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| みなさん、こんばんわ。突然ですが、この方をご存知でしょうか。そうこのお顔、この気品在る姿、もうお分かりでしょう。このお方の名前は |
「お玉」さん
| です。 |
| わかりづれえ!!というツッコミまことにカムサハムニダ。 |
この「お玉」という女性、世間一般では
と言った方がよいでしょう。
| そう、彼女は、第六天魔王を本能寺で斃した明智光秀の娘です。本能寺の変後、一時幽閉されますが、秀吉のとりなしで幽閉を解かれます。このお玉さん、なかなかの女傑でした。何故か。 |
| 何故かと言われても困るのでしょうが、このお玉さんの旦那さんの細川与一郎忠興は、相当に気性の荒い人物だったらしいのです。単に気性の荒いというだけでなくこの忠興さん、かつては第六天魔王にも目をかけられていた人物でした。有能だったのです。 |
当然、そんな人物が旦那さんなわけですから、文字通りの「姫様」では身が持たないわけです。
| そんな彼女は、何故か心の安らぎを求めてカトリックに惹かれてしまいます。 |
| しかし、そんな折、イエズス会の心底を見抜いた秀吉は「カトリック禁令」を発布。「家中にはカトリックはおらぬな?」という忠興。しかし侍女の一部がカトリックに入信している事が判明。お殿様はこれを受けて激怒。侍女は鼻を削がれて追放されてしまいます。そんな苛烈な家内調査でしたが、お玉さんは追及を辛くも逃れました。しかし、権力者の追及を逃れたお玉に運命の魔の手が迫ります。会津の上杉景勝の謀反の噂に呼応して、石田三成が戦いの旗を掲げます。もともと文治派だった三成は忠興のことを嫌っていたようで、畿内にいた有力大名達の家族を捉えようとしている中、このお玉さんに目をつけます。 |
なんとしても捕らえい!!
| という三成の追及に対して細川屋敷の人々は断固投降を拒否。ならば力づくでひっ捕らえてやるとばかりに軍勢が屋敷を包囲します。 |
| もちろん豪腕殿様の奥方様なわけですから泣き崩れておろおろなどとするわけがありません。もちろんこの時代の女性は攻城側にとっては単なる「獲物」でしかありません。性欲の対象になるか、戦いや外交の駆け引きに使われるか。そのどちらか。いずれにしても現代以上に「恥」なわけです。ちなみにこの時、包囲された屋敷から、逃げ出した者がいました。それは忠興の子ども、後継者のお嫁さんであった千世姫です。彼女は加賀100万石前田大納言の娘でした。危機を前にしてやはりここで死ぬは不憫というわけです。 |
| ところが後に忠興はこの逃亡に激怒。自分の息子に強制的に離縁を命じます。 |
そんな無茶苦茶な!
| 当然な反応なのですが、忠興はこの反抗にも激怒。さてこの反抗に対して忠興はどうしたか。おしりぺんぺん? |
なんとこの後継者を廃嫡してしまうのです。恐ろしい。
どうしてこんなことになってしまったのか。それはこの軍勢に包囲された「細川屋敷」で起こったことが問題なのです。
| 先ほども書きましたが、有力大名の家族を人質に取ってしまおうとする三成の企みに対して細川屋敷の人々は抵抗を決意したのでした。しかし決意とはいえ、目の前には重武装の戦士達がこの屋敷に踏み込もうとしているわけで。当然勝ち目は、この細川屋敷に戦艦大和の主砲でもない限り、マシンガンでもない限り・・・勝つ可能性は皆無なわけで。当然、主だった人々は「屈辱」を受ける事は目に見えています。 |
| じゃあ屈辱を受けないためにはどうしたらいいのか。 |
| お玉さんは捕らえられて屈辱を受け、しかも生きて捕まった場合、忠興の立場は三成に取り込まれてしまいます。自分が命に拘泥することで細川家の運命が変わってしまうのです。まさに細川家の運命は東軍と西軍の狭間で風前の灯。 |
| お玉さんは決断します。 |
| 敵の手に囚われて屈辱を受けるよりも死を選ぶ。武家の人間としては他に選びようもない決断です。本来ならば謀反人である父親を持った以上、父親が主君を弑逆した時に死んでいてもなんの不思議もない人生だったわけで。 |
| 実際に戦国期の女性はこんな思考の人々が多かったのです。足利義輝の母然り、第六天魔王の妹お市然り、甲斐の虎の妹然り、そしてお玉さん然り。 |
| しかしお玉さんは他の戦国の女性のようには自分の身を処す事ができません。何故か。 |
| 彼女は「ガラシャ」の洗礼名を受けているように教義で「自殺」を禁じているカトリックの教えを信じていました。このため自分の命を自分で絶つことはできません。お玉さんは家老の小笠原さんに自分を殺すように命じます。家老はお玉さんの願いをかなえました。そして自らも細川屋敷全体を火薬に粉々にして自害するのです。 |
そんな「女性の一分」を守り通した女性がいたからこそ、そこからの「逃亡」など許せることではなかったのではないでしょうか。
そんなお玉さんの最後に残した言葉を紹介します。
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