たぬぽんブログ〜敷島の大和心を人問はば朝日に匂ふ山桜花〜

身はたとひ 武蔵の野辺に朽ちぬとも 留め置かまし大和魂

▲心に残る言葉の話

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私は隆慶一郎氏の歴史小説が好きなのだが、氏の作品の中には今の日本人に向けられた無数のメッセージが込められている。ということは彼が日本中心のごりごりの演出で作品を作っているのかと言えばそうではなく、ちらほらとだが、あるいはもろにだが朝鮮・中国の要素がちりばめられている。

隆慶一郎氏の作品について何一つ知らない!

という30代の方にはこういえばわかるだろう。少年ジャンプで一世を風靡した「花の慶次」は隆氏の「一夢庵風流記」が元になっている。また他にも「影武者徳川家康(ジャンプでも連載)」やスピンオフ作品の「左近(SAKON)」もあるので読まれた方もあるだろう。

ただし、若干気になるのは、原作「一夢庵風流記」では前田慶次が向かうのは李氏朝鮮で、京城に向かうまでに腐敗した朝鮮の役人や軍人たちをぼこぼこにしていく、、ことになっているのだが、「花の慶次」では何故か琉球国になっていること。

不思議だな。どこに配慮したのかな。

それはさておき、隆氏の作品では古き秩序と武家政権という構図にすることが多い。「影武者徳川家康」では、元々は道々の者だった「家康」と古の秩序を理解しようとしない2代将軍秀忠との戦いとして描かれている。

今日紹介する言葉は「花と火の帝」からである。この作品は幕府と後水尾天皇との熾烈な戦いを描いている。この「花と火の帝」は残念ながら未完の作品となってしまっている。本当に惜しいと思うのだが、隆氏はこの作品を執筆されている最中に急逝されたからだ。同じく江戸中期を舞台にした「死ぬことと見つけたり」も同様に未完の作品となっている。

さて、話を戻す。作品「花と火の帝」の中の一場面、関が原の戦いの前哨戦、石田三成が歌人細川幽斎の立てこもる丹後・田辺城を包囲した時の話である。幽斎の才能や彼が受継いでいる「古今伝授」、そしてその命を惜しまれた後陽成天皇が、天皇の隠密である岩兵衛を田辺城に密かに派遣するのだ。岩兵衛は必死の開城と停戦を勧めるのだが、幽斎は「戦いの中で生を終えたい」という希望とともにこれを拒否するのである。その中のやり取りの中で隠密岩兵衛が、「平和が来るというのはいいことではないか」と述べるのだが、これに対して幽斎が述べた言葉が大変印象に残ったので紹介する。
「だがな、岩兵衛。みかけに欺されてはいかんぞ。平和な世の中ほど、裏では激しいいくさが行われるものだ。例えばの話、内府が天下を取れば、禁裏とのいくさは今より遥かに激しくなる筈だ。内府は禁裏を抑えつけにかかるにきまっているからな。禁裏こそ戦乱の源だ」

岩兵衛は憤然と抗議した。

「そうではない。確かに武力はない。武力はないが不思議な力がある。庶人の胸の底に眠っている帝への畏れがある。呪力と云ってもいい。この国のすべて、大海原の渺々の奥山に至るまで、山川草木ことごとく、おおもとは帝のものだと云う気持が厳としてある。天下人が等しく恐れるのは人々の胸の底に眠っているその思いだ。だからこそ天下を狙う者はすべて禁裏を、帝を気にかけ、何らかの形で一種の取引をしようとして来たのだよ」

まさに現在の政府に言えることばではないかと慄然とした。

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みなさん、こんばんわ。先日までのテーマとは違って今日の記事は、、、私は何となく心の奥底がくすぐられるような感覚に陥りました。不覚にも涙が出そうになりました。先の戦争の事を少しでも考えたことがある方であれば、士心のある人であれば・・・思いは一つだと考えます。

今日紹介する手記は、先の大戦に負けた責任を取って戦後に自決した陸軍憲兵中佐の妹さんが書かれた手記です。出典は私の蔵書の中でも子々孫々に伝えて欲しい本「世紀の自決」です。少々長いですが是非最後までお読みください。

兄上様三十五歳、昭和二十年十月十八日を現世の限りとして、あなたは護国の英霊となり高き神界に入りました。この時米軍はあなたを逮捕にやってきたニューギニアの南の島日本軍最前線ハルマヘラ島は人の住まぬ流人の島で、食糧難とジャングル、悪疫と毒蛇と空襲下に、言語に絶する苦労の中に二千の兵が守備についていたという。この兵を米軍の指示する場所に集結帰還のなるように取り計らってから後、あなたはトリックで米軍にすきを与え、逃れて自決して果てたという。

(略)兄上様遅くなりましたが昨秋(昭和四十二年)命日に漸く快よいあなたの墓標が建ちました。その後あなたの愛児達は親がなくとも無事に成長して、あなたは今五人の孫のお祖父様となりました。しかしあれから二十三年の時の流れは、あの時点で歩みをとどめ、あなたの姿は誰の胸にも若く生きております。足の立たなくなった母様は、あなたの霊前に礼拝する朝夕を何より楽しみに感謝する日暮らしです。

兄上様、あなたの思い出を綴ることは洵に嬉しい。どうぞ霊界でうなづいて下さい。最後まで想って下さったこの妹の言葉を!!

(中略)

さて二十一歳、兵役は大分歩兵四十七聯隊へ幹部候補生として入隊。その頃私に下さった手紙には「自分の生命は、自分のものであって自分のものならず、大いなるつとめが有るのだ」という言葉が記されてあり感動させられた記憶を思い出しました。兄上様その時にあなたの裡に護国の御魂が鎮り給うたのだと存じます私が戦線に送った慰問袋や手紙によく泣いたというあなたは国家のこととなると赤子のように純な皇国のみ楯でしたね。それから除隊後一旦家に帰り、結婚し、再び鋤を取って農業に専念する平和な暮らしに還ったが、時局はそれを許しませんでした。いや兄上様の裡なる使命感がじっとさせておかなかったというのが真実ですね。

防人のつとめは重い、国に捧げてローソクのように燃えつきたその身、これまで何を思ったか、何を為したか短い生涯フィルムが私の脳裡をかけめぐります。兄上と同じように何千何万の大御宝が、この国の為にこの旗のもとに散華していっ、それは散る為にのみ生まれてきた一生であったのか?否!!その御奉公の意義は考えれば考えるほど大切なことが解って来ました。歴史の真実を知るべきですね。

今時天皇陛下と日本国土の恩と云うと嘲るものもあり、生き残った軍人でも「俺達は天皇陛下の為にどれ位苦労したか知れん」などと洗脳ボケのコトバで平気で出る世の中です。終戦後の戦争批判は一方的で、軍人の行動は無価値に落ちた。

占領政策はまことにやむを得ない日本的よきものに一切ふたをしてしまい、日本弱体化の為の過酷なあの手この手のがんじがらめ、日本人は赤い着物を着せられてクツワをかまされ、両手をしばり上げられていながら鱈腹食べられるので肥満児になり、自由だ、平和だ、新憲法はあり難いとおめでたがっているのですが、この二十年にして板について来た歪んだ思想と習慣は実におそろしいのです。

昭和十二年あなたの初陣は、北支を振出しに南京陥落まで何千里を進撃して征ったことです。中隊長を二人も失う悲運にあいながら中隊長代理として激戦の指揮を取ったこと、まことに大陸の行動は史上最大の苦労であったことが察せられます。兄上様南京城一番乗りの名誉は大変な骨折りにもかかわらず他隊にゆずったけれども、何と云っても快心の出来事はあなたが金鵠勲章と賞詞を授与せらる光栄に浴したことでしょう。武人の本懐、感無量であったことと存じます。時は移り人はその価値を認めず、あなたの子供さえ父のことを理解なし得ぬ時代となりましたが、どうか誠心の光だけは末代に伝えて失いたくないものと思います。

兄上様、あなたが「顔が笑っているように美しく」と希ったこの戦いに武運拙なく?負傷して足が不自由になったので助かり、内地還送となりましたね。そうしたらご奉公はいよいよ憲兵で!!と転科、最後まで頑張るつもりで憲兵学校に入学しました。卒業後は支那へ渡り、武昌、燕湖へ勤務が続きました。この二年間は宣撫的なことで割合平穏に過ごした中に語れば一冊の本ができる位彩りがあったことでしょう。太平洋上では暗雲が深くとざしはじめ、昭和十八年あなたが南方に発った後はいずこの地に居らるるものやら、ただ無事を祈り上ぐのみでした。音信も絶え唯不安の裡に銃後の生活も食糧は乏しくなり、厳しいことの多い明け暮れでした。二十年夏終戦を迎えた時は悲しみとも喜びともつかずホッとしました。

兄上様、あなたの自決の報らせはその翌年六月、田植のさ中につきました。凶報は覚悟の上、父も母も重大行事である田植の手を休めませんでした。実に強かった。寝つくということもありませんでしたが、しかし心の裡の空洞は大きく拡がり、人知れぬ嘆きは如何ばかりであったろうか。

兄上、○○さん(郷土出身兵)はあなたのお心をよく伝えてくれました。自決前ニ、三日のこと面会に行った○○さんにあなたは「鳴子の川に魚がいるか」とポツンとこの一語お話になったそうですね。その時○○さんはこの言葉の裏を読めなかったが、自決後霊前に礼拝した時に初めて悟ったと申します。「俺は死ぬのだ、お前帰郷したら村人みんなによろしく伝えてくれ、たのむよ」というわけの一言であったということを!!鳴子川はこの高原の中央をのどかに流れている川、誰か故郷を思わざる美まし山よ川よ村人よ!!殊に兄さんは両親に孝養を尽さずに先立つことをどのように詫びられたでしょう。それから愛児の上に涙を流されたことでしょう。南海の涯に別れを告げる心を察して慟哭しました。

兄上様、なぜ短気を起こしました?たとえ戦犯になってでも生きのびてさえしてくれたなら!!と不足に思いもしましたが、終戦後二ヶ月死を見つめて生きていたあなたの心中を察すると何も云えません。捕虜という字は男が捕まると書く悲しい字ですね。捕虜の浮目を見た上に死刑をまぬがれないとしたら道を選ぶに自決より外ないと考えたのでしょう。一方支那戦線であなたの身代わりとなって弾にたおれた、何より愛する部下の数多く待つ霊界に急ぎまいりたき心になられた事と存じます。その後父上も間もなく病い重り昇天しました。

兄上様あなたは平素、日本は武力で勝つのではなく文化で勝たなければ駄目だ、との持論をお持ちでしたね。その文化とはそも何物ぞ?終戦後世界情勢の影響で幸か不幸か日本は物質に恵まれ、国民生活は非常に華美になり、形の上では文化らしい、しかし「レジャーとジャズ」「カラーテレビと電子計算機」「男の長髪と女のミニスカート」「堕胎と性病」「賃金闘争と学生暴力」さまざまな物心のアンバランスな社会のことをいうのでしょうか、変貌しゆく祖国を霊界から眺めたら大いに案じられることばかりでしょうね。兄上の望まるる文化とは形なくしてあるもの、日本民族精神文化を指すのだと思いますが?三千年の堅固な伝統の念、日本固有の念が各方面に形と成ることを待望した言葉でしょう。政治に産業に教育に美術に社会施設に、日本のよさが顕れることを常に戦乱を超えて、その奥にあるものを見つめていたのですね。現在日本は武力に敗け、この上精神文化に敗けたらと考える時、うたた英霊の声なき声を聴く思いがします。これから生きているものの大責任だよとの!!

皆さんはどうお感じになりましたか?


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愛知縣護国神社昭和の森の碑文

特攻隊員の愛読書には「葉隠」が多い。「葉隠」には武士の基本的な心得が記されている。まさに今の日本人が失ってしまったものが文字として残っている。その中で恐らく確実な死を前にして、圧倒的に優勢な敵艦への突撃を前にしてもしかしたらこの一節を読んだんじゃないかなと思う。

一.だし抜けに首を打ち落とされても、ひとはたらきは十分に出切るものだ新田義貞の最期が証拠ではないか。心がふがいないから、なすところなく倒れてしまうのだ。近ごろの例では、大野道賢の目ざましい働きを見るがよい。これは何とかしてやろうという考えで一筋に思いこむことである。武勇のためには、怨霊にも悪鬼にもなってやるぞと、人なみはずれたふてぶてしさを心に持てば、首が落ちても死ぬはずはない。

そんな無茶な・・・・という巨大な疑問を胸に抱いたのは別にして。しかしながら英霊たちは怨霊でも悪鬼でもなく護国の鬼として今でも私達の国、愛する大和島根を護っていらっしゃいます。
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心に響く名言

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「兄よりすぐれた弟なぞ存在しねぇ!!」・・・・ジャギ(北斗の拳)


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「兄よりすぐれた弟など存在しない」・・・・韓国のことわざより


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