| みなさん、こんばんわ。 |
| 原因不明の知恵熱に浮かされながらもまた今日も特攻隊員の遺した言葉を紹介します。実は今日の言葉はとある本の一節、正確には志願から出撃訓練の最中に特攻隊員であった宅島徳光氏がが記した日記である。家族への思い、故郷への思い、国への思い、そして恋人への思いが一冊になっている。ある高校ではこの一冊を是非全校で読みたい!という強い希望の元にこの日記が書籍化されて配布される事があったという。 |
今日紹介するのはその恋人への思いを記した部分のごくごく一部である。
| さて、私はさきほど「志願から出撃訓練まで」と書いたが何故か。 |
そう、宅島氏は出撃し、特攻隊員の本懐を遂げることなく、訓練のさなか、一式陸攻で飛行中、金華山沖で十数名の搭乗員とともに墜落。殉職している。
六月十三日(快晴)飛行作業あり
(八重子に)
俺の返信を待って落ち着かぬ日を過ごしていることと思う。早く返事をしなければと俺の心の責任感が叫ぶ。はっきりいう。俺は君を愛した。そして今も愛している。しかし俺の頭の中には、今では君よりも大切なものを蔵するに至った。
それは君のように優しい乙女の住む国のことである。俺は静かな黄昏の田畑の中で、まだ顔も見えない遠くから、俺達に頭を下げてくれる子供達のいじらしさに、強く胸を打たれたのである。もしそれが、君に対する愛よりも遥かに強いものというなら、君は怒るだろうか。否々、決して君は怒らないだろう。そして俺と共に、俺の心を理解してくれるだろう。本当にあのような可愛い子等のためなら、生命も決して惜しくない。
自我の強い俺のような男には、信仰というものが持てない。だから、このような感動を行為の源泉として持ち続けて行かねば、生きて行けないことも、君は解るだろう。俺の心にあるこの宝を持って、俺は死にたい。何故ならば、一番それが俺にとって好ましいことであるからだ。俺は確信する。俺達にとって、死は疑いもなく確実な身近かな事実である。俺の生命は、世界の動きに続いている。
俺はどのような社会も、人意を以って動かすことのできる流動体として考えてきた。
しかしそうではなさそうである、ことにこの国では、社会の変化は、むしろ宿命観によって支配されている。不自由な制約の下にあるらしい。
俺も―平凡な大衆の一人たる俺も、当然その制約下に従わなければならない。
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