聖徳太子と言えば、たぶん このイメージが大半だと思いますけど。どうでしょう。今日の日本の反戦平和な人々が理想とするような姿だと思います。戦争は縁遠い、極めて平和な時代の住人かと思いますが、奈良県にあります信貴山にはこんな銅像があります。 ガクガクブルブル、略してガクブルですな。こ、この姿は紛れもなく戦争に赴く血なまぐさいお姿であります。聖人君子で有名な聖徳太子ですが、若かりし頃は結構戦いにも参加していたのですね。この銅像は、聖徳太子が排仏派の急先鋒物部守屋と戦った時のお姿と言います。 毘沙門天と言えば、言わずともがな戦いの神様、戦国時代を走り抜けた越後の龍、上杉謙信もこの神様を信奉していました。毘沙門天は別名多聞天ともいいます。どちらにしてもこれは四天王の一人であります。もともとは七福神のように財宝を司っていたらしいのですが、インドから中国大陸を抜け、日本にやってくるまでに何故か武具をまとい、戦いの神様になってしまわれました。 聖徳太子は、この信貴山に祭られている「毘沙門天」の助言を得ました。この助言を素直に聞いた聖徳太子は見事に物部氏を打ち破ります。現在信貴山にはお寺に入る手前に世界最大、ギネスブックに載っているほどの巨大な張子の虎がおかれています。また本堂の下には暗闇の中を手探りで歩く「戒壇巡り」を体験する事ができてしまいます。 この信貴山、上ってみると分るんですが、ものすごいんです。 山の麓に広がる平野が丸見え。手に取るように分ります。この信貴山は軍事的にすごく重要な拠点になっていました。 戦国時代には松永久秀が城を築き、「信貴山城」という拠点を構えていました。これ以前にも城は当然ありましたが、やはり久秀が有名ですね。この信貴山を含めて奈良県には久秀の軌跡が数多く残されています。私は薄らきれいごとで人を欺く現代政治家よりも憎めない悪党の松永久秀の方が好きですね。写真はありませんが、信貴山から少し離れた場所にある達磨寺というお寺の境内にはこの松永久秀のお墓らしきものがありました。もっとも彼は古天明平蜘蛛という名物茶器と一緒に吹き飛んでいますのでおそらく魂だけを祀っているんでしょうけど。 こんな場所にも行きました。 日本最古の飛鳥大仏があります。歴史を感じますね。この明日香村は是非サイクリングで回ってみることをオススメします。特にこれから暖かくなる時期。春風に吹かれながら走り抜けてみるともしかしたら飛鳥時代の人に出会えるかも知れませんね。 |
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2012年02月29日
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