土屋太鳳のブログ

土屋太鳳です♪元気をたくさん込めるので、たくさん届きますように・・・☆

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大切な命。

こんにちは。土屋太鳳です。
本当に最近は、寒い毎日が続いていますが、みなさんお元気ですか?
私はとても元気なのですが、実は、先週、とても悲しくてとても残念なことがありました。
このブログに書こうかどうしようか、迷ったのですが、
私にとってとても大きな出来事だったので、このことをブログに書いてから、
次に進むことにしました。

先週、姉の幼馴染が、突然倒れて、そのまま亡くなってしまいました。
母が連絡を受けた時に、私は一緒にいたのですが、
電話で話していた母が泣きだしてしまったので、最初何が起きたのかわかりませんでした。
電話を切った後、私はそのことを母から聞いたのですが…
あまりに突然で、あまりに信じられなかったんです。
亡くなったことを聞いた時は、まだ姉が学校から帰ってきていなかったのですが、
姉にそのことを話さなければいけないのが、私はとても嫌でした。
なぜなら、姉がどんなに悲しんで泣いてしまうか、
姉に話さなくても、もう私の頭の中ではっきり浮かんでいたからです。
亡くなった人は姉の幼馴染ではあったけど、幼稚園・小学校とずっと一緒で、
しかも姉とはずっと同じクラスだったので、私もその人や、その人の家族とは、
学校でも学校以外でも、何度も一緒に遊んだことがありました。
おばあちゃんの家に遊びに行ったこともあるし、その人のお姉さんに私はなついてて、
一緒に習い事をやったこともありました。
小さい頃から面白くて、いつ見ても笑ってて優しくて、笑顔が印象的な人だったんです。
だから私も、その人が亡くなったと聞いてからずっと、
その人の笑顔が頭の中に浮かんできて、小さいころの思い出がぐるぐる回っていました。
姉とは小さい頃から知ってるから、そのぶんケンカもよくしてて、
昔、姉と大きなケンカをした時は、学校に来た母を見て「ごめんなさい。」と言うので、
母が「○○(姉の名前です)だって悪いんだから、あなたがそんなに謝ることないよ。」
と言ったのに、「でもあんなケンカするなんて、申し訳なくてお母さんの顔を見れない。」
と何度も何度も謝ってくれたり、
私は幼稚園の年少さんだった頃よく泣いていたそうなんですが、
その人は、私の母を見ると「今日、太鳳が泣いていたよ。」とか、
弟が入園したころには、「今日は◇◇(弟の名前です)がサッカーしてたよ。」とか、
とてもよく教えてくれたり、家族みんなの心に思い出がたくさん詰まっていたんです。
母が姉に話をしたら、やっぱり姉は翌日までずっと泣いていました。
人が亡くなると、お通夜や告別式などお別れの式がいくつかありますが、
私とうちの家族は、その前にその人の自宅に、すぐ行くことにしました。
その途中、私はずっと外を見て考えていたけど、やっぱり信じられませんでした。
家に着くと、その人のお父さんが迎えてくれて、
「よく来てくれたね、会ってやって。眠ってるようだから。」とおっしゃったんですが、
本当に、眠っているようだったんです。
ちょうど私たちが着いた時、私がよく遊んでもらっていたその人のお姉さんは、
その人にすがりついて、泣いていました。
そのお姉さんはいつも楽しい人で、面白いことばかり話して、たくさん笑う人なのに、
号泣していて…その様子を見るだけでも、私たちはつらかったです。
姉も枕元に行ったとたん涙を流して、そしてずっと泣いていました。
その人は、私の記憶よりずっと大きくなっていたけど、
顔は小さい時と変わらない部分もたくさんあって、
私でさえその人の小学時代の姿を思い出したので、姉はもっと思い出したんだと思います。
部屋には小学校の卒業アルバムもあったし、修学旅行のお土産もありました。
そのお土産は沖縄の石敢當という魔よけの石のミニチュアで、うちにあるのと一緒でした。
その人のお父さんが「眠っているようだよ。」とおっしゃったけど、本当に眠ってるようで、
私は一瞬「息を吸ってる!」と見間違ってしまって…何度も何度もそう見えたんです。
そう思いたいからそう見えるのか、どうしてなのかわからないんですが…
でも、ベッドからその人が起きることは、ありませんでした。
すごくショックでした。

家に帰ってからも、その時の様子がずっと頭の中に浮かんでいました。
私も幼小ずっと同じクラスだった幼馴染が2人いて、
今も年賀状は必ず出すし、長い休みには一回は会うとかしてるんですけど、
私はまだ15年とかしか生きてないし、姉もまだ17歳なので、
幼小で9年間同じクラスというと、今まで生きている時間のうち、
半分以上一緒にいたってことだから、思い出もものすごくたくさんあると思うんです。
幼馴染って、血はつながってないけど、ちょっと自分の分身みたいな存在だと思います。
だから、姉はとてもショックだったと思うし、私たちも本当に悲しいです。
お通夜には、姉の同級生だった人たち、その人の今の学校の人達など、
同年代の人達がたくさん来ていて、心をこめてお別れをしました。
姉と私と弟は、小学校の人達と一緒に校歌や、歌の会という行事でよく歌っていた歌を
歌っておくりました。
小学校の先生、幼稚園の先生、お母さん達にも久しぶりに会いましたが、
みんな、「こんなことで会うなんて」と涙を流していて…私もそう思います。
私も、こんなことで、みんなで歌を歌う日が来るとは思いませんでした。
悲しかったけれど…この時私は、命とは何なのか、生きるとはどういうことなのか、
そして家族や友達がどんなに大切なのかを、あらためてその人に教わりました。
そんなことはわかっている、と思っていたけれど、実感がないから忘れていられたんです。
でも、絶対忘れてはいけないことなんです。
本当につらいお別れでしたが、姉から、その人のお母さんが、
「命があることは大切なこと。みんな、うちの子の分も生きてね!」と言って下さった、
と聞いて、心を打たれました。

最後に私は、お顔をさわらせていただきました。
つめたかったけれど、もう亡くなっているけれど、やっぱり命だと思いました。
きっと絶対残念で悔しかっただろうと思うけど、やっぱり優しそうな顔をしていて、
それを見たら、またとてもとても悲しくなったんですが、
その人のお父さんが、「よく見てやって。バンドをやっていたから、
エレキもアコースティックギターもあるんだよ。
よく部屋でもずっと弾きながら歌っていたし、ライブもしたし、
部活で全国大会にも出場したし、この子は17年という短い人生だったけど、
自分のやるべきこと、やりたいことは、しっかりやったんだよ。」
とお話して下さったのを思いだして、しっかりとお別れをしました。
実は、去年、小学校の時の大好きな先生も亡くなったのですが、
今頃天国で2人が会えていたら、亡くなった友達も安心するんじゃないかと思います。
それに、亡くなった人の思い出がみんなの心に残っているということは、
その人の命がみんなの心に少しずつ分かれて、一緒に生きてるってことだと思うんです。
だから私は、その人のお父さんやお母さんが言ってくれたように、
その人の分、その人がやりたかった気持ち、その人が頑張ってきたことを忘れないで、
自分の人生で出来ることは全部挑戦して、せいいっぱい生きていきたいと思います。

今日は悲しい話で、もしかしたら読むのが辛かった人も、いたかもしれません。
でも私が出来ることは、こうやって心をこめて書くことかもしれないと思ったので書きました。
読んでくれたかた、本当に、ありがとうございました。
この一週間は寒いそうなので、どうか体にはくれぐれも気をつけて、お過ごしください。
次は、元気にお会いしましょう。


たお

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