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2011年11月23日
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冷静と情熱の間で、、、という映画の話ではありませんが、私はちょうどその感情の境界線の位置に常にありたいと思っています。TPP、放射能、原発の問題を巡って喧々諤々の議論が続いていますが、常に私は冷静と情熱の間で客観的に考えたいと思っているこの頃です。当然人間なのでそう簡単にはいかず時に走り出しがちな言動をしがちにはなりますが。 さて、そんな気持で考えてみようと思います。 今、世間というか政治もマスコミも一極が形成されると次のようなステージを踏んで自分たちの思うように世間を動かしていると思います。まず・・・ 第一段階・・・ある一つのテーマを作り上げる。第二段階・・・そのテーマに対するアンチテーゼを申し訳程度に作る。第三段階・・・自分たちの支持する一極をドンちゃん騒ぎで持ち上げる。その中でその現象を象徴する人物を作る。
第四段階・・・まったく関係のないスポーツ・芸能ニュースを取り上げてそれまで続いた議論をうまくそらして議論の是非について世論の賛否について結論を言わないままなんとなく終結させたことにする。あるいは議論が続いたまま凍結させる。(考えてみれば年中日本は何らかのスポーツイベントがあります。なければ芸能ニュースを作るだけ)
第五段階・・・突然一定の結論を突きつける。ここでマスコミは何故か突然責任を押し付けます。行政府、あるいは国会議員や公務員に結論を性急に求めたことについて「国民的な議論が足りないのに」と。 コトはずっと前から決まっていたり、ずっと前から政治家が主張していたり、あるいは世論の興味関心が別のことに注目している間に粛々と進められていたことが案外世の中には多いような気がします。そこで登場するのが
時に脅迫時に虚偽時に誇大宣伝時に哀訴時に責任転嫁時に恐怖時に利益誘導あらゆる言動が世間を席巻します。だいたいこの辺で本来は疲れてしまうものですが、情熱を持って疾走する人々にとってはそれが脅迫であろうが、恐怖であろうが自分たちを支持する人々が自分たちを支持してくれさえすればどうでもいいのです。そしてここで犠牲になる人がいます。
そして私が一番嫌いな人々が
こういう人に限って、ことの真偽が明らかになって多くの人々が事実を検証し始めた際に進んで扇動した事実の責任を他者に押し付けるのです。
そこでにっちもさっちも行かなくなったときに、完全に決まってしまった事実を自分たちの意志に関係なく、利益があろうがなかろうが最終的に受け入れざるを得なくなるだけ、結局このパターンがすりこまれてしまっているのでしょうか。
日本の邪魔をするだけだから。 |
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