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先日は、懐中時計のススメということで脱原発よりも脱腕時計・脱携帯電話を頑張ろうという事で記事を書いたが、今日は
武鑑をおすすめしようと思う。
まず武鑑とはなんぞや?という人も多いでしょう。武鑑とは今でいえば「紳士録」のようなものといえばわかりやすいでしょうか。ある意味紳士録よりも個人情報満載なのですが。今でいえばということは古いものという事です。どのくらい古いかと言えば、最古のものでは300年ほど前のものです。
この武鑑、江戸時代、八百八町と言いましたが、大名の屋敷がたくさんあったわけです。時代劇ではよく
「北町奉行所」
という看板の前に厳めしい門番が棒をもって立っている場面が出てきますが、奉行所に限って言えばウソです。あんな看板ありません。南町奉行所にしても北町奉行所にしてもその当時のお奉行の役宅(自宅兼オフィス)を使用していたためあんな看板はなかったわけです。
じゃあどうやって御屋敷にいけばいいの?という発想からはじまったのが、幕府公認の商人が発行する本でわかりやすくすればいいのでは?という事で発行されたのが「武鑑」なわけです。
その武鑑の名前は発行された年号を冠して呼ばれます。例えば比較的新しい(と言っても170年以上前)の武鑑のこれ
この武鑑には天保時代の大名たちが名前を連ねているわけですが、この時代の出来事といえばやはり江戸幕府に最後のとどめを刺した改革といわれる天保の改革を行った人物
水野忠邦です。武鑑には、その人がどんな先祖をもっていて、どんな血筋のものなのか、いつ家督を継いで、どんな官位をもらっていて、奥さんは誰なのか、旗印は何で取り次いでもらうためには誰に会えばいいのかとか詳しく書いてあります。
毛利家。そう、毛利元就の家ですね。本姓は「大江」なので大江元就になっています。細川家。細川藤孝、細川幽斎の家ですね。本姓は「源」なので源藤孝です。室町将軍の落とし胤と言われてますので。織田家。信長の子孫もこのように記載されています。本姓は「平氏」なので「平信長」ですこのように戦国を生き抜き、江戸時代にまでたどり着いた有名大名家の子孫たちが載っていますね。江戸時代になるとこのように名の知れた戦国大名の子孫はさほど活躍しません。時々不祥事を起こして左遷されたり、幕府に警戒されて断絶させられたり・・・せっかく存続できても安楽な暮らしができていたわけではないんですよね。
ふむふむ。
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