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 山行を企画する事に制限を無くした(事前調整をしなくなった)事に加え、2013年から2014年に入会したメンバーがリーダーをするようになった為、山行企画回数が爆発的に増えました。

 私も積極的に沢登りのアピールし、3月から沢登りをスタート。当初は目新しさもあって多くのメンバーが参加してくれました。6月の釜の沢では10人で沢泊を実施、前年からの念願だった赤石沢も手応えを感じていました。

 ところが調子に乗って大雨の後の泳ぎ沢(大峰、葛川)に13人で出かけ、溺水事故を起こしてしまいました。幸い、命に別状はありませんでしたが、一歩間違えれば死亡事故につながり兼ねませんでした。

 事故のイメージが残るので泳ぎの沢は自粛し、沢企画も慎重なものに変更しました。また、沢講習やロープワーク講習などの教育に力を入れました。ただ、会内で盛り上がりかけていた沢登り熱は冷めた感じになりました。

 お盆にはこれも念願の一つだった金木戸川小倉谷に行けましたが、同行メンバーは二人のみでした。(これくらいが当たり前かもしれませんが)

 一方で、経験を積み、いろんな所へ出かけられるようになったメンバーは自ら山行を企画し、どんどん出かけて行きます。みんなの好むのはアルプス縦走やキャンプや観光がメインの山行、また岩登りをやるメンバーも増えてきて、沢登りの影が徐々に薄くなってきました。


 運営面では複数の山行参加回数の多いメンバーに役員をやってもらい、これまでのほとんど一人で切り盛りするスタイルから、共同で会の運営方針を決めていくスタイルに移行しようとしました。

 ただ、私への遠慮なのか、面倒な事は極力避けたいのか分かりませんが、役員たちの反応は薄く、実質一人での切盛りが続きます。

 自身が思うような山(沢)が出来ない中、運営の負担は増えるばかりでストレスが溜まります。会が盛り上がる事は本来喜ぶべき事なのですが、心のどこかで「自分が作ろと思ったのはこんなのじゃないのに・・」と、マイナス思考に支配されるようになってきました。

 以前の様に、本当に自分のやりたい山(沢)は会の外でやっていければこんな事は思わなかったのでしょうが、それもそれも何か違うような気がします。

 常に何かモヤモヤを感じていました。

 当時、こんな記事を書いていました→「沢登りのパートナー

2016年会全体の山行回数115/年 内 42回企画(個人総山行回数67回)


 

 

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酷暑なんて嘘みたい


<メンバー>
サークル 13人

<山域、形態>
大峰、沢登り

<コース>
駐車場(8:15)〜黒谷(8:25)〜前鬼川出合(8:40)10m滝(9:25)
〜昼食(11:4012:40)〜垢離取場(13:1513:50)10m滝(15:50)
〜駐車場(18:00

<天気>
晴れ

 赤石沢を泣く泣くあきらめた翌週は絵にかいたような快晴&酷暑。すっかり超メジャースポットになった前鬼川を企画すると、この暑さに辟易したメンバーが12人も集まった。うーん、大人の遠足状態だ。

 前夜、すっかりさびれてしまった道の駅きのくにで前泊し、前鬼川のゲートに向かう。7:30の時点でゲートの前にはたくさんの車が停まっている。偶然にも懐かしい山友にも遭遇。やっぱり人気スポットだ。

 今回はメンバー数が多いので経験者をリーダーとした4人〜5人の班に分かれ、この班単位で安全管理を行う。まずは吊り橋のたもとから黒谷に降りていく。

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駐車場から黒谷に降りる

 入渓後、沢歩きの注意点など説明し出発。13人もいると本当に遠足みたいだ。とりあえず最後尾について全体を見渡しながら歩いて行く。

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黒谷を下降

 前鬼川出合から本流に入ると暑がりのメンバーは早速水に浸かっているうーん、きもちいいなあ。

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前鬼川本流へ

 いよいよ前鬼川本流の遡行開始。水の色は評判通りのきれいな水色。みんな興奮しながらワイワイと遡行していく。沢歩きに慣れないというか全く初めてのメンバーも多いのでゆっくりゆっくり進む。

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青い〜

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ワイワイ遡行開始

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気持ちE〜

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お約束

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慎重に慎重に

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泳げるよ〜

 10m滝の滝つぼで小休止。元気なメンバーが泳ぎ始めたので私も泳いでみたが、水温が低く、すぐに手がジンジンしてきた。やっぱり前鬼川は特別だなあ。

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10m滝の釜で泳ぐ

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泳ぐ夫を撮る妻

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みんな泳いじゃえ

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集合〜

 滝を右から巻き上がり、落ち口を渡渉するとナメが広がります。ツルツルの岩に気を付けながら進んでいくとコバルトブルーの水がキラキラと輝いています。

 途中、ちょっとした難所もあり、ロープを出しましたがうまくクリアできました。

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滝の上の渡渉は念の為ロープを張る

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ナメが広がる

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うーん、きれいだなあ

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サイダーのよう

 この日の前鬼川は大繁盛、我々を含めて30人以上のパーティーが入っているようだ。折り返し地点の垢離取場は混雑しそうなので途中で素麺タイム。清流で〆た素麺は腰があってとても美味。

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お昼はそうめん

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一心不乱にすする

 昼食の後は箱状廊下、湧水帯を過ぎで垢離取場へ。手前で負傷者の出たパーティーがあったので、何か出来る事は?と思ったがもう救助要請しているとの事。仲間もたくさんいるので、先に進む事にする。

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箱状廊下

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たくさんの湧水が流れ込む

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湧水の滝

 垢離取場には予想どおり多くの人で賑わっていた。時間が押していたが我々も水遊び。湧水帯より上流なので水温が比較的高い。遊んでいても凍える事はなかった。

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垢離取場

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ヤッホー

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シンクロ?

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再び集合

 ここから谷を下って出発地まで戻るが、途中でメンバーの一人が岩場で足をひねって歩行不能になってしまった。ちょうどスタートとゴールの中間地点。幸い、小柄な女性だったので背負い搬送で沢下降。

 10m滝の下りはFIXロープとローワダウンで何とか切り抜け、明るいうちに駐車場に着くことが出来た。

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帰りも慎重に

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湧水

 美しく、楽しい沢をワイワイと楽しむ事が出来たが、ちょっとした怪我でもピンチに陥るのが沢の怖い所。今回は行程が短い沢でメンバーも多く、ロープも複数あったので事なきを得たが、我々もヘリを呼ぶハメになっていたらニュースになっていたかもしれない。

 これからも安全に沢遊びする為に努力を惜しまないでいこう。参加の皆さんありがとうございました。

 同行者の記録→「鈴鹿ハイキング倶楽部山行報告

 前回の衰退のきっかけになった事件は、人望のあるメンバーが企画する山行ばかりに人が集まり、それを面白くないと思った運営側(一部の創設メンバー)が山の方向性の違いを理由にそのメンバーを退会させた事が発端でした。いわゆる派閥争いのようなもの。

 私はその退会したメンバーと比較的仲が良かったので、どっちに着くのか(続けるのか一緒にやめるのか?)を迫られました。残る事にしましたが、かなり理不尽な思いをしました。
 
 なので、自分が運営の立場になった時はそのようなゴタゴタが再び起こらないようにというのを心がけました。
 
 基本方針は以下の二つです。

 
山行の参加募集は全ての会員を対象にする

 自分の仲の良いメンバーとだけ集まって山に行く事を許容すると、当然仲良しグループが出来ます。誰を誘って誰を誘わないかというのが横行すると不満を覚えるメンバーが発生すると考え、メンバーの選り好みをしてはいけないとしました。

 また、入会間もなく人間関係を十分に築けていない人でも気軽に参加できるようにという思いもありました。


同じスタイルの山行を同じ日に実施しない。

 例えば鈴鹿のハイキングが同じ日に企画されると、どうしても自分と仲の良い人の山行に参加する事になります。そうなると人気のある人の山行にメンバーが集まり、そうでない人の山行には誰も集まらない状況が生まれます。(当たり前の事ですが)

 せっかく企画しても人が集まらないと面白いはずが無いので、そういう事態は極力避けようと考えました。

 今から考えるとかなり制約の多い方針です。全ての山行が、通常の山岳会の「会山行」に当たると思います。ただ、とにかく山行が仲良しグループ単位に偏らないように、新しく入ったメンバーがすぐに溶け込めるようにという思いがありました。ある程度機能していたのは小規模なハイキングクラブだったせいかもしれません。

 
 しかし、会員が大幅に増えたおかげで一つの山行参加人数が10人を超えるという状況がしばしば発生しました。山行内容によっては危険であったり、思うような行程で歩けない事があったりしました。
 
 そこで②については廃止し、山行企画に制約を設けるのをやめました。そのおかげで会全体の山行回数は一気に増加し、年間86回。もっとも停滞していた時期の4倍にもなりました。

 山行内容も、雪の西穂高、残雪期の南アルプス、南紀黒蔵谷、北鎌尾根から槍ヶ岳、伊藤新道から雲の平など、非常にバラエティーに富む山行が出来ました。


 ただ、公平性を持たすためにルールを厳格化するとどうしても守らない人も出てきます。メンバーを募集せず、会にも届け出を出さず、好きなメンバーだけで山に行く人が出てきたり。

 この辺りから山を楽しむ事よりも組織運営をいかに円滑にするかという所に意識が行ってしまったように思います。

 山を楽しむ為の山の会が少しづつ、苦労と苦心の種になってきました。

 2015年会全体の山行回数 86/年 内40回企画(個人総山行回数56回)

 2014年は前年に引き続き多くの会員が新たに入会しました。一方でこれまでリーダーを務めてくれていた有力メンバーが仕事の都合や山の方向性の違いなどで相次いで退会しました。

 構造的には入会10年以上数人に対し、1〜2年目20人以上という状態。一気に世代交代というかメンバーがすっかり入れ替わってしまった感じです。
 
 意欲旺盛な会員の要望に応える為、私の企画回数も増え40回を超えました。会内での沢登り普及活動に力を入れ、久しぶりに沢泊(堂倉谷)を企画し、挑戦したかった北アルプスの打込谷も会で行く事が出来ました。

 この辺りから会を低山中心のハイキングサークルから、雪山から沢登りまでやるオールラウンドな山の会に変えて行く事が出来るかな、なんて思いが出てきます。

 また、これまでは会外の沢友が中心だった、自身の挑戦的な山行も会の中で実現させようと考え始めました。

 会員と山行回数の増加に伴い、運営側の負荷も増えてきましたので、山行記をこれまでのHP方式からより簡単なブログに移行したり、山行申し込みに出欠確認ソフトを活用したり、とにかく山へ行く事以外の手間を極力簡略化し、システマチックにする事に力を入れました。

 どんどん増加する会員数と供にレベルアップしていく喜びに浸っていた時期でした。

 2014年会全体の山行回数 64/年 内41回企画 (個人総山行回数69回)

 2013年も新規入会が複数あり、会活動も活発化。停滞期前の最も活発だった状態に近づいてきました。

 この時期はとにかく会員数増と山へ行く為のハードルを下げようと、入会制限年齢の引き上げや、共同装備の購入(テントやワカンなど初心者がいきなり買うには躊躇するかな?というもの)を進めました。

 私自身も月2回のペースで山行を企画し今までに無い充実感を感じていました。正式に代表になったのもこの時期だったでしょうか。(それまでは副をやってました)

 まだメインの沢登りは個人山行で楽しんでいました。

2013年会全体の山行回数 47/年 内25回企画(個人総山行回数54回)

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