こんばんは。一昨日開かれた佐藤正久参議院議員主催の新春の集い「これでいいのかニッポン!言いたい放題」。昨日は麻生総理の基調演説を紹介いたしましたが、今日は佐藤正久氏、麻生総理、堀場雅夫(堀場製作所最高顧問)氏をパネリストにパネルディスカッションもありましたので、その様子をまたもやたぶん要約ですが、紹介します。前の記事もそうですが、不完全です。 堀場雅夫氏私の特徴は年をいっているとのことですけど。麻生さんの話を聞いてずいぶん元気になったんじゃないですか?しかし一般的にインテリと言う人は悲観論、そうでない人は楽観論。そうでない人が三人集まったということで日本の国と言う価値観、悲観論を言う人がだめで、楽観論を言う人がいいという風に変わって欲しいわけで。日本が大変大変といっているわけですが、私は実は天国だなと思っています。まず我々がすごく幸福だと感じないといけないと思います。まず聞きます。日本の国に生れようと思って生れてきた人います?年末の3億円が・・・(不明)今の生活なんかできっこない。それはたまたまお父さんとお母さんが頑張って生んでくれたのが自分ですよね。何の苦労もなく日本人になったというだけで三億円、五億円の価値があるわけです。それだけで大変幸福だと思います。私も戦前、戦中、戦後暮らしてきたわけですが、その時の経験を申し上げて勇気を持って欲しいのが。 まず人間がパニックになるときはどういう時か、それは二つあるんです。それはまず自分が死にたくないのに殺される時、もう一つは今晩から食べるものがない。これはパニックです。往々にして間違えられるのが、今晩食べるものがないっていうのは冷蔵庫何も入れてないんですか?戸棚空けてもカップラーメンとかなかったんですか?そうですよね、あなたの時代は24時間のスーパーとかなかったんですからって。こういう風に取られてしまうんです。食べ物がどこ探してもないという時代を経験した人はそう残っていないと思います。本当にないんです。そうしたら横に人がいたら、殺して食べるとまでいかないまでも、ころっと死んだら食べても悪くないな、というレベルまでお腹が空くんです。パニックですね。この二つ以外には絶対にパニックになりません。服が破れた天井から水が垂れてきた、これではパニックになりません。この二つだけがパニックになる。その当時の日記を見ると伊勢丹で白米を腹いっぱい食べられたら何でもいうこと聞きますと書いてあるんです。今どうですか、伊勢丹で白い飯たくさん食ったらどうですか、医者に怒られます。(不明です^^;) 街から犬がなくなったら三ヵ月後に国は潰れます。(たぶん終戦前)4月、5月ぐらいに京都に町を歩いても犬がいなかった。もちろん牛や馬や豚は食い尽くしましたね。あとは肉がついて食べられそうなのは、犬、赤犬でした。赤犬が美味い、茶色の犬です。私も犬を採りに行った。そのうちに赤犬がいなくなった。そしたら白でも黒でもなんでもいいわということでそれも食った、そしたら4月5月に京都から全然いなくなった。そしたら8月にポツダム宣言全面受諾。無条件降伏。まぁ犬がいる間は安心。(ちょっと聞き取りにくいので省略します^^;) そういうふうに考えると戦争中を考えるとむちゃくちゃ安心です。まず安心です。数字的には麻生さんが今お話しましたが、私は町を見る限り大丈夫。日本人っていうのは人に過小評価、自分の能力を過小評価するんです。これやれって言ってもいや無理ですと必ず言うんです。でもやってみー!というとできるんです。そういう意味において日本人はせっかく能力を持っているにも関わらず自分の持っている能力を知らない。それはやっぱりとことん地獄の底をみると自分こんなできるんやって思うんです。大体平均して自分の能力の3倍はできるんです。どうぞそういうつもりでこれから未来を見ていただいたら皆さん方これから明るいんですが。これに関連して政治の話があるんですが、麻生さんからも佐藤さんからもありましたから、今の政治家を選んだのは我々ですから、我々ももっと勉強してこれから日本をどうしていくのか、その判断をするべきです。 麻生総理私も紀元は2600年、分かるか?昔は昭和15年のことを皇紀2600年と言ったんですが、その年に生れましたので今年で72になります。したがって飯がないって京都なんかあったほうですよ。悪いけど。俺がいたところの方がしんどかった、私は九州で育ちましたから、昭和25年いわゆる戦争が終わって5年たったころに朝鮮事変が勃発、その頃には昼間、空襲警報!敵機来襲!ソ連のミグ戦闘機が来ていました。その時に北九州から東京に出てきたら、東京は朝鮮特需でウハウハ、日本っていうのはひどい国だなと思いましたね。一方では夜間の灯火管制とかやってる頃ですよ。その頃に日本のかたっぽではえらいウハウハ。そういう時代と今を比べますと何が違うのかというと豊かになったっていう実感が皆さんの中になさすぎるんだと僕は思う。私は貧しい時代に生れましたからね、小学校3年の時に学校を転校して東京に移ってきたんですが、学習院に行きましたけど、学習院の初等科で皮のランドセルをしょってる人は全校で一人、制服を着てない人が三分の一、学習院でそんなもんでしたよ。それが六年生になったときに皮のランドセルをしょってなかったのは全校で俺だけ、他はみんなしょってた。ものすごく印象に残ってる。親が絶対に、吉田内閣の頃でもありましたのでとにかくみんな飯が白米に変わった時にうちの弁当だけ麦飯の弁当食わされましたんで、そういう時代って言うのをまだぴんと来る世代に我々いるんですが、是非そういった意味で、「豊かな上に立った上でどうするか」っていう話をしていただかないと、今の現場に立った上で話をしていただかないと何となく堀場さんの話を聞いてピンと来る世代とぜんぜんこない世代、若い世代に。 是非そういった意味で自信を持って自分の話を自分の言葉で子や孫に語ってもらいたいよ、子や孫に。俺の役目は終わったなんてわかったような顔をしてる年じゃないんだから、平均寿命は80まで延びているんですよ。昔は平均寿命は50なんだから。今ここにいる人たちはすでに終わっているんですよ。今は80なんだから是非、そう言った意味で自分の思いを考えを歴史を伝統を自信を持って次の世代に語ってもらいたい。
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■日本の政治の話
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こんばんわ。
さて、突然ですが、
だが考えてみれば 日本もそうだったように情報は統制され、ドイツに不利となる情報は極力伏せられていた。そんなさなかに突然の情報担当大臣からのこのような演説をされれば危機感と同時に不安もあったであろう。そんな最中のゲッベルスの述べたドイツの危機。実際にこの演説がドイツの危機感の表明の最初のものだとされている。 この時の聴衆の一人はこう語っている。
ドイツ政府がこの敗勢を挽回するのはこの「総力戦」しかない、ユダヤ人の陰謀を粉砕して、女子供たちの無念を晴らすためにも迫り来る連合軍を打ち破るためにも「総力戦」しかないのだとゲッベルスは訴えた。 という呼びかけに対して国民は
ドイツ人の心は折れない!折れていない!と。 だが、もう一度映像を見て欲しい。冷静に見てみると、いや冷静に見ていなくてもゲッベルス自身は具体的にドイツ国民が勝利する為に必要であると訴えた「総力戦」について何も具体的に述べていない。ドイツ国民が勝利の耐え忍ばなければならない「総力戦」に国民の賛同を求めるも、それが具体的にどんな困難を国民が受けて、何を負担しなければならないのかまったく述べていない。
「私が命ずれば、彼らはビルから飛び降りただろう」またそのような雰囲気の中で別の観衆はこのように述べている。
結局、「総力戦」について何の疑問も、何が「総力戦」であるかもわからないまま、何の抵抗もないままドイツが救われるためとして民需を犠牲として国力の全てを連合国との戦いに捧げてしまうドイツ人たちの姿があったのです。 さて、日本の場合。
そこで放射能事故を二度と繰り返さないためとして菅直人「前首相」が政商と結託して推進した自然エネルギーの活用と脱原発の流れ 正直いかがなものかと思う。 極端で急進的な脱原発の意見についても私は是も非もないがゲッベルスの「総力戦演説」と同じではないか。福島原発の悲劇を受けて語られる脱原発。しかし、脱原発を推進していく事で人々が何を失い、あるいは何を強いられ、あるいは何に耐えなければならないのか。自分たちの日常生活の中でどうしなければならないのか。
TPPについてもそう。
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