| 今日、NHKでなかにし礼が、ドイツのマルチン・ルターを題材にして語っていた。マルチン・ルターが本来のカトリックのあり方、あるいは堕落した姿を批判して、よりわかりやすい、そして民衆にわかりやすい形に近い宗教をドイツにおいて作り上げた、、、というようなVTRが終わった後、 |
宗教自体も時代の要請に応じて変えていくべき、不要な儀式や教義を合理化したルターのように
というのが番組の結論になったようだ。ゲストの元モーニング娘やデーモン閣下も同じように納得させられてしまった。まぁ、理解力に期待できないので仕方がないですが。
| また奥州平泉の藤原氏の戦争を厭い、戦争で亡くなったものを「平等」に弔うという発想を現代の平和思想に結び付けてめでたしめでたし。 |
| この場合平等とは現世における「平等」ではない、貴族と農民の区別が平等であるはずがなかろう。平泉の発想は、死後の世界における「平等」であり、死者を等しく極楽浄土へという考え方。そしてそもそもだが奥州藤原氏はなかにし氏が夢想するような反戦平和を志向して平泉の繁栄を築いたのではなく、当たり前ながら中央の権力を跳ね返す事ができるような自称「17万騎」というような強大な軍事力を背景にしている。その血みどろになって戦って築き上げた武力がある、その前提で藤原氏は「平和な黄金時代」を築いたのだ。 |
| なかにし氏が「奥州藤原氏のように日本も平和を志向するべきだ」というのであれば韓国、中国、ロシア、アメリカに舐められないような、侵略を躊躇するような「17万騎」に類するような強大な軍事力を持つべきですな。そうすれば日本も奥州藤原氏のように外国に干渉されないような幸せな国を作れる。 |
また宗教を合理化する、というのもなかにし氏や製作主体のNHKの宗教についての無知を露呈しているなと。
| 宗教儀式というのはあらゆる事に意味がある。一挙手一投足すべてにおいてそれが「そうでなければならない」という厳しく定められている。皇室祭祀を簡略化すべきだという浅はかな発想と根は同じだ。すべて何かしら理由があって非合理的で、しかも傍目には正直「無意味」、「意味不明」と思えるような所作であっても古来よりそうなっているということには間違いなく意味がある。 |
それは
| たとえ長い歴史の中で多くの人がその意味を忘れてしまっていても後世の人間として「何故なのか」「何故こんな無意味な事をするのか」を探しだす義務がある、知ろうとする努力をする義務がある、それが後世の生れたものの責任だ。そしてその意味を探し出して、子や孫に伝承していかなければならない。 |
| ルターの場合は、民衆に信仰に至る道を平たく、わかりやすくしたのである。ちょうど小難しかった仏教を民衆に根付かせた日本の上人方のように。 |
NHKだからといって鵜呑みにしていたら大事な事を見失うな・・・と思った。
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