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知覧武家屋敷
| 久しぶりに、というかブログを移ってから初めて再開してみる。というのも私は伝えるべきだと思うからである。信楽焼きの狸と云えども人間である(?)主観や思いを交えずに記事を書く事など不可能。ただし、読まれる方に判断してもらいたい。右でもいい、左でもいい。反戦平和でもいい、戦争反対でもいい、どんな思想でも構わない。痛ましい、悲しい、美しい、、、感想はどんな言葉でもいい。ただその言葉をありのまま伝えていく事を始めようと思う。再開しようと思う。 |
| 当ブログで最初に紹介する遺書は、1945年8月、終戦の詔が発せられた直後に「軍人としての責任」を取った方の言葉である。終戦の詔が発せられた直後、恐らく世間の大部分は悔し涙に暮れたのであろうが、私は人間である以上、もとい生物である以上 |
「助かった」
| と思った方も多かったろうと推測する。この方はどうだったのだろう。 |
遺書
上
昭和二十年八月十四日休戦ノ
詔書煥発アラセ給フ、遥カニ
大御心ノ程ヲ偲ビ奉リ、恐懼措ク處ヲ知ラズ
大元帥陛下ノ股肱トシテ干城ノ
任ヲ全クスルニ能ハズ罪當ニ萬死ニ値ス
皇祖大御神下サセ給ヒシ
御神勅ニ曰ハク
豊葦原ノ千五百秋ノ瑞穂ノ國ハ
我子孫ノ王タルベキ地ナリト
然ルニ今日、恐レ多クモ
陛下ノ御上ニ夷狄ガ司令官ノ存在ヲ許シ
御一人ノ統治シ給フベキ
大和島根ヲ彼ガ軍政ニ委ネル至ル
關知シマツラズト雖モ遂ニ此處ニ至ル、罪當ニ云フベカラズ
事既ニ定マル 肇国三千年未ダ夷狄ノ侮リヲ受ケザル無窮國體ヲ防護シ奉ル能ハズ
臣ガ罪當ニ逃ルベカラズ
大御言葉ノマケノマニマニ國家再建ノ微力ヲ致スベケレドソノ確信無ク一死以テ臣ガ
罪ヲ謝シ奉リ併セテ帝國軍人タルノ栄誉ヲ保タムトス、願ハクバ
| 魂魄トコシエニ |
| 祖国留メテ |
| 玉體ヲ守護シ奉ラム |
| 國政ヲ議シ奉ル恐懼ノ至言ヲ知ラズ |
微臣
恐惶頓首謹言
昭和二十年八月十九日、海軍少尉、臣、寺尾博之
| 軍人は矛を取って迫り来る敵を、國に仇なす敵を打ち倒すのが役目。そしてそれがどんな理由であれ、どんな状況であれ敗れればその責を全うできなかったのである。そしてその責任を、敗戦の責任を己が命を持って償う。私たちの先輩達はそのように考えていた。 |
じゃあ政治家はどうか。
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