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河谷文夫(朝日新聞記者)
新聞をよく読んでいるらしいのは結構だが、
新聞についてことさらうるさいのが玉に瑕の友達と呑んでいて、
やたら新聞批判をされたので酒がまずくなった。
新聞の片隅にまだ老残をさらしている身であるから、あれこれ言われると責任の一端を感じざるを得ず、かといって何ら権限も権力も持っていないから何も具体的にどうすることも出来ないゆえに、
返答に窮するのである。
〜略〜
しかし、劣化と言えば何も新聞だけの問題ではない。
日本全体が、政治家も官僚も実業家も、と言いかけたら、
「そんなふうに拡散を図ってやみくもにするのが、お前達の悪い癖だ」とやられた。
新聞記者には二種類ある。いや二種類しかない。
切った張ったの現場で抜いた抜かれたの勝負に生きて血まみれになっているのがひとつ。
もう一つは、コラムに引っ込んで、現象を自分なりに解釈してみせるのにうんうん唸りながら血の汗を流している類だ。
かつてコラムに秘術を尽くした文章があったことは確かである。
「いい文章がないんだよ。読み返すに足るというのがね。
昔はあったよ。例えば深代惇朗がいた」
と言うことが的を射ているからこちらもたじたじだ。
深代惇朗のことは、もう三十三回忌も済んだというのにいまだに覚えている読者がいる。
〜略〜
「深代以後、天声人語は暗黒時代ではないか」
と手厳しいことを言う友にあれこれ弁明に努めたのは
「わがなけなしの愛社精神」
であったろうか。
とにかくあの欄を毎日一人で書くということは大変なのだろう
と言うと
「今や二人でやっているんだろう。
読者としては、一人の筆者を毎日読み続けるから甲斐があるのであって、
今日は誰か分からないものなど俺は読む気がしないね」
とつれない。
それではと、読売新聞の「編集手帳」を推薦した。
選択8月号より
高山正之(ジャーナリスト)
(朝日新聞は)まともなのは広告だけ。
紙面は前にも増して酷くなっている。
試験問題の出典になっている「天声人語」はとくに粗末で、
だいたい文章が酷い。
文章がへた、つまらない、
という以上に問題なのは嘘や取材不足が多いことだ。
〜略〜
使命を忘れ、嘘に麻痺した新聞が教室に入っている。
北朝鮮より怖い現実だ。
日本人が勇気と自信を持つ本(テーミス)より
さて、そこまでボロクソに言われる天声人語、
今日の分を見てみますね。
2009年8月6日(木)付
使ってしまった国の大統領が廃絶を口にし、隣国の独裁者が実験を重ねる核兵器。かすかな希望と、空恐ろしい現実のはざまで、広島原爆の日を迎えた。あの時生まれた命は64歳になるのに、人類の歩みの、なんと遅いことか
▼原爆の夜に交錯した生と死。詩人、栗原貞子さんの代表作「生ましめんかな」は、地下室での出産劇を描いた。4年前に没した詩人宅から、未発表の86編が見つかったという。「こえ」はこう始まる
▼〈その日、生きのこった人々は/いろとりどりの夏の花と/線香をその前に供え/あの日の悲しみをつみ重ねるように/花と線香の山をつくった。/焙(あぶ)るような光のなかで/香煙は碑をつつみ/人らは目をとじてぬかずいた……〉
▼モノクロの風景として、1955(昭和30)年の原爆忌が残る。平和公園は立ち退き前の民家で雑然とし、まさに焙る光の中、ひしめく参列者の頭上を煙が流れる。地元の写真家明田弘司(あけだ・こうし)さん(86)による一枚だ
▼近刊の写真集『百二十八枚の広島』(南々社)で、悲憤だけではない被爆地を知った。50年代を中心に、他の焦土と同じか、それ以上の力強さで復興していく街がそこにある。原爆ドーム前に現れたお好み焼き屋、被爆瓦を観光客に売る露店。まずは生きなければならない
▼街は戻り、新たな命が平和の時を生きる。だが、戻らぬ時と帰らざるものを語り継ぐ人たちは老いていく。一瞬で、あるいは長い苦しみの果てに消えた命たちに、そろそろ報いたい。利いたふうな現実論は、核廃絶への歩みを鈍らせるだけだ。
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