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			<title>NTの徒然日記</title>
			<description>開設しようとしている今は、これまで見た映画を中心に、文学、詩、等々、様々な分野に渉って思い出すこと、思ったことを書いて行こうと思っています。続けている間に、私は何を述べたいのかがわかって来る気がします。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/tappei200211</link>
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			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>NTの徒然日記</title>
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			<description>開設しようとしている今は、これまで見た映画を中心に、文学、詩、等々、様々な分野に渉って思い出すこと、思ったことを書いて行こうと思っています。続けている間に、私は何を述べたいのかがわかって来る気がします。</description>
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			<title>幽鬼の街②第一の亡霊･久枝</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-06-52/tappei200211/folder/1382222/32/43162332/img_0?1166519407&quot; width=&quot;320&quot;&gt;&lt;br /&gt;
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　このホテルの中を巡って、鵜藤は久枝に旧悪を暴かれ、責め立てられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「ほら、この部屋よ。あなたと私がしょっちゅう来たのは。」･･････そこは暗いので、白粉を塗った彼女の顔は面のように見え、ものを言うごとに口は、ぱくりぱくりと大きく動いていた。彼女の顔は老いて醜くなった老婆のそれであった。&lt;br /&gt;
「この石鹸にも見覚えがあるでしょう。私が体を悪くして、長いあいだの出血の後、二ヵ月も小樽病院に入院しなければならなかったのは、この石鹸のせいだったのよ。･･････あなたは、私が入院している間、一度だって見舞いに来てくれたことがあって？ひどい人だわ。私、死んでもあの時のことを忘れやしない。･･･････そして私は醜くなってしまった。病気の原因のあなたには棄てられ、とうとうウラジミルにくっついてあの人の出る拳闘の巡回興行の先々を一緒に歩くような始末になった」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　この石鹸については、「海の見える町」(1954年3月『新潮』)の中で、小樽高商直属の石鹸工場で仕入れ、親友の川崎昇と水天宮祭の露天で売った「高商石鹸」を思い出させる。&lt;br /&gt;
　かくして鵜藤は久枝に連れられ、ウラジミルが拳闘の巡回興行に出ている港の埋め立て地方面へと向かう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「私は久枝についてその路地裏を歩き、停車場通りを出て海の方へ歩いていった。だらだら坂になって踏切がある。それは手宮駅から南小樽駅、築港小樽駅を経て札幌駅へ通ずる支線である。この線は汽車が余り通らない。段だら染めの断機が挙がったままになっていて、複線の鉄路が左右にまっすぐに通っている。→（写真１～３）&lt;br /&gt;
　「私はかっらぽの線路を見やってから更に埋め立て地に向かう急な坂を降りる。右手の角に大きな靴屋がある。その向かい側の角には、ロシアの十九世紀風な回廊と鉄の円柱を持った三階建ての煉瓦建築の船会社がある。その店頭にもうこの１０年間もそのままになっている赤さびた大きな碇が置いてある。海岸沿いに左右に石畳の落ち着いた街が伸びている。ここは色内町である。貿易商、鉄商、漁具店、紙問屋、郵便局、銀行などが重々しく並んでいる。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　このあたりは、駅前通の拡幅で、角の建造物はほとんど撤去され、唯一、道幅を広げるために数メートル位置をずらされた「小樽経済新聞社（→写真４）」に面影を残すのみとなっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「さらにこの街角を海へ行けば埋め立て地と町の間の運河に架した吊り橋を過ぎ、税関、北日本郵船の古びた木造2階建ての移民休憩所の前をも通る。その間中、久枝はせかせかと前屈みになって灰色に汚れたフェルトの草履をバタンバタンと引きずり、足を内輪に曲げ、土ほこりを立てて歩いてゆくのだ。」</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/tappei200211/43162332.html</link>
			<pubDate>Tue, 19 Dec 2006 18:10:07 +0900</pubDate>
			<category>小説</category>
		</item>
		<item>
			<title>幽鬼の街①への入り口、小樽駅前</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-06-52/tappei200211/folder/1382222/51/42926051/img_0?1165828321&quot; width=&quot;410&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-06-52/tappei200211/folder/1382222/51/42926051/img_1?1165828321&quot; width=&quot;410&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-06-52/tappei200211/folder/1382222/51/42926051/img_2?1165828321&quot; width=&quot;308&quot;&gt;&lt;br /&gt;
　この物語は、小樽駅から海に向かって街へと入ってゆく場面から始まる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「膚寒く曇った日であった。私は小樽駅前の広い坂道を、海の下に向かっていった。道の向端の水面には赤い船腹をでくんと突き出した北洋通いの貨物船がもの憂げに幾隻も浮かんでいた。･･･････せわしない侘びしい海港の吹きさらしの街路である。街の両側には、北海道名産アイヌのアツシ、熊の彫り物、小樽市名所八景、手宮の古代文字とその因縁、樺太案内記、北千島漁場詳解、などと看板に書いた土産ものを売る店があり、〆二、丸正、角一などの大きな文字を硝子戸に書きしるした旅館が並んでいる。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　というふうな冒頭。往事の小樽駅前と港の様子を彷彿と思い浮かばせる場面だ。今は写真２のような小綺麗な通りになっている。「セピア通り」というのだそうだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（しゃれたネーミングだけど、数年前に拡幅された現在の駅前通はあんまり小綺麗すぎて、レトロな感じがそぎ落とされてる。定着するのかな？）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　この通りを駅から100ｍも下っていくと、現在はグリーンホテルというビジネスホテル（写真３）になっている位置に、かつて北海ホテルというのがあった。小説の中では「北洋ホテル」という名前のその前まで来ると、最初の亡霊、久枝が登場する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「処で私はいま旗のことを言ったが、確かに赤い旗が左側の洋風の建物の頂上に翻っているのを見たのだ。それは、この辺でも一番目立った建物で、この駅前の通りである第一火防線が稲穂町の第一大通りと交差する左側の角にあり、この市の唯一の洋風ホテルである北洋ホテルの楼上に立っているのだ。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　この「赤い旗」は、暗示的である。後でロシア人ウラジミルの亡霊が出てくるのだが、当時も交易のあったソビエト連邦の国旗を連想させ、また、小林多喜二に擬した亡霊も出てくるので、共産党をも連想させる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「すると北洋ホテルの玄関の暗い硝子戸を押して、真っ白く白粉を塗った女が出てきた。それは久枝であった。」&lt;br /&gt;
（△愨海）</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/tappei200211/42926051.html</link>
			<pubDate>Mon, 11 Dec 2006 18:12:01 +0900</pubDate>
			<category>小説</category>
		</item>
		<item>
			<title>「図書サークル」報告Ⅰ</title>
			<description>　この10月から、１年生のＫＩ君の発案で「図書サークル」を立ち上げた。同じ１年生のＳＴ君を誘って、まずは読書会から活動してゆこう、ということになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　小樽出身の文学者、伊藤整に「幽鬼の街」という小説がある。主人公鵜藤等(伊藤整の名前のもじり)が、小樽の街を巡ると、様々な亡霊に出遭い、後ろめたさに苛まされ、悩み、煩悶させられるという小説である。まずはこの小説を読んで、この物語のストーリー通りに小樽の街を巡り歩こうということになった。それで、12/2、/9の土曜日の午後、2週連続、3人で辿り歩いて、写真も撮ってきた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　今回から、しばらく、それをまとめたものをUPしようと思う。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/tappei200211/42920511.html</link>
			<pubDate>Mon, 11 Dec 2006 14:09:06 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>映画「ALWAYS 三丁目の夕日」を見た感想</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-06-52/tappei200211/folder/1382222/94/38930794/img_0?1155721038&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
ALWAYS　三丁目の夕日&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
説明 年度: 2005&lt;br /&gt;
国: 日本&lt;br /&gt;
公開日: 2005年11月5日&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
戦後の昭和、東京の下町で、夕日を見つめ夢を抱いた人々を描く人情ドラマ &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
レビュー&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
 　この映画は去年の暮れ、今、東京に行っている長女と見た。 &lt;br /&gt;
　東京タワー完成の昭和３３年は私が小学校に入学した年だが、あの子供たちは私の子供時代の私だ。というより、私が小学校時代は、田舎町の商店街であっても、少し上の団塊の世代の＜全ガキ連＞の集団遊び賑やかなりし時代で、大勢のガキ連に混じって、虐められたり可愛がられたりしながら遊び育ったものだ。 &lt;br /&gt;
　ライトプレーンを空に飛ばしたopenningからもう、ぐっとこみあげてきた。 &lt;br /&gt;
　駄菓子屋の「スカ」と出るクジ、映画では皿の水に付けて出していたが、思わず「あれは舌で舐めたぞ」と隣の娘に話しかけてしまったものだ(笑) &lt;br /&gt;
　こないだ見た日本アカデミー賞では、主演女優賞候補の小雪以外はこの映画が賞を独占していましたね。主演女優賞、吉永小百合が貫禄だろうか、かっさらっちゃったけれども（北の零年も見ましたよ。）小雪演じるヒロミが、見えない指輪が嵌ってる薬指を見上げながら「嬉しい････」と涙する場面も泣けました。（「主演女優は小雪なのか?堀北真希じゃないのか？」という、だにーさんの指摘も、なるほどですが･････。（笑） &lt;br /&gt;
　西岸良平原作のマンガでの場面や表情とイメージをダブらせながら見たので、一層楽しめた。そういう意味でも、原作マンガの印象や雰囲気が醸し出されるような作りや演出が巧妙に施されていたのではないかと思う。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/tappei200211/38930794.html</link>
			<pubDate>Wed, 16 Aug 2006 18:37:18 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>お留守にしていた、こっちのブログ</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-06-52/tappei200211/folder/1382222/79/38895579/img_0?1155626298&quot; width=&quot;259&quot;&gt;&lt;br /&gt;
　mixiで、発言展開していましたが、映画や本のレビューなど、作品としてまとまっていると思える文章や詩を、こちらにUP・保存・公開しておこうと思います。まず今日は、ちょうど1年前に見た。「リンダ・リンダ・リンダ」についてです。前回書き込んだ「バッチギ！」に続いて、在日韓国・朝鮮人問題絡みの映画です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
05/8/7 (日) &lt;br /&gt;
　シアターキノに「リンダリンダリンダ」を見に行った &lt;br /&gt;
　妻と息子と3人で見に行った。 &lt;br /&gt;
　面白かった &lt;br /&gt;
　生徒にも見せてやりたいと思った。 &lt;br /&gt;
　日本人の女子高生３人と韓国人の留学女子高生ソンがバンドを組んで、学校祭で演奏するまでの間に、民族･国籍の壁なんぞ全くおかまいなく、ブルーハーツの音楽に共鳴し、それを共有して融和し、友情を深めていく姿が感動的だった。 &lt;br /&gt;
　日本人の男の子が、ソンを好きになって、韓国語を一生懸命勉強してコクる姿が、滑稽だが感動的だった。韓国語で告白する日本人の彼にソンが日本語で答えるやりとりがあって、ソンが「嫌いじゃないけど好きじゃない」と韓国語で振ったのを、「え？OK？」と、韓国語が理解できていないというオチが面白かった。自分の発する一方的な韓国語は一生懸命覚えられても、相手の発する韓国語が理解できていないというやりとりが何とも滑稽だった。 &lt;br /&gt;
　バンドの女の子4人が、あられもなくあぐらをかいてカンチューハイを飲んでるシーンもまた、自分の生徒が思い出された。（苦笑） &lt;br /&gt;
　先に書いた「パッチギ！」ほどの重苦しさはなく、日韓問題・民族問題が重くはなくなってきてることに時代の変化（私は敢えて&amp;lt;進歩&amp;gt;と言いたい）を感じた。そして、この&amp;lt;進歩&amp;gt;の源泉は、数重ねてきた反民族差別闘争もさることながら、若者たちの無垢な感性が次から次へと生まれ育ち来ることの力が大きいのだと私は思った。 &lt;br /&gt;
（因みに私は、職場などの飲み会でのカラオケでブルーハーツのTrainTrainを、この年でパワフルにノリノリで歌います（恥笑)</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/tappei200211/38895579.html</link>
			<pubDate>Tue, 15 Aug 2006 16:18:18 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>パッチギ！</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-06-52/tappei200211/folder/1382222/34/29833234/img_2?1143358579&quot; width=&quot;300&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-06-52/tappei200211/folder/1382222/34/29833234/img_3?1143358579&quot; width=&quot;400&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-06-52/tappei200211/folder/1382222/34/29833234/img_4?1143358579&quot; width=&quot;224&quot;&gt;&lt;br /&gt;
　国語の補充授業でこの映画を生徒に見せた。前の時間に「先生、真面目に授業ばっかしやらないで、視聴覚室でなんか映画でも見せてよ」と言われた時、ちょうど高２の息子がレンタルビデオで借りてきていたのを思い出した。「そんじゃ、『パッチギ』って映画、知ってるか？見てみるか？」と言うと、Mが「知ってる！それ。いつか借りて見たいと思ってたところだ」と反応した。いいノリだと嬉しくなった。 &lt;br /&gt;
　やたらと暴力の場面が多い映画だが、全編、バックに流れるザ・フォーク・クルセダーズの歌が懐かしい。フォークルのLPを手に入れたのは中学3年の時だが「イムジン川」だけは収録されておらず、ラジオの深夜放送でしか聞いたことのない幻の曲だった。 &lt;br /&gt;
　60年代も後半、グループサウンズ、フォークソング、学生運動吹き荒れる戦後ベビーブーマー・全共闘世代の青春真っ盛りの賑やかな時代。軽薄で無鉄砲な青春が、日本人にも在日朝鮮人にもあった。 &lt;br /&gt;
　イムジン川を挟んで祖国が、鴨川を挟んで朝鮮人と日本人の高校生が、血を流し涙を流してバトルと差別と恋の川を渡る。軽薄も差別も無鉄砲も、憎しみと怒りの川に流され、悲しみへと純化される。オダギリジョー歌う「悲しくてやりきれない」の曲とともに、生徒たちの瞳からも悲しみの川が流れる。 &lt;br /&gt;
　強制連行されて来た古老の絞り出すような怒りと悔しさを、日本人である笹野高史が力演したが、在日朝鮮人の人たちはこれに合格点を出してくれただろうか。差別を巡る民族間怨念の壁を越えるものであり得てほしいと祈る気持ちになったのは私だけだろうか。 &lt;br /&gt;
　これと加えて、今度は「リンダリンダリンダ」も生徒に見せてやりたいと思った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この映画の紹介サイト→&lt;a HREF=&quot;http://www.cinematopics.com/cinema/works/output2.php?morephoto=ON&amp;oid=4970&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.cinematopics.com/cinema/works/output2.php?morephoto=ON&amp;oid=4970&lt;/a&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/tappei200211/29833234.html</link>
			<pubDate>Sun, 26 Mar 2006 16:36:19 +0900</pubDate>
			<category>高校</category>
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