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ひっそりFc2へ。こちらはしばらくこのまま放置し、いずれ削除させていただきます。

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le mine, la mienne 第8話


クリスマスのあの日から3日。
つくしの体調は悪化する一方だった。

どうせ何の予定もないし時給も上がるからと、年末ぎりぎりまでびっしり詰めていたバイトの予定。
昨日も一昨日もともすればふらつく身体を奮い立たせてがんばってきたけれど、正直もう体力も気力も限界に近かった。
それでも休まずにバイトに出ていたのは、年末の忙しいこの時期にバイトを急に休むわけにはいかないという責任感から……だけじゃない。

ふとした瞬間、脳裏を過る吸い込まれそうなビー玉の瞳。
“牧野”と自分を呼ぶ、独特のリズムとやさしい口調。
そして………。

頭に浮かべるだけで視界が滲む。
息をのむほど絵になる二人が、寄り添い去っていく姿。
頭に焼き付いて離れないソレを、忙しく働いていれば忘れられるような気がしたからだった。


気が付けばもう、どうしようもなく好きになっていた。
でも、それは気づいた途端パリンと音を立てて砕け散った。

――――はっきりと形になる隙すら与えられないほど、あっという間に。

そう、まだ形になっていなかった。
だから大丈夫。今なら平気。
好きになったばかりだったから。
そう気づいたたばかりだったから。

必死に何度も自分に言い聞かせる。

現実を思い知らされて、今この瞬間は苦しくてたまらないとしても。
このままそっと放っておけば……。
余計なコトなんてこれっぽっちも考える暇がないくらい忙しくしていれば……。
きっとこの苦しさも悲しみも。
こみ上げる苦い塊に、涙が押し出されてしまうのも。
ぜんぶぜんぶ、生まれたばかりの想いと共にすぐに記憶の彼方に消え、遠い思い出になっていくはず。

だってこんなの、淡く儚い初恋のようなものなのだから。
だからなかったことに……できる……はず………。


(ああ、そうか………。)
ふらつく身体を抱き締め、つくしは思う。
(こんなにうじうじ考えちゃうのは、きっと体調が悪いせいだ。だって……こんなのちっとも私らしくないもの。)

そうやって自分を誤魔化そうとしても。
やっぱり
あの文字は、頭から消えない。



『ごめん、今日、行けなくなった』



あれからすぐ、つくしは類のIDをブロックした。
全部なかったことにしようと心に決めて。
でも、ブロックしただけでは最後に交わしたメッセージまでは消されない。

何度も画面を見て。
その文字を繰り返し辿り。
そのたび削除ボタンを押しかける。

けれど、どうしても。
すべてを消去してしまうことだけはできなかった。


(花沢、類………)







「牧野さんっ、牧野さん?大丈夫?」 


ハッと気づくと、いつの間にかつくしはショーケースの前でしゃがみこんでいた。
慌てて立ち上がろうとしたけれど、どうしても身体に力が入らない。

「ちょっと風邪気味で。ごめんね、心配かけて。」

せめて笑顔を取り繕い、平気平気と首を振る。
でも見下ろす香取の顔からは不安げな色が消えなかった。

「今日はもう帰ったほうがいいよ。お店のほうは平気だからさ。」
「ううん、ほんとに大丈夫。ちょっとぼーっとしちゃっただけだから。」

気力を振り絞って立ち上がり、つくしは「いらっしゃいませ」と声を張り上げようとした………が。

「牧野さん!牧野さん!?」

目の前がぐにゃりと歪み、視界が一気に薄れていく。
聞こえる自分を呼ぶ声が今一番聴きたい声でないことに、つくしの心の片隅がキキキと軋むように痛み………同時に目の前がどんどん白くなっていく。

真っ白に塗り潰された視界の奥に浮かぶ、美しい一対の恋人たち。
『ちょっと、からかっただけだよ。』
頭の中を反響する類の声。

(……ゃっ)

たとえようもない苦しさに襲われて大きく首を振ろうとした、次の瞬間。
つくしは押し流されるように意識を手放した。




*




(………え?)

気が付けば、つくしはタクシーに揺られていた。
状況が分からず焦って身を起こしたつくしの耳に、間近から声がかかる。

「あ、気が付いた?」
「香取くん……?私、どうし……て?」
「覚えてない?牧野さん、店で倒れたんだ。」

言われてみればぼんやりと蘇る記憶。
最後に覚えているのは、立ち上がろうとしてもまったく言うことをきかない身体と溶けていく景色。

(私……あのまま倒れちゃったんだ。)

「ご、ごめん……。いきなり倒れるな…んて………。」
慌てて口にする傍から、もう息が切れる。

「だから無理するなって。」
言いながら頭をぽんとたたかれ、ようやくつくしは自分がそれまで香取にもたれかかっていたことに気付いた。

「えっ。やだ、私。……すっかり寄りかかっちゃって。ごめん、香取くん……。」
「いいよ、そのままで。しんどいでしょ?俺的にも役得だし。」

にっと笑われ、気持ちが少しラクになる。

「牧野さん、体調良くなさそうなのに、ここ数日目一杯シフトを入れてただろ?店長も、いくら忙しい時期だからって牧野さんに頼り過ぎたって反省してたよ。」
「でも、結果的にみんなに凄く…迷惑かけちゃったし……。ごめんな…さい。」
「ううん。そんなことないよ。第一牧野さん、いつもがんばりすぎるくらいがんばってるじゃないか。」

つくしの心を少しでも和らげようとしてか、香取の声はどこまでもやさしい。

「それより熱も高そうだし、とにかく今日は家に帰って休んだ方がいいって店長がタクシーを呼んでくれたんだ。でもそんな調子じゃ一人で帰すわけにもいかないだろう?それで店で一番力持ちの俺が牧野さんの支え役に選ばれたってわけ。
おかげでバイト免除になってラッキー。牧野さんに感謝だよ。」
「支え役、って……大変だった、よね?。ごめん…なさい。」
「そんなに謝らなくていいから。……むしろ俺としてはガンガン頼ってもらえるほうが嬉しいし。」
「え?」
「いや、何でもない。それより具合はどう?少しはマシになった?」
「……うん。だいぶ楽になったみたい。」

本当はまだ視界がぐらぐらと揺れる。
声を出すのすらしんどい。
身体の芯から震えがこみあげてくるのは、これからまだ熱が上がる予兆かもしれない。
いや、でも今日は……。

「いけない……っ。香取君、今…何……時?」
「5時だけど?」
「やだっ、私……このあと……家庭教師が……。」
焦って身体を起こそうとしてぐらりと崩れるつくしを、香取が慌てて支える。

「こんな状態で家庭教師なんて絶対だめ。第一、受験勉強中の学生に風邪をうつしたら大変でしょ?」
香取の言うことはもっともで、返す言葉もない。

「……そう…だよね………。」
「ほらもう息が切れてる。なんなら俺が代わりにキャンセルの連絡入れとくから、とにかく今日は大人しくしてなよ。」


言われて気が緩んだのか、携帯を託すと間もなくつくしの身体から再び力が抜け落ちた。




やがてタクシーは、つくしの住むアパートの前に到着した。
回復するどころか、さらに熱が上がったらしく足元すらおぼつかなくなりはじめたつくしの身体を抱きかかえるようにして、香取はゆっくり二階への階段を上る。

ピンポーン

ようやく着いた玄関のチャイムに反応する声はなく、香取は困ったように首を傾げた。

「誰もいないみたいだけど……大丈夫?だからと言って、俺が勝手に上がるのもまずいよね。」
「ありが…と。弟が……もうすぐ帰って…くると思うから。だいじょう…ぶ。」
「あのさ。もし牧野さんさえよかったら、弟さんが帰ってくるまで一緒にいようか?氷枕をつくるくらい、俺にもできるし。」
「でも……。」
躊躇い目を伏せるつくしにあまり強くも言えず、香取がつくしの身体から腕を引きかけたそのときだった。

「先生、どういうこと!?」
突然背後から聞こえた声につくしの瞳が大きく見開かれた。

「風邪を引いて寝込んでるんじゃなかったわけ?」
「どうして……貴方がここに?」
「先生が高熱を出して倒れたって聞いて、俺。いてもたってもいられなくて……。なのにどうして男と……だって先生、彼氏なんていないって。」

感情のまま次々と繰り出される言葉を一気に浴びせられ、つくしは耐え切れず顔を伏せた。
その様子を見てとったのだろう。
一度は離れた香取の手が再びつくしの背に回る。
「俺にまかせて。」
小さな声で耳打ちすると、香取は興奮のままさらに言葉を続けようとする相手にゆっくりと目を向けた。

「彼女の家庭教師先の子だよね?」

年の差と立場の違いをあえて際立たせるような口ぶり。
そのことに相手の唇が悔しげに噛まれる。

「これ以上彼女を困らせないでくれる?」
「そんなっ!俺は…俺は………」
「見てわからない?彼女は本当に体調が悪いんだ。そんなことにも気づかず、そういう子供じみた態度をとるのはよくないと思うよ。」
「あんたは……先生の彼氏?」
「君に答える必要はないよね。」

そう言うと、香取はあえていかにも余裕ありげな笑みを浮かべた。
返す言葉もなく睨むように見つめてくる相手の視線を、真正面から受け止める。

「受験生なら、こうやってうろついてる暇も惜しいんじゃないかい。」
「……くっ。」

思いがけず対立しはじめた二人の会話に焦り、つくしは半ば朦朧としながらも必死に割って入った。
力を振り絞り、精一杯穏やかな笑みを浮かべる。

「……ごめんね。本当に体調が悪くて。この人には送ってもらっただけなの。でも今日は…帰ってくれるかな。風邪がうつるといけないし……。私ももう限界で………。」

つくしの言葉に、ハッとしたように顔色が変わる相手。
「ごめっ、俺………どうかしてた。勝手にいろいろ思い込んで突っ走って……先生にそんな顔までさせて………。」
小さく呟き、思い直したようにまっすぐ顔が上がる。

「急に押しかけたりして本当にごめん。先生のことが心配だっただけなんだ。……あのさ。ゆっくり休んで元気になったらまたビシバシ俺のことしごいてよ。俺がちゃんと大学に合格するまで、さ。でないと俺、すぐ調子にのっちゃうから。」
そう言ってようやく浮かんだ笑顔は、彼らしい邪気のないものだった。
ほっとしたつくしの前に、小さな花束が差し出される。
「先生、今日誕生日でしょ。これだけ受け取ってくれる?」
言われてつくしは、あっと口を開けた。

(そうだ、今日って私の………。)

自分でもすっかり忘れていたその日を覚えていてくれただけでなく、高校生の彼が買うには照れくさいものだったろう可愛らしい花束を届けてくれたことが素直に嬉しくて。
つくしはそれを大切に受け取った。

「ありがとう。……嬉しい。また、来年、よろしくね。」
「うん。先生も早く良くなって。あ、あと………彼氏……と仲良くね。」

思わず“彼氏じゃない“と言いかけたときにはもう、相手はさっと踵を返していた。
カンッカンッカンッ!
勢いよく駆け下りていく靴音だけがつくしの耳に響く。

「牧野さん、今日誕生日だったんだ………。それであいつ………。彼、牧野さんのこと好きなんだね。」
「そんなことないよ。あの子、ちゃんと彼女がいるもの。」
「そう?でも………。」

言いかけて香取は言葉を止め、つくしの身体をそっとドアの奥へと押しやった。

「ごめん。さっさと横になったほうがいいよね。」
「うん。そうするね。送ってくれてありがとう。私は大丈夫だから香取君はもう帰って。」
「………わかった。でもなにかあったらすぐ電話して。駆けつけるから。……あ、あと…。」

「?」
「治ったら、誕生日祝いをさせて。」

驚いて目を上げるつくしに微笑むと、香取は軽く手を挙げた。

「じゃ、また。」



*



吹き抜けの階段は声がよく通る。
だから、そのときアパートの階段下にちょうど居合わせた類の耳にも、男たちの会話は悔しい程はっきり届いていた。


(彼氏だって………?)

思ってもみなかった事実。
でもよく考えてみれば、どんな女性に対しても欠片ほどの興味すら持ったことのなかった自分がわずか数回会っただけでこれほど心惹かれる相手だ。
ほかの男たちが惹かれないわけがない。
合コンにくるくらいだから彼氏なんていないとすっかり自分に都合よく思い込んでいたけれど。
いや、実際出会ったときはいなかったのかもしれない。
でも今は……。

少なくとも二人の男が彼女の身近にいる。
それも自分よりずっと近い立ち位置に。
そう思うだけで、耐え難い焦燥にかられる。

突然胸の奥に現れた、自分でも経験したことのない強い感情を持て余し、類は思わず拳をギュッと握り締めた。




――――あのクリスマスの夜。

イルミネーションを見終えてもまだ離れようとしない静を無理やり家まで送り届けたときにはもう、深夜に近い時間だった。
さすがにその時間に連絡をいれるのは憚られ、翌朝から暇を見つけては何度となくLINEにメッセージを入れたけれど。
そのどれにもつくしからの返信はなかった。
いや、それどころか既読マークがつくことすらなかった。

(怒ってる?)

最初はただそう思った。
でも自分だけのトーク履歴が連なるにつれ、言いようのない不安が心の中に湧き上がる。
電話番号は聞いていない。
わかるのは、彼女の住まいだけ。
だからといって突然押しかけていいものか。

迷った時間は僅かだった。

(どうしてもまた会いたい。会ってちゃんと謝って、もう一度約束を取り付けたい。)

ただそう願い、つくしの家に向かうことを決めた。
ところが、いざ出かけようとするたび邪魔するように静が現れた。

一昨日も。
昨日も。
そして、今日も。

ようやく隙をついて静の拘束から抜け出し、ここまでやってきたというのに。

「くそっ!」

聞こえてきた会話が示す現実に得も言われぬ苛立ちが急激に湧き上がり、らしからぬ罵声が口をついて出る。
握りしめた拳の爪が掌に食い込み、噛みしめた奥歯が締め付けられるように痛んだ。

気が付けば類はつくしに会うどころか、逃げるようにその場から離れていた。
通りひとつ越え、ようやく足を止めて息をつく。

だが膨れ上がった苛立ちは全身を駆け巡り、一向に治まる気配を見せない。
なぜこんなにも苛立つのか、自分でもわからなかった。
ただ、つくしのあの笑顔が自分に向けられることはもうないかもしれないと思うだけで、激しい感情の嵐が身を襲う。

(なんなんだよ、これ………。)

こんなこと今まで一度もなかった。
なにがあっても、どんな相手にも。
いつだって平坦な感情しか抱かなかった自分が、初めて知った新しい感情。
まったく制御できないそれに、類自身今はただ戸惑うばかりだった。




「類。」

突然名を呼ばれ、驚き顔を上げた類の瞳に飛び込んできたのは、思いもかけぬ顔だった。

「………静。どうしてここへ?」

静はその疑問に答えず、ただにっこりと美しい笑みを浮かべた。
数多の男性の心を魅了する極上の微笑。
自分が最も魅力的に映るのが何か、わかって浮かべる完璧な笑顔。
だが、なぜだろう。
かつては何よりも美しいとさえ感じていたそれが、今はひどく色褪せて見えた。

「迎えに来たの。さあ、帰りましょう。類。」

差し伸べられた手を、類はただじっと見つめる。
そんな類を困ったように見つめ返し、静は小さく息を漏らした。

「類は昔から人間よりも動物が好きで、可愛がっていたものね。」

何を言い出すんだと類は訝しく思ったが、その答えはすぐ示された。

「子犬みたいで可愛らしい人だもの。あなたが興味を持つのもよくわかるわ。気になるっていうのはそういうことよ。」

静がまた微笑む。

「でもね、類。あの子は子犬でもハムスターでもない、人間の女の子なの。そんな態度をとって期待させたら可哀想よ。」

「可哀想?」
「そう。あなたにやさしくされたら、普通の女の子は誰だって勘違いして恋に落ちてしまうでしょう。あの子だってそう。でもあなたが感じているのは単なる興味。物珍しいものにちょっと惹かれているだけ。恋じゃない。それなのにやさしくするのは残酷だわ

「残酷………?」

静の言葉が類の頭を駆け巡る。

(可哀想?恋じゃない?物珍しさ?残酷?)

「それに、あなたももうわかったでしょ?あの子にはちゃんとあの子にふさわしい子がいる。だから類。あなたも自分にふさわしい相手がどういう女性か一度よく考えるといいわ。」

(彼女に、ふさわしい?俺に、ふさわしい?)

「……………って何?」
「え?」

ぽつりと呟いた類に、疑問符と共に静が一歩近づく。
だが近づかれた分、類も後ずさった。


「ふさわしいって何だよっ!」


突然声を上げた類に、静は一瞬驚いたように目を瞠った。
けれどそれ以上動じることはなく、綺麗に紅を塗られた唇に薄く笑みさえ浮かべゆっくりと口を開く。

「それが何かなんて本当はちゃんとわかっているくせに。どうしたの?そんな声をあげて。あなたらしくもない。」

だが硬い表情を崩さない類をみて、静は困ったようにため息をついた。

「いい?空に燦然と輝く星の光と、地を這うように照らすばかりの街灯りは、一見同じような光に見えたとしても現実には決して相容れないものだわ。そうでしょう?
あなたとあの子も同じ。あなたが天の星なら、あの子は地の灯火。それくらい生まれも育ちも立場も、生きてきた環境も、何もかも違いすぎるの。その違いは、今もそしてこれからも、どこまでも大きな障壁となってあなたたちの前に横たわるでしょう。」

――――だからあなたは自分にふさわしい人を選ぶべきなのよ。

そう続けた静の声に類の心が激しく揺れる。


違うってなんだよ。
生まれ?
育ち?
立場?

環境?
そんなもの、単なる外的要因に過ぎないじゃないか。
くだらない。
ばかげている。


そう思う一方で、静を否定する心が同時に類自身をも否定する。


生まれも、育ちも、環境も、何もかも。
恵まれているとわかっていながら当たり前に受け入れ、それ故に敷かれたレールもただ漫然と受け入れ、生きてきたこれまでの俺。
これからもそうやって定められた道を歩んでいくのだと思っていた。
それが俺の在り方なのだと思い込んでいた。
今の静とどこが違うというのか。
同じじゃないか。

実際、彼女に初めて会ったときだって、そうだったろう?
自分とは違うフィールドで生きる彼女に、興味本位で声をかけたのが始まりだった。

(でも………。)

俺はもう気づいてしまった。
何にもとらわれることなく、ニュートラルな状態でいられる心地よさを。
何でもない、ただの俺でいられる幸せを。
そんな気持ちにさせてくれる人がこの世の中にいたということを。

――――彼女という存在を。

何もかも持っているということは、何も持っていないということとよく似ている。
俺はこれまでどんなものだって簡単に手に入れてきた。
だからだろうか。
その一方で、何一つ本気で欲しいと願ったことがなかった。


(………
今までは。)



その瞬間、類ははっきりと自覚した。

あの満面の笑顔が
あのふくれっ面が
あの少し照れたようにはにかむ顔が
なぜこんなにも心に焼き付いて離れないのかを。
なぜあのとき、わずか2回しか会っていない彼女の額に吸い寄せられるように唇を寄せてしまったのかを。


爪先が手のひらに食い込むほど強く、拳を握り締める。


誰かを自分のものにしたいと。
そしてその誰かに、同じだけ自分を求められたいと。
こんなにも切実に思ったのは初めてだった。

今初めて自覚した感情が、狂おしいほど類を支配していく。



俺にふさわしいのが誰か、だって!?
それを決めるのは父さんでも母さんでもない。
ましてや静でもない。
俺だ。
俺自身だ。



「ありがとう、静。おかげで今はっきりとわかったよ。俺は………」

そう言ってにっこりと微笑んだ類に、静の口もとが安堵に緩む。
けれど同時に彼女が差し出した手は取られることなく――
――。



「俺は彼女に恋をしている。静が言うような“物珍しさ”なんかじゃない。」

静の瞳をまっすぐ見据え、類ははっきりとそう口にした。

「それに………ふさわしいとかふさわしくないとか、そんなのどうでもいい。俺には彼女が必要。ただそれだけ。」

ビー玉に似た透き通った瞳が、砕けた星の破片のように淡く瞬いた。
ゆっくりと上がった手の、開いた掌にその視線が注がれる。

「静は俺を天の星に例えたね。でも俺は思う。何億光年の孤独を抱えて瞬く特別な輝きよりも、たとえ平凡でつまらないとしても握る手のぬくもりのように暖かい灯りに包まれるほうがどれほど幸せかって。」

その言葉に、静の綺麗な眉が微かに歪む。
それでも類の心は動かない。
いや、もう見えてすらいないのかもしれない。
今の類の心を占めているのは、ただつくしのことだけだったから。


「類………。いつか後悔してもいいの?」

いつも穏やかでやさしくて気高くて、類より半歩高い位置にいるようだった静。
その声が震えているのを聞くのは初めてだった。
怒りか、動揺か。それともそのどちらでもない何かなのか。

けれどそれを察しようとする気持ちさえ、類にはもう欠片ほどもなかった。




「絶対にしない。――――彼女さえ得られれば。」




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    > 鍵コメ「no」さま
    こんばんは!
    たっぷりコメントありがとうございました♪嬉しいです〜(*^_^*)
    香取君、かっこよかったでしょうか。
    類くんのライバル?になるなら、やっぱりかっこよくないとねっ!(といっても類くんに勝てるわけないけど ←)

    せっかく自分の気持ちが見えてきたのに、まだまだすれ違いの続く二人。これからお話はどんどん佳境へと向かいます。
    どうぞ続きもお楽しみに❤

    [ tar*sa_*6 ]

    2017/2/12(日) 午後 7:33

    返信する
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    > 鍵コメ「空」さま
    こんばんは=^_^=
    うふふ。
    複雑な気持ちにさせちゃってごめんなさい。
    そうなんですっ!すれ違いのすれ違いっ!!
    でも、まだまだひと波乱もふた波瀾もある……かも???

    お互い気持ちはまっすぐ相手に向かっているはずなのにね。
    さてさてこの先どうなることやら……。
    どうぞ続きをお楽しみに〜(*^_^*)

    [ tar*sa_*6 ]

    2017/2/12(日) 午後 7:46

    返信する

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