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 大神神社に寄って三輪そうめんを食べてから、第8番長谷寺へ。http://www.hasedera.or.jp/
 http://blogs.yahoo.co.jp/tarere3/36660503.html

 長谷寺と言えば、関東出身なら鎌倉の長谷寺ですが、ここは全国の長谷寺の総本山。

 686年に道明上人が、天武天皇の病気回復を祈願し、現在の五重塔付近に銅版法華説相図を安置したのが始まり。さらに727年に聖武天皇の勅を受けた徳道上人が、今の本堂付近に十一面観音を祀ったそう。
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 入山料500円。それでは中へ。
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 仁王門と本堂を結ぶ登廊。京都・東福寺を思い出す。
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 見上げれば、清水寺の舞台のよう。
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 この奥に、ご本尊の十一面観世音菩薩。
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 座像10m余り、木造では日本最大級。(金銅製かと思っていました。)普通はお地蔵様が手にしている錫杖を右手に持っています。他のお寺の観音様のような優しさよりも、力強さを感じます。
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 なお拝観料1000円を払えば、内陣に入り間近で見られる上に、足に触れる事もできます。信者ではないのでそこまでするのは恐れ多いし、外からもよく拝見できるので、今回はやめておきました。
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 舞台からの景色。和歌山・奈良のお寺は、どこも景色がいいですね〜。
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 11月になれば、五重塔の手前のもみじが真っ赤に染まります。
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 さて、長谷寺の参道を下りていくと……
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 近くに、番外の法起院。徳道上人の御廟所です。
 徳道上人は、長谷寺の基礎を築いただけではなく、西国三十三所巡りを広めた方。
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 徳道上人は、急な病で亡くなり、冥土の入り口で閻魔大王に会います。「おまえは地獄に来るのはまだ早い。娑婆に戻って人々を地獄に来させないように、三十三所の観音霊場を広めなさい。」こうして、徳道上人は閻魔大王から、三十三所の宝印を預かりました。

 娑婆に戻った徳道上人は718年頃巡礼を進める活動を始めますが、当時の人にはなかなか信じてもらえませんでした。仕方なく「時期が早すぎる」と諦め、その宝印を第24番の中山寺の石棺に埋めてしまいました。そして後に、花山法皇が宝印を見つけて巡礼を復興するのでした。
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 つづく。

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この寺は、春先の桜のシーズンに行ったのですが、美しかったです!
確か、牡丹も有名だったと思います!

2008/10/28(火) 午後 11:17 [ 沼田博志 ] 返信する

chiyodeiさん>花の寺と呼ばれているようで、桜も紅葉も牡丹も綺麗なようです!今度はゆっくり行ってみたいな。

2008/10/29(水) 午後 7:47 みわ 返信する

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