二泊三日の旅などアッという間で、 この日の午後の便で大阪に帰らなくてはなりません。 朝ご飯を食べて(今日は和食にしてみようとご飯とおみそ汁を〜でもご飯が固かったー) 部屋に戻って歯を磨き、チェックアウトして荷物をフロントに預け 『長崎さるくパスポート』を使いきるため出島に行きました。 チンチン電車は昨日一日限りだったので、 今日はちゃんと現金を払って乗ります。 ホテル前の電停から、一度乗り換えますが三つほど先の駅なので けっこう近いです。 出島といえば鎖国時代に西洋に開かれた唯一の窓口で 文字通り海に突き出たような島だったのですが 1904年に出島周辺が埋め立てられ姿を消しました。 現在はビルと川にに囲まれた場所に復元されています。 ミニ出島 復元模型 飛行機の時間を考えるとじっくりと見てまわるというわけには いかなかったですが、それでも良いお天気の中、1時間以上は掛けて 見ることが出来ました。 遠い昔、ポルトガル人達はこの小さな島の中だけであっても 優雅な暮らしをしていたようですね。 出島を見たあとはホテルに戻って荷物を受け取り またチンチン電車に乗って築町の電停前にある 空港行きバス乗り場に急ぎました。 行きしなは長崎空港から高速船でハウステンボスに行ったので 帰りのバスの車窓から見る長崎もまた新鮮でした。 空港には予定より早く着くことができ、 長崎市内で見つけられなかった平戸名物のカスドースを探すことに。 そして何軒かのお土産屋さんを廻ってやっとカスドースを見つけ 買って帰ることが出来ました(^○^) (そう、あのカスドースは空港で買ったのです) お昼ご飯は空港内のうどん屋さんで〜 五島うどんってどんなのかと思ったら 沖縄ソバと似たようなものでした〜〜〜 五島列島と沖縄は近いから食文化も似てるのでしょうか? これもとても美味しかったです♪(私の食べたのは豚の角煮入り) 長崎は見所が多く、交通の便も良く、美味しい物もいっぱいで 本当に良いところでした〜(^○^) また行きたいところの一つになってしまいました〜! |
長崎旅行
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2007年 秋
コメント(14)
長崎歴史博物館を出て、また公会堂前から長崎駅前まで チンチン電車に乗って行きました。 さるくパスポートのお陰でチンチン電車一日乗り放題だし〜 長崎駅前で降りて、次に目指すは日本二十六聖人殉教地。 ちゃんと案内の看板が出てるので迷わずに行けます。 1597年に豊臣秀吉の命令によってここで処刑された26人のカトリック信徒を 悼む記念碑と記念館があります。 26人は後にカトリック教会によって聖人の列に加えられたため、 彼らは「日本二十六聖人」と呼ばれることになったそうです。 その内訳は日本人20名、スペイン人が4名、メキシコ人、 ポルトガル人がそれぞれ1名。 中には12歳の子供もいたそうで残酷で可哀想なことですよね。 次は長崎旅行に行く前にテレビで観て知った 岡まさはる記念長崎平和資料館へ。 場所は二十六聖人のすぐ近くです。 この記念館は日本の侵略と戦争で犠牲となった外国人達の ことを写真や記事で詳しく解説されています。 またその為に長崎の観光パンフには紹介されていません。 長崎はアメリカの落とした原爆で壊滅的被害を受け 多くの人々が亡くなったのですが、 あの戦争では日本も侵略者であり、他国で相当酷いことを していたのも事実なんですよね。 私は被害者にも加害者にもなりたくないです。 平和な世界を築くというのはそんなに難しいことなんでしょうか 平和記念公園のデイゴの花が真っ赤で素敵♪ 長崎駅前に戻らず一駅先の八千代町から またチンチン電車に乗り松山町にある平和公園に向かいました。 長い階段を登ると公園の中央には見慣れたブロンズ像があります。 そこから暫く歩くと浦上天主堂が見えてきます。 浦上天主堂は1914年にロマネスク式聖堂として建てられたのですが 1945年に8月9日の原爆によって壊滅的被害を受け 中にいた信徒30数名も即死しました。 現在の浦上天主堂は1959年に再建されたものです。 次は長崎原爆資料館に向かうつもりだったのですが 時計を見るともう5時前でこれでは間に合わない。 仕方なく諦めることに・・・(T.T) 歩き疲れた私たちはチンチン電車の駅まで歩くのもしんどくなって 近くのバス停のベンチに座り込み、バスで長崎駅に戻りました。 長崎の坂道は疲れるわσ(^◇^;) 長崎駅のカフェに入り、私はまたしてもアイスチョコレートを〜 ハウステンボスで飲んだのと同じくらい美味しかった♪ まっ、相当のどが渇いていたせいもあるけど(^○^) それから、またお土産を見てまわり、 皿うどんを買って帰ることに。 揚げそばも具もスープも入ってるから あとは野菜を足して作ればいいそうです。 それを下げたまま、チンチン電車で中華街のある築町へ。 晩ご飯はお待ちかねの長崎チャンポン! それに、とっても美味しい東坡肉(とんぽうろう)♪ (とんぽうろうって豚の角煮です) 長崎チャンポンもすごいボリュームで美味しく、 東坡肉はとろけます〜(^○^) 長崎ってどうしてこんなに美味しい物ばかりなの〜〜〜! 買ってきた皿うどんを家で作りました〜これもとっても美味しかったです♪
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眼鏡橋を見たあとは長崎歴史博物館に歩いて向かいました。 地図でみるとすぐ近くだし〜♪ でも長崎は坂の街! ちょっと疲れたぞーーー( -。-) =3 ふぅぅ~~ というのは大袈裟だけど、歴史博物館の向こうを見て! 山のあんな上まで家があるー! [[[長崎歴史博物館は先日亡くなった黒川記章の設計で とても大きく立派な博物館です。 歴史文化展示ゾーンには大航海時代から近代までの 海外との交流の歴史を物語る物がたくさん展示されていて 見てまわるのが楽しい♪ 回廊を通り抜けると伝統工芸を体験できる工房などが並ぶ建物や また館内の方にはお約束のお土産やさんもあります。(^○^)}}} 工房の先にはレストランもあり、ちょうどお昼だったので ここでトルコライスを食べることに〜! トルコライスはピラフの上に薄いカツレツがのっていて ケチャップで炒めたスパゲッティが付いてるのが定番だそうです。 ここのトルコライス、とっても美味しかったです〜♪ デザートにはババロアをお願いしたのですが これはすが入っていてなめらかさがなくてちょっと残念。 たまたま失敗だったのか、こんなものなのか・・・ でも、果物がいっぱいあって美味しかったですけどね(^○^) お店の外にも椅子やテーブルが置いてあっていい景色を見ながら ゆっくりすることもできます。(お店が混んでなければね) 博物館の中には長崎奉行所ゾーンというのもあり ここの和室でお庭を見ながらホッと一息つくこともできますよ♪ 壁に歴代の長崎奉行の名前も書かれていて、 遠山の金さんの名前もありました〜 御白洲のお奉行が座る場所には座布団が敷かれていて 裁きを受ける者達が座るところにはムシロがありました。 土・日・祝日には御白洲の場面の寸劇もあります。 私たちは時間がないので見ずに帰りましたが・・・σ(^◇^;) なにしろ、今日中に見たいところいっぱいなんだもの 忙しい〜〜〜! |
さて、旧自由亭で美味しいデザートを食べた終わり、あとは出口に向かうだけ。 出口への道順通りに進むと長崎伝統芸能館という大きな建物が〜 中には長崎くんちなどに使われる龍や宝船などが展示されてました。 そしてそこを抜けるとお約束のお土産屋さんが〜(^○^) でも、私たちは行きしなに通ったカステラやさんを目指して一目さん! 次々とカステラやさんに入り、 試食させてくれるところでは遠慮なくいただいてお味見♪ あっちの店こっちの店で買ったカステラを持ってまた次の店へ。 荷物をちょっと置かせて貰ってお買い物。 カステラの袋ばっかりだもんね〜(^○^) カステラの袋を持って観光して廻るわけにもいかないので 一度ホテルに戻って荷物を部屋に置き、また出直して、 ホテル前の大浦海岸通り電停からチンチン電車に乗って、 公会堂前電停で降りて眼鏡橋を見に行きました。 長崎の眼鏡橋といえば有名ですが、ここには石の橋はたくさんあるのですね! わたしは眼鏡橋一つあるだけかと思ってましたσ(^◇^;) どの橋も趣のある素晴らしい橋でみんな渡ってみたくなります。 また橋の下に降りることもでき、川の側を歩くこともできます。 川の中には飛び石も置いてあり向かい岸に渡ることもできて楽しかったです♪ 国の重要文化財に指定されている眼鏡橋は1634年に中国の僧で長崎の興福寺の 住職が掛けたといわれています。 長い年月の間には水害で損壊もしたようですが その度に修復されて現在の姿があるのですね。 いつまでも残して欲しい素敵な橋ですよね〜! べっこう製品の原料であるタイマイを輸入していた関係で長崎には 昔からべっこう屋さんがたくさんあったそうです。 今はワシントン条約によってべっこうの輸入は禁止されていて 業者は禁止される前に輸入してあった材料で商売を続けているそうですが やはりお店の数は減ってきてるようです。 とはいっても長崎では何軒もべっこう屋さんを見かけました。 しかし、何分にもわたしには縁のない物なんでお店に入ることはなかったです(^_^;) |
広い敷地のグラバー園をグルッと一週して やっと念願のグラバー邸が見えてきました〜♪ 最初に見させてくれても良さそうなのに 最後まで引っ張るようになってるんですね〜(^○^) 日本最古の木造洋風建築ということで素敵なお家です♪ コンサバトリーもあってますますわたし好み〜〜〜 トーマス・ブレーク・グラバーは草花も大変好きだったようで このコンサバトリーで蘭などを栽培していたのでしょうね。 憧れのグラバー邸を見られて満足したわたしだったのですが グラバーのことをちょっと調べてみると、なにやら怪しげ・・・ グラバーは1859年に英国から上海にある「ジャーディン・マセソン商会」 (この会社は今でも存在し、タイのバンコクにあるサマセット・モームや ノエル・カワード、そしてシルク王のジム・トンプソンも常宿にしていた オリエンタルホテルも今はこの会社の傘下に入ってます)に入社し 長崎が開港してまもなく「ジャーディン・マセソン商会」の 長崎代理店として「グラバー商会」を設立したそうですが この「ジャーディン・マセソン商会」というのが阿片を密輸していて アヘン戦争にも深く関わっていたそうで・・・ また、グラバーは討幕派に武器などを売っていて武器商人でもあったようです。 三菱財閥の岩崎家とも深い付き合いがあり。。。 大儲けしてる金持ちには白い手の人間はいないってことかなー(゚.゚)ウーン グラバーの奥さんは日本人でツルさんといい、オペラ『蝶々夫人』の モデルだったとか。 でも、蝶々夫人のような悲劇にはならずグラバーとは添い遂げてます。 そんなロマンチックな逸話だけなら良かったんだけどな〜 とはいえ、近代日本に貢献したことは間違いない人なんですがねぇ 気分を変えてお次は『旧 自由亭』へ 1878年に西洋料理店『自由亭』として開業したお店で 今はグラバー園内でカフェとなっています。 お店の中のインテリアもアンティークな感じで素敵です。 アップルパイとチョコカステラにアイスクリームがのったデザートを〜 とっても美味しかったです♪ |




