではない。
| 他人の犠牲で偽りの平和を守ろうと思った英首相チェンバレンと仏首相ダラディエであった。 |
英仏はチェコスロヴァキアに譲歩を迫った。これも嘘でも誇張でもなくイギリスは次の趣旨の書簡をチェコスロバキアに送付する。
「貴国が折れなければ、今後イギリス政府はチェコスロヴァキアの運命に関心を持たない」
一方、ドイツ政府にもこんな書簡を送る。
「貴国は大した犠牲を払うことなく狙いのものを手に入れる事ができるだろう。私が保証する」
| これも嘘でも誇張でもなくチェコスロヴァキア政府の戦意を決定的に挫く事になる。これも嘘でも誇張でもなくチェンバレンはミュンヘン協定締結の際、チェコスロヴァキア代表に書類を手交した場面で、、、信じられない行為をしている。一国が戦う前に強引に降伏させられた、そして一国が半ば消滅させられる悲劇の式典の場で、チェコスロヴァキアが屈辱の涙を流しているその脇で |
| 大あくびをしたらしい。いつも国会審議の場で眠り続ける菅「総理」、仙谷「官房長官」起きてますか? |
しかし驚くべき事にチョコスロヴァキアの悲劇に対して一国だけ良識を示した国があった。これが嘘でも誇張でもなく
| ソ連はチェコスロヴァキアが踏みにじられていることを良い事に火事場泥棒的に領土を掠め取ろうとしたポーランドに対して、 |
「そのような行為をするのであればこちらにも覚悟がある」
そして仏政府にも
「ドイツの侵攻に対して共同行動を起こそう・・・ってかフランスがやるならやる」
| と非公式に提案をしているが、しかし、仏はこれを黙殺。 |
| 結局、、英仏は「他人の犠牲」でドイツと妥協する事でこの危機を乗り越える。しかし、後にもわかるようにこの時の英仏の妥協によって「英仏は平和の為にすべてを犠牲にするだろう。戦争を忌み嫌うだろう」とヒトラーが確信させるに至るのであった。 |
そして
| 同時にソ連も「英仏は平和の為にすべてを犠牲にするだろう。戦争を忌み嫌うだろう」というドイツの確信に付け加えて「英仏はドイツと妥協してソ連を攻撃するだろう」という確信を深めていく事になる。この先入観は独ソ不可侵条約に至る端緒となる。 |
| そしてズデーテン併合の直後、ドイツはチェコの首都プラハに侵攻、そしてスロヴァキアを「保護国化」してしまう。一挙にドイツがソ連攻撃のための橋頭堡を確保してしまうのである。 |
| ズデーテンという一地方の割譲が結局、「祖国の喪失、祖国の隷従」という結果になってしまったチェコスロヴァキア。 |
| この歴史の結果を、チェコスロヴァキアの悲劇をどのように受け止めるのか!日本人よ! |
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