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みなさん、こんにちわ。大阪から帰りました。
記事のタイトルを見て何のこっちゃと思われた方が大多数だと思います。さて、サンクトペテルブルグってどこでしょうということなんですが、それはかつてソ連時代には「レニングラード(レーニンの街)」と言われた都市なのですが、現在は旧名に復しています。ちなみに英語圏ではSaint-Petersburg(聖ピーターの町)といいます。場所はここ↓ 青い線はおおよそですが1939年当時のソ連とフィンランドの国境線です。さて一番HOTな「国境」ですね。そういえばこんな記事が産経に出ていました。 無人島の外国資本購入を警戒、長崎・五島市が調査へ、法的権限に限界も長崎県五島市が、市内にある全52の無人島に関して、外国資本が所有者となっていないかなどの確認作業を始めたことが20日、分かった。この夏、同市福江港沖にある無人島が一時的に売却に出され、外国資本に購入されかねない状態にあったことが発覚したための措置。外国資本の土地所有状況調査に、自治体が乗り出すのは極めて異例だ。 こと安全保障に関する考え方、国家としての危機感の重要性についてはちょっとだけ参考になる事例だと思う。ソ・フィン戦争の勃発なのですが、国力も戦力も段違いな両国が衝突したのは何故なのでしょう。そのキーワードはこの記事のタイトルにあります。
このサンクトペテルブルグの語源ともなっている「ピョートル大帝」がこの国境を越えて地図上にあるヴィボルグ(フィンランド名ヴィィプリ)を落とし、カレリアを制した際にこのように述べています。
「(当時の)首都であるこの街とこんなにフィンランドとの国境線が近くてはサンクトペテルブルグの御婦人たちの安眠が妨げられるのだ」と。実際に第一次大戦前後のロシア革命混乱のどさくさで結ばれた「タルトゥ条約」によってロシアの首都ではないにしても首都クラスの重要都市から国境がわずか30km程度、そして周辺の島々がフィンランド領になってしまう。
まさに恐ろしくて眠る事のできない状況に陥ってしまうのでした。
そのような屈辱的な条約を結ばされたソ連ですが、徐々に力を取り戻し、いよいよその奪い取られた土地を取り戻そうとしてフィンランドとの交渉を開始するのでした。何故フィンランドごときを恐れたのでしょう。ソ連はフィンランドをそんなに敵視していたのでしょうか。
否。そうではありません。
ソ連が恐れたのは、フィンランドの友好国であった、
ドイツです。
ソ連とドイツは当時独ソ不可侵条約を結んだ友好国だったはずでしたが、ソ連もそうですし、ドイツもすでに戦争が勃発した際にどうなるかということを考えていました。
もしもフィンランドの国境線にドイツ軍が進駐してレニングラードを攻撃したら?そしてカレリア地峡を進撃してきたら?フィンランドの島々から海空か攻撃してきたら、海軍基地のあるクロンシュタットはどうなるか?まさに悪夢である。
神経質なスターリンらしい思考ではあるが、こと安全保障に関して言えば、あらゆる事を想定しておく必要があります。たとえ条約を結んだ、同盟国・友好国であったとしてもその状況が永遠に続くはずはないはずです。まして想定する国がどういう素性の指導者によって治められ、そしてこれまでどんな思考でどんなことをしてきたかを考えれば、島一つ、一寸の土地であってもそこが占拠されてしまえば、そこは立派な戦略拠点になる。ソ連はそれを極度に恐れました。
そこでいくつかのソ連領土との引き換え(これも忌々しい限りだが)にレニングラードや海軍基地のあるクロンシュタットを脅かす可能性のある場所の割譲を求めました。なんとその面積
割譲を求める領土の二倍でした。なんとか大砲の届く範囲からレニングラードを遠ざけたかったのです。
しかしそんなのはソ連の都合であり、フィンランドは拒否。
そこでソ連は疑心暗鬼に陥ります。
「小国フィンランドは敵国に支持されているのではないか、反ソヴィエト感情を持つ国に支援されているのではないか」そして「ドイツに焚きつけられているのではないか」と。ソ連は次々と妥協案を出すも自国領土を割譲したり、租借させたりすれば、ソ連はさらに過大な要求をしてくるはずだ(実際に前科は数限りない)、そして万が一戦争になったら隣国スウェーデン、ソ連の影響力が強まるのを好まないドイツが支援してくれるはずだ。という予想を元にフィンランドはソ連の要求を拒否。
こうしてソ連はついに両国の間にあった不可侵条約に縛られない旨を宣言、ソ・フィン戦争が勃発するのでした。
実際にフィンランドが頼りにしていたドイツは「独ソ不可侵条約」があることを理由に支援を拒否。あくまでも両国の相互理解によってのみ問題は解決できるとだけ。西側諸国が嫌悪するソ連の小国に対する侵略戦争ということで世界的に同情が集まるも具体的に支援をする国はなかった。(隣国が援軍の領土通過を拒否)。もちろんスウェーデンも。
こうしてフィンランド軍の抵抗は頼りにしていた援軍も到着することなく勇戦むなしく壊滅するのです。しかし、小国フィンランドの戦いは、今にまでその英雄譚は語り継がれています。全体の損害は戦力火力優勢なソ連軍の方が大きかったのです。そして負けたにもかかわらず、ソ連が常套手段としていた「親ソ傀儡政権」を樹立する事のできなかった唯一の国になるのです。フィンランドは最後まで英雄的に戦った事を申し添えます。
ここで学ぶ教訓。・どんな小さなことがきっかけで戦争が起こるかわからないこと。
・たかだが島一つだと言わず、国の安全保障を脅かす可能性をあくまでも予想しておくべき。その国が外国に占拠された場合の危険性を考えておくべき。
・自国単独で適わない相手だとわかっているのであれば、有事の際に確実に支援を求められる体制を整えておくべき。
・領土を合法的に取得させない事
歴史に学ぶ事は多いですな。ほんと。
しかしながら、ランキングにもご協力下され
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●近現代史の話
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アーサー・ネヴィル・チェンバレン
チェンバレンが何らかの形で交渉なり取り決めなりをしていた国を色分けしてみると 英仏の関係強化ポーランドへの保障バルカン半島への関与英伊協定ソヴィエトとの交渉トルコを中心にバルカン半島の国々との交渉アメリカとの交渉・・・・等(あくまでも現代の国境なのでそこらへんご容赦を)
こうしたチェンバレンの理想は図にするとこうなる。↓わかりずれえ!と思った方、カムサハムニダ。この通りに事が運んでいたならば、ヨーロッパに戦争は起こらなかったに違いない。しかし実際はこう↓
チェンバレンが外交的に敗北を経験したことで得た歴史の教訓がある。
また逆もまた然り
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「情報を精査できないほど、精査する暇がないほど、膨大な情報を次々と流せばどうなるか」
ネットで情報を得ている人間を混乱させているのではないかということである。このことから言えること。「特定の人間が意図的にたくさんの情報をネットに供給している可能性すらある」
さて今日のテーマは「1960年代アメリカ」である。この「1960年代」最大の出来事は何か。そう。
リー・ハーベイ・オズワルトである。
【後方の教科書ビル】に潜んでいた【射撃の名手オズワルド】によって【イタリア製マンリカ・カルカーノから発射された一発の弾丸】が【人体を貫通して7つの穴】開けた。さて…【後方の教科書ビル】…診察した医師が証言しているが、傷は明らかに前方からのもの【射撃の名手オズワルド】…海兵隊時代の射撃の腕前は最低【イタリア製マンリカ・カルカーノから発射された一発の弾丸】…ライフルは実に22年前、すなわち戦争中、イタリア軍が使っていた銃で、連射が難しく一発ごとに調整が必要なほど劣悪な銃、イタリア軍はカルカーノのせいで負けたとも言われる。【人体を貫通して7つの穴】…一発でも人体を貫通すれば変形してしまう上に勢い減殺されてしまう。人々は信じてはいなくてもオズワルド犯人説を信じざるを得なかった。
●軍産複合体説(アイゼンハワーがその危険性を警告)●カストロ説(ケネディは何度もカストロ暗殺作戦を実行している)●CIA説(ケネディはCIAの秘密作戦を意図的に失敗させている)●マフィア説(ケネディは犯罪シンジケートの撲滅作戦実行している)●MJ12説(UFOに関する秘密を暴露しようとしたから)●狂信的な白人説(説明の必要はないでしょう)私の知る限りはこの程度であるが、潜在的にはさらに多くの説がある(ケネディが同性愛者だったとか)。ひとつひとつが致命的で消されても仕方がなかったとまことしやかに語られているのである。
「大統領執務室は国民を裏切って進められている【ある恐るべき陰謀】を助長している事が判明した。私は私の任期が終る前に【この恐るべき陰謀】を公表するつもりである」
ちょっと待て、その情報本当に大丈夫?
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「相手国を刺激しないため」
では第二次世界大戦は何故起こったか。それは歴史の教科書で学習するようにドイツの独りよがりな暴走と一方的な侵略によるものなのか。
「ヒトラーがもし1938年に死んでいたらノーベル平和賞を受賞していただろう」「ヒトラーがポーランドに侵攻したら私は万歳を叫ぶだろう」
他人の犠牲である。
しかし、幸い第二次世界大戦のように挽回不可能なものではない。
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みなさん、こんばんわ。いったい何のこっちゃというタイトルの今日の記事。この言葉はかつてソ連の独裁者スターリンの片腕であったモロトフの言葉である。
何の事かわからないでしょう。たぶん。
そう、今日私が述べたいのは共産主義国家において「相互主義」「互恵主義」という言葉を持ち出した場合いったい何を意味するかということである。
さて、ソ連である。ソ連は欧州においてドイツのようにおおっぴらに表に出ることなくひそかに第二次世界大戦前後に領土を拡大している。(アジアは結構激しかったようだが)
スターリンは宣言する。
「好意的な中立が守られるのであれば、バルト三国の中立は保証する」なんじゃそれは?好意的ってなんぞね?という疑問がバルト三国を覆う。それとなくソ連外交官に質問すると「国境に軍隊を集めない事だよね」と答える。そうか、そうだよね。と思っているまもなく突然「独ソ不可侵条約締結」そしてドイツ軍のポーランド侵攻。またしても茫然自失している頃何故かこんな報告が寄せられる
「国境付近に25万人くらいのソ連軍が集結中」原因は、ポーランドから逃げ出した潜水艦オルゼル号がエストニアのタリンに寄港したことによる。ドイツと交戦しているポーランドの潜水艦なので当然、エストニアはこれを拿捕。砲も海図も没収するが、ポーランド大使館の手引きで船員達が脱出してしまう。ソ連はこれを「中立義務違反ぜよ」とエストニアを非難したことによる。
ちょ、ちょ、ちょい。ちょっと待っておくれ。話をしようよ、
ということでエストニア外相は貿易の話を口実にしてソ連との交渉に臨む。するとソ連側も貿易に関係のない話でエストニア外相をご招待。
「潜水艦とか船を直す港を貸してくんねえかなぁ?荷物の積み出しもしたいし。モスクワまで来てくんねえ?」へいへいとやってきたエストニア外相セルター、モスクワに到着すると突然こんな話を突きつけられる。
「あのさぁ、おたくの国に陸海空軍基地おかしてくんねぇ?」そんな話、聞いてないし、
「うんって言ってくんなければ、こっちで勝手に行動するけどいい?」うちらだけでは決められないから本国で話してきます。時間を下せえということで一旦セルター帰国。
どうすっかねぇ?と考え込むエストニア。しかしそうして考えている間にもソ連・エストニアの国境でソ連軍がしきりに国境侵犯を繰り返す。
いつでもいけるよ?
という圧力である。もちろんこんな圧力に耐え切れるほどエストニアは強くない。ソ連の要求を呑む方向で再びソ連に代表団を派遣するのであった。
エストニア「わかりました。呑みますよ」凹みぎみのエストニアに対してモロトフは言う。
「じゃあ具体的な数字で話をしようか。置かせてもらう兵力は3万5千人ってことで進めるね」ちょ、ちょっと待った!無理っす。うちの全軍隊の頭数よりも多いっすよそこで紳士的にスターリンが登場
スターリン「おいおいモロトフ君、友人にちょっとキビシクない?2万5千くらいにしようよ」
エストニア「それならなんとか」ということでソ連とエストニアの間で条約が調印された。さて一つが倒れたらあとは順繰りにやっていけばいい。同じような殺し文句でラトビア外相ムンタースがモスクワに呼ばれる。エストニアの場合はある程度のステージを踏んだがラトビアの場合はそのステージすらも面倒くさいとばかりに省略され、突然こんなことを言われてしまう。
スターリン「あの申し訳ない。申し訳ないが、あなたの国は俺のもの。そう決まっちゃってるの。ドイツと一緒に決めちゃったの。いつでも占領できるんよ」へ?いったい何の話?そんなことドイツがほっとくと思うの?というラトビア外相。しかし傍らでモロトフは言う。
モロトフ「だって君ら弱いからさ。側にいるうちら不安じゃん。敵に利用されたら怖いじゃん」度肝を抜かれて、なおかつ不信感の塊のような目で両者を見つめるラトビア外相。
こうしている間にもラトビアとソ連の国境沿いにソ連軍が終結。またもや国境侵犯騒動が頻発していることが代表団に伝えられる。
そんな重苦しい緊張感の中、スターリンは口を開く。
スターリン「君らも私を信用しないだろうし、私も君らを信用しない。占領は出来る。できるけどやんないよ。ドイツとはこの間同盟結んだけどいつか戦う時が来ると思うし。味方がいないと不安でしょ」エストニア同様に今も昔もラトビアはその通貨と同様にプレッシャーには弱い。ドイツの援助が得られないと決まったことでラトビアは国内数箇所の空軍基地・海軍基地をソ連に提供またもや2万5千人のソ連軍を受け入れることになる。。。。
などとラトビアと交渉している間にリトアニア外相ウルブシェイスがモスクワに到着。別の二国がプレッシャーを受けていたが、
リトアニアの場合は、すでに膨大なソ連軍が国境に集結していた。このためリトアニアには他の二国にあったような詳しい説明も戦争をほのめかす圧力すらも省略されて、ソ連の望む条約が締結されることになる。徐々に軍事占領へのステージが省略されている。
そんなスターリンが発した言葉
「この条約を結ぶ事があなたの国の最善の利益」しかもリトアニアの場合は他の2国に駐留を義務付けられたソ連軍の数が2万5千なのに対し、何故か7万5千。
しかもトッピングとしてリトアニアに告げられた一言。
「君らにヴィルナ(地名)を返すから、ドイツにスワルキ三角地帯を挙げてね。よろしく。決まっちゃってるからよろぴくね」なんと自国の領土を勝手に分割されていたのだった。嘘まじで?と思いながらもリトアニア外相は帰国。そして、ものの見事に三国はソ連軍の強大な影響下におかれることになる。もちろんソヴィエトはこの後、三国を軍事的に隷属させた後、今度は実質ソ連としか貿易の出来ない条約を締結。後の吸収併呑へと向かうのであった。
しかしながらソ連政府の見解
「これらの条約はバルト三国の独立を脅かすものではない。その国の社会体制を尊重し、常に平等の原則を重視したものである。内政に干渉するものではない、相互主義に基づいてお互いを尊重する条約である」どこが?と疑問を抱かれたであろう。
この三国の条約が締結された後にモロトフが条約締結を受けて、最高ソヴィエトの壇上で述べたのが、この記事のタイトルである。つまり何が言いたいかといえば
共産主義国家における「互恵関係」とは自分の国に他国が徐々に隷属に向かうように仕向ける事なのである。彼らにとって「対等」などということはありえない。ソ連の場合だけではないかというツッコミを受けるかも知れないが考えて欲しい。彼らのDNAの中に「対等同盟」などというものは経験として、歴史上まったくと言っていいほどないのである。あるのは「朝貢関係」常に自国を上位に置く外交関係しか経験がない。戦略的互恵関係というが果たして本当に信用していいものかどうか。もう一度考えて欲しい。中国にとっては「戦略的」であっても日本にとって「戦略的」なのかどうかを。
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