ねこ酔い日記

永遠の0、素晴らしいかったです。

雑談

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痴呆の専門医の書いたパンフレットを読んで驚いたことがある。
一般に思われている痴呆のイメージとは、かなり異なるのである。まず痴呆患者の特徴として
1、過去のネガティブな記憶を何度も思い返す。
そして、憎しみやマイナスの感情を常に更新している。
2、自分に都合の悪いことはいくら証拠を突きつけても、絶対に認めない。
3、自分に都合のいい弁明をする時は、素晴らしく頭が働く。
など。


記者会見で戦争体験を話し、涙をこらえる益川敏英さん=スウェーデン・ストックホルムで2008年12月9日午前9時12分
 【ストックホルム河内敏康】ノーベル賞の公式行事の記念講演から一夜明けた9日午前(日本時間9日午後)、益川敏英・京都産業大教授(68)がストックホルム市のホテルで会見した。「疲れたことのないキャラクターです」と元気いっぱいだが、講演で少年時代の空襲体験に触れた点に質問が及ぶと
「こんな思いは二度と味わいたくない。子どもに体験させたくない」と涙ぐんだ。


62年も前のことを、今だに泣けます?



この人は過去にもこんなことも言っている。
「小中学生は憲法9条を読んで自衛隊を海外に派遣できるなんて考えない。だが、政府は自衛隊をイラクに派遣し、更に自衛隊の活動範囲を広げるために改憲を目指す。日本を戦争のできる国にしたいわけだ。僕はそんな流れを許容できない」と猛然と語った。

 1955年、アインシュタインら科学者11人が核兵器廃絶を求め「ラッセル・アインシュタイン宣言」に署名した。その1人が益川さんが尊敬する日本人初のノーベル賞受賞者、湯川秀樹博士だ。「湯川先生の原動力は核で人類が滅ぶ恐怖だったと思う。僕はより身近に、一人一人の今の生活を守りたい。その実現に、戦争はプラスですかと問いたい。殺されたって戦争は嫌だ。もっと嫌なのは自分が殺す側に回ることだ」と強調する。


それじゃあ、子供を守れないだろうが〜!!

 お陰さまで、お気に入りブログが増えました。(^^)
「お気に入り」からアクセスする時に、わかりやすい様に、自分のイメージで整理しました。
「標準グループ」は政治問題です。
その他重複しているブログもあると思いますが、1番ピンと来る題名にしました。
もし、「自分は違う!」という方がいらしたら、遠慮なくおっしゃって下さい。

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ミクシーのコミュで面白いものを見つけた。(^^)
「黙れ、小僧!!」と言いたい為だけに作ったコミュらしいのだが、これが大うけで、会員が
どんどん増えている。以下、管理人や、住民の書き込みから。

自分のわからない問題を生徒が質問した時
「黙れ、小僧!!」

ママ、僕どこから生まれたの?
「黙れ、小僧!!」

娘さんを下さい。
「黙れ、小僧!!」

陣痛で苦しんでいる時に、ダンナが呼吸法のレクチャー
「黙れ、小僧!!」

まだ、結婚しないの?
「だ、黙れ、小僧!!」




それではtarismanから行きます。

四川の地震への募金をお願いします。
「黙れ、小僧!!」

43億円下さい。
「黙れ、小僧!!」

日本の巡視艇が悪い。
「黙れ、小僧!!」

皆さんも、「黙れ、小僧!!」的シチュエーションを書き込んで、
ウサを晴らして行って下さい。(^^)

ご一緒に。
「黙れ、小僧!!」

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関の孫六

夫の祖母の実家は非常に古いところまで遡れる家系らしい。「**水軍」として、古文書に名前が出たりしている。祖母が嫁に来たころまでは、まだまだ裕福であった様だ。
住居部分とは別に蔵があり、そこに家系図やら古美術品などが保管されていた。ところが、ある時そこに泥棒が入り、一本の刀が盗まれた。
「これだけの目利きとは、身内の人間ではないか」として、夫の父も疑われたという。義父は笑いながら言っていたが。
その後も泥棒が入って、今度はつまらない物を盗んでいった様なので、偶然だったのだろうと思う。
その後、刀は長い間行方不明のままであった。
 



この刀の行方がわかったのは、思わぬ事件によってである。
三島由紀夫の自衛隊市ヶ谷駐屯地でのクーデター未遂事件(適切な言葉が思いつかない)の時にこの刀が使われたのである。
「名刀関の孫六が手に入ったので、是非総監にお見せしたい」として、三島は堂々と刀を持ち込んでいる。
ある意味でこの刀は三島事件の主役であった。名もない刀では、怪しまれて、持ち込めなかったであろう。
三島はこの刀で切腹した。
当時、どういうルートでこの刀の素性が明らかになったのかは、分からないが、
親戚一同が大騒ぎになったらしい。
三島由紀夫は「このままでは日本は滅びる」と生前語っていた・・・。

>浅野孫左衛門尉は名を高勝とよばれ、もと明智光秀の家来であった。光秀が三日天下のはかなさで竹槍の露と消えると、当時大津城主だった浅野長政に招かれて、その子長満丸、つまりのちの幸長のお守り役になった。どんな讒言によって能登国に遁れたか明らかでないが、孫左衛門尉は朝鮮の役に出陣している。するとおそらくかの地における行動について讒奏され、豊臣秀吉の怒りを買ったものであろう。浅野幸長にとってかれは師であり父であった。そこで離別にあたって

「太閤の怒りはきっと解けるよう、幸長が責任もって取りはからう。その誓いの印として後日のため余が秘蔵の孫六をそなたに贈る」

といってこの直刃の兼元を与えたもののようである。

日本刀名工伝より

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