たぬぽんブログ〜敷島の大和心を人問はば朝日に匂ふ山桜花〜

身はたとひ 武蔵の野辺に朽ちぬとも 留め置かまし大和魂

☆たぬき的雑感

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釣りではありません。少しだけ考えてみました。
みなさんはどうでしょう?

はっきりいってあらゆる面で自民党政権時代よりも国内的にも対外的にも日本という国の威信は低下しました。国力も疲弊してしまいました。はっきりいってこの数年、何一つよかったと思ったことはありません。私にとって先の衆院選以来政権の交代も、政府も、首相も何も認めていませんので、私の中で未だに日本の総理大臣は麻生太郎氏だと思っています。

ただ考えてみました。民主党政権が成立した事でよかったことがあります。

政治について真剣に考えるようになったこと。

はっきり言ってこれにつきます。政治家のやる事に無関心でいた時代もありました。誰がやっても何も変わらない。自分達にできることなんてない。金儲けしてるやつはしてればいい、権力握って威張りたい奴は威張ってればいい。自分は自分のやりたいことをやる。

そう思っていました。

よく世間では

政治なんて誰がやっても変わらない


といいますが

逆に言ってしまえば誰が首相になっても今までどおり日本は発展し続けるし、生活は変わらない。誰がやっても日本はこのまま日本であり続けると。誰がやっても危機には対応してくれるし、対外的にも日本の立場は変わらない、それは政治家が仕事しなくともその下で働く人々や国民が有る程度フォローしていたからです。

しかし誰が想像したでしょうか。


まさか日本人の、日本国の利益に明らかに反する政策をいとも簡単に実施してしまうとは、そしてこの政策を掲げる政党に騙される日本人がいるとは、これを満場一致で支持してしまうようにマスコミが世論を誘導するなんてことありえないと思っていました。

そう信じていたことを告白します。

しかし

民主党政権になってから気がつきました。

「政策で政治家を選ばないと日本が壊れる」

「政治に無関心でいることで邪悪な政治家が日本をおかしくする」


どんな素晴らしい国でも壊れる、壊せるのだと。


政治を身近に考えないとこれまでの日本を自分の子ども達に引き渡せない。明るい未来を子孫たちに遺してあげられない。他国に隷従するような屈辱を与えてしまうかもしれない。そんなかつては小説やドラマの中にある絵空事のようなことが実現する日本になってしまうと誰が信じたでしょうか。

そう危機感を抱かせてくれたのが民主党による政権詐取でした。

そんな風に真剣に日本を考え始めた時に、何故か政治がすごく身近になりました。政治が身近になったと同時に何故か政治家やテレビの中でしか見られない雲の上のような人々に出会うことがこの数年の間にできてしまいました。

政権が詐取されるまで考えもしませんでした。

安倍晋三氏にビールを注いでもらったり、注ぎかえしたり、肩を組んで写真を撮らせてもらったり、麻生太郎氏の演説を目の前1m以内で聞いたり、握手したり、会話したり、お手紙を書いてみたり、その返信を貰ったり。田村重信さんに出合ったり、一色正春氏と酒を飲んだり、稲田朋美さん、丸川珠代さん、新藤義孝氏とか並み居る人々と名刺交換したり。そして「外交」というものに興味を持ったきっかけになった岡崎久彦さんに出合ったり・・・櫻井よし子さんにお茶をついでみたり・・・

思えば民主党による政権詐取がなければたぶん起こりえないことでした。本の中やブラウン管の中でしかであえないのですが、政治に関心を持って前向きに講演会とかに無謀にも出っ張っていくようになってからのことですし。

ただし、こうした人々のすべてに賛成して盲信しているわけではありません。あくまでも各論賛成・総論反対のような方もいます、

誰であれすべてを肯定できるような政治家は少ない、というかいないのではないですかね。私なりの考えでここは支持できてもここは支持できないってのはやはりあります。

皆様はどうでしょうか?3年前の自分と今の自分、違っていませんか?

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今日流れてきた「江〜姫たちの戦国〜」に関するツイートを見て考えてしまった。なまじ史実を知っているばっかりに大河ドラマを見るたびにそんなあほなと思う事が多くなった。前にも記事にしたことがあるが、民放で現代風歴史ドラマを作るのにはまったく異議を言うつもりはない。

武士と町人が肩を組んで町を闊歩しようが、
せいぜい鎌倉までしか行ったことのないはずの水戸のご老人が、本当は腕っ節の弱い単なる図書館学芸員のお供と一緒に長崎まで行ってみたり、
お白州にお奉行様が遅刻してきたり(本来は罪人が後から引き据えられる)
あるはずのない足を踏み出す段があったり、
無抵抗の証の長い丈の袴を履いてきたり
・・・

あくまでも状況をドラマチックにするための演出なので致し方ないが、せめてNHKくらいは史実に忠実に大河を作って欲しい。史実に忠実に作れないのであれば、脚本家の腕が悪いとしかいえない。

さらにひどいのは脚本家の思想が染み込んだ作品

個人主義・反戦平和・自由恋愛・男女同権

そんなことありえるか!

脚本家が作品を演出するのに現代の価値観にプラスして本人の思考や思想信条をさりげなく染み込ませた作品にはその心底が見えた瞬間に嫌悪感を覚える。

そして

場面と場面、情景と情景をつなぐ為に利用される「幽霊」、あるいは「超能力」

そんなことありえるか!

文字で食ってるのであれば、ありもしないもので間合いをつながなければいけないような作品を作らないで欲しい。幽霊や超能力でしか主人公の思いを表現できないようであれば歴史ドラマの脚本など書かずにその種のドラマを作っていればいいと思う。

その時代にはその時代に適した作品の脚本があるはず。あの時代にだってそれぞれの喜怒哀楽があったはずだ。そういうものを掘り起こすために歴史家がいたり、時代考証を専門とする人間がいるはず。脚本を書くときに自分の力でそれがカバーできないようであれば歴史を題材とした作品は作らないほうがいいと思うな。世間一般への認識の浸透に深刻な影響を及ぼす事を自覚して欲しい。

そして

現代の価値観を勝ち取るために戦った人々の努力を無にするようなわけのわからない脚本を書かないで欲しいな。


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こんばんわ。たぬきです。

冷静と情熱の間で、、、という映画の話ではありませんが、私はちょうどその感情の境界線の位置に常にありたいと思っています。TPP、放射能、原発の問題を巡って喧々諤々の議論が続いていますが、常に私は冷静と情熱の間で客観的に考えたいと思っているこの頃です。当然人間なのでそう簡単にはいかず時に走り出しがちな言動をしがちにはなりますが。

さて、そんな気持で考えてみようと思います。

今、世間というか政治もマスコミも一極が形成されると次のようなステージを踏んで自分たちの思うように世間を動かしていると思います。まず・・・

第一段階・・・ある一つのテーマを作り上げる。

第二段階・・・そのテーマに対するアンチテーゼを申し訳程度に作る。

第三段階・・・自分たちの支持する一極をドンちゃん騒ぎで持ち上げる。その中でその現象を象徴する人物を作る。


この流れにのって世論がやんややんや賛成だの反対だの騒いでいる間にメリット・デメリットをそれぞれの識者がくだくだしく述べる。もちろん核心的な部分については難解な専門用語を解説するなどして詳しく説明している体を装う

第四段階・・・まったく関係のないスポーツ・芸能ニュースを取り上げてそれまで続いた議論をうまくそらして議論の是非について世論の賛否について結論を言わないままなんとなく終結させたことにする。あるいは議論が続いたまま凍結させる。(考えてみれば年中日本は何らかのスポーツイベントがあります。なければ芸能ニュースを作るだけ)


政治や経済、あるいは外交問題など世論の身近にないものよりも簡単に好き嫌いでものが言える娯楽に目線を注ぐようになる。連日連夜同じテーマで娯楽をテーマにするニュースを流すことで、国民の意識・興味・日常の志向をそちらの方に完全に向けさせる。そして

第五段階・・・突然一定の結論を突きつける。


ここでマスコミは何故か突然責任を押し付けます。行政府、あるいは国会議員や公務員に結論を性急に求めたことについて「国民的な議論が足りないのに」と。

コトはずっと前から決まっていたり、ずっと前から政治家が主張していたり、あるいは世論の興味関心が別のことに注目している間に粛々と進められていたことが案外世の中には多いような気がします。そこで登場するのが

あるテーマを信じて情熱を持って走る人々

そのテーマに身を挺して反対する人々

これは政治家だけでなく言論・教育・経済界を巻き込んだ議論になります。それらの社会的ステータスを持った人々が指揮者になって一般市民も一緒になって走り始めます。ここで起こりがちなのは自分たちの意見への支持者を増やしたいが為の組織的な扇動です。

時に脅迫

時に虚偽

時に誇大宣伝

時に哀訴

時に責任転嫁

時に恐怖

時に利益誘導


あらゆる言動が世間を席巻します。だいたいこの辺で本来は疲れてしまうものですが、情熱を持って疾走する人々にとってはそれが脅迫であろうが、恐怖であろうが自分たちを支持する人々が自分たちを支持してくれさえすればどうでもいいのです。そしてここで犠牲になる人がいます。

声の大きい人になんとなくついて行ってしまう人々
本当に難しいことが理解できず、世間の流れにのって行かざるを得ない人々

そして私が一番嫌いな人々が

それが正しい事なのかどうか、真実であるかどうか検証することができたかも知れないのに流される情報を鵜呑みにしてひたすら扇動する人々

こういう人に限って、ことの真偽が明らかになって多くの人々が事実を検証し始めた際に進んで扇動した事実の責任を他者に押し付けるのです。

「私はだまされたんだ、信じ込まされたんだ。悪いのは・・・・だ。」


その扇動自体がテーマの議論にまともに向き合おうとした人々の足を引っ張るだけで明らかにマイナスになるだけ。賛否の議論自体の価値を下げてしまうだけなのです。私はそうしたものをいつも冷ややかに眺めているだけなのですが・・・

そこでにっちもさっちも行かなくなったときに、完全に決まってしまった事実を自分たちの意志に関係なく、利益があろうがなかろうが最終的に受け入れざるを得なくなるだけ、結局このパターンがすりこまれてしまっているのでしょうか。

情熱を持って突っ走るのもよし、冷静に対処するのもよし、ただ、自分たちの主張を広げる為に真偽に疑問のある情報を撒き散らすのは止めてくれ。それよりもコトの真偽を十分に検証できる立場にあるにも関わらず十分に真偽を検証することなく情報を拡散させて事実を捻じ曲げるようなプロパガンダを流すのは止めてくれ。

日本の邪魔をするだけだから。


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放射能って・・・実際に何なのかしっかりわかっている人がいるのか気になる。

線量が高い場所で何十年と人が寝起きしていてもその人は90歳になってもぴんぴんしていたり、何十人何百人という人が通りすがっている場所にあっても何の健康被害も報告されていなかったり。

私は科学の知識はないが、どーも気になる。

放射能は妖怪か?

妖怪は実際に会った人もいれば、会ってない人は鳥山石燕やら妖怪図画を見ながらこんなことをする妖怪もいるんだなぁと昔は思っていたんだろうな。形のないものを具現化して、こんな悪さをする、こんなことをする。こんなことをすると消える。これはしちゃいけないっていうのも妖怪に対する対処法として伝承されている。

放射能は?

放射能自体も思い浮かぶのはチェルノブイリやらアメリカの「アトミックソルジャー」、日本の広島長崎と意図的に重ねようとしているんだが、

今現在確実にこんなものだ、このくらいの線量の場所に行くとこうなる、だからこうするべき、このくらいなら大丈夫。ってのがいまいち見えてこない。ただむやみやたらに線量計で測ってココが高い、ココが低い、きゃーって。じゃあ高いとどうなる。全然わからない。やたらガイガーカウンターで測って、わいわいと騒いでる。時にニュースにもなる。だからどうしろと。

答えのない、出口のない迷路に閉じ込められ、泣き叫び、嘆き悲しむ人がいる中で

風評被害を煽っている人々がいるな。何もわかっていないのに。こういう風評被害を煽っている人々は放射能がどうで、線量が高いとこうなる、どうなるってのは関係ない。国民が放射能を恐れればそれで満足なのだ。みんなが混乱してやたらと原発や放射線を怖がるようにすれば、衰退する産業がある。また逆に活況を呈する産業があることも然り

そもそも人類で放射能に無縁な人っているのかな。


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いつになく忙しいたぬきです。こんばんわ。

今日、お役人をしている友人に話を聞きました。とっても面白かった。そう今日のテーマの「やらせ」シンポジウムができあがるまでということなのですが・・・例えば・・・

「それでも私は日本を信じる〜日本経済と世界経済〜」・・・・講師麻生太郎


というシンポジウムを企画した場合、とりあえずあまり宣伝広告は必要あるまい。企画者が宣伝周知をするまでもなく新聞やマスコミがある程度の役割を果してくれるはず。そして麻生太郎氏を支持する人々がネットや口コミを通じて様々な方面に情報を拡散してくれるはずだ。

ということで

おそらく会場は大入り満員。たくさんの人々が押すな押すなで詰め掛けるシンポジウムになると思われ。

私は一昨年、地元で開催された金美齢さんの講演会に行ったことがあるが、こんな田舎でもこんな人が集まるものか!という百キロ離れた場所にすらやってきた私ですら感心してしまった。私も含めて数多くの人々が県境を越えてやってきたのだった。それほど講師の知名度はシンポジウムを成功させるポイントなのだと。

ではこんなシンポジウムはどうだろう。

「日本の伝統文化に対する保守政党の役割」・・・・講師菅直人

「金権政治からの脱却を目指す政治家として」・・・・講師小沢一郎


・・・・ありえないだろうが、こんなシンポジウムが開かれても企画者は必死で参加者を探す。そうでないとシンポジウム自体が成立しなくなる上に講演者の面目を潰すことになる。参加者を増やすためならなりふり構わない。

ではこんな講演会ではどうだろう。

「地球温暖化とユーロ危機の相関関係を考える」・・・・講師オルレアンの聖たぬき

「平和憲法を生かして核武装を推進するためには」・・・・講師オルレアンの聖たぬき


こうなった場合、もはやどんなに広報したところで、どんなにシンポジウムの開催を広報したところで地球温暖化、ユーロ危機(経済)、平和憲法、核武装、、、これに特に興味関心がなければ誰も参加することはあるまい。そしてシンポジウムの場合、大事なポイントがある。

事前申し込み


これがある場合参加希望者は極端に減る。本当に聞こうと思わなければ、申し込みをしてまで聞きたいと思わなければ誰だって参加を控えるのではないか。中電の原発シンポジウムがどんな風に広報されて、どんな風に参加者を募っていたのか寡聞にして知らないがな。

当たり前ながら原子力に興味がなければ参加することもなかったのではないかな。ヤラセ云々を反原発の根拠にしている人はもちろん中電のシンポジウムに参加してたんですよね?

今日こんな話を聞いた。

反原発・脱原発を「感情的に叫ぶ」人は、機関や行政主体のシンポジウムが「ヤラセ」にならないようにこれからはどんな小さなシンポジウムも、興味もないような小難しいシンポジウムにも積極的に参加してヤラセ質問がでないように監視したほうがいいと思うな。

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