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桂花 ―あきら―

『花四景』について
をモチーフに、禁花(総二郎)桂花(あきら)天花(司)丹花(類)の順にオムニバス形式で話が進んでいく予定です。


桂花①金木犀のこと。②月にあるとされる伝説上の木のこと


数週間ぶりに“今日のうち”に帰ってこられた自室で、俺は何をするでもなくぼんやりと過ごしていた。

このところずっと眠りが浅い。
眠れない、といってもいいかもしれない。
暑かった夏の疲れが今頃出てきたのか。
それとも違う理由があるのか。
考えるのさえ億劫になるほどのけだるさ。
それでも仕事が待ってくれるはずもなく、追い立てられるような毎日が続いていた。

怒涛のように過ぎていく時間の中、時折ふと自由だった学生時代を思い出す。
今はもうすっかり遠くなったあの頃の自分。
凝りもせず繰り返していたくだらない夜遊びと気ままな時間を共に過ごした気の置けない仲間たち。
そして――――同時に脳裏を過る、もうひとつの顔。
(こんなとき、アイツだったら……)

まだ高校生のころからバカみたいに働いて。
そのうえ女だてらにほぼ一家の大黒柱になっていたアイツ。
アイツが今の俺をみたらきっと、背中をばしっと叩きながら「それくらいでへたれてるんだじゃないわよっ!」って一喝してくるだろう。
そりゃもう手の形に跡が残るくらいの勢いで。

まざまざと姿が思い浮かび、懐かしさとともにこみあげる笑いを噛み殺せば、鼻先に漂ってくる金木犀の香り。
その甘さに誘われるように、俺はぶらりと外に出た。



夕方降った大雨で、空気が洗われたせいなのか。
しんと静まり返った秋口の夜風は思いのほか冷たい。
その心地よい冷気に頬をなぶられ、何の気無しに耳もとに手をやってかきあげる髪がないことに気づく。

ずっと長かった髪をばっさり切ったのは仕事に就いたときだった。
あれからもうずいぶん経つというのに、なぜかこうしてかつて長かった髪の感触を追ってしまうことがある。
そして感じる何とも言えぬ喪失感。
淋しいわけじゃない。
けれどそう―――、俺に欠かせない、あって当然のはずの何かが足りない、そんな感覚。

(あいつらを思い出すときと同じだな。)

いつも一緒にいたあの頃は、こんな手のかかるヤツラ面倒で仕方ないと毎日のように思っていたのに。
いざ会わなくなると、ぽっかりと心に穴があいたようになる。

(なんだかんだ言いながら、考えることといえばやっぱりあいつらのこと、か………。)

苦笑を漏らし、空を見上げる。
いつのまにか厚く空を覆っていた雨雲は去り、そこには半欠けで俯く月がいた。




「あれ?もしかして美作さん?」
不意に掛けられた声に驚いて息をのんだ。
慌てて振り向けば、久しく見ていなかったこけしみたいなおかっぱ頭とでっかい瞳が、そこにいた。

「どうしたんだ。こんな時間に。」
「それはこっちのセリフ。まさか美作さんにこんなところで会うなんて思ってもみなかったよ。」
くしゃりと笑う化粧気のない顔。
「私はちょっとコンビニにいってきた帰りだけど美作さんはどうしたの?珍しいじゃん。こんなところに一人で。」
「ああ、俺は散歩。」
「散歩って……類みたいなこといわないでよ。っていうかこんな遅くに?しかもここ、美作さん家からけっこうあるよ。」

あ、でも類も時間に関係なく散歩っていってそこら中フラフラしてるしなあ、なんて言いながらクスクス笑う牧野をみていると、どんどん時間が巻き戻っていくような不思議な感覚に包まれる。

「それにしても久しぶりだよね?」
「ああ、元気だったか?」
「ごらんの通りです。」
「だよな。元気がない牧野なんてちょっと想像できねーや。」
「ちょっと、それどういう意味よ。私だって調子が悪い時もありますっ!」
「ああ、鬼の霍乱ってやつな。」
「失礼なっ!ったく、なんでそう失礼かなあ。いいオトナなんだからちょっとは言葉に気を付けなさいよ!」
「はいはい。どーもつくしさん、お元気そうでなによりです。相変わらずお美しい。」

ふざけてバカ丁寧に頭を下げれば、なにそれっと口を尖らせ牧野はぷいと踵を返した。
そのままずんずん歩いていく後ろ姿をぼんやり眺める。
勢いよく足を踏み出すたびさらさらと靡く黒髪は、昔と同じ漆黒で。

「変わんねーな、ほんと。」

思わず口をついて出た言葉に、牧野がくるっと振り向いた。

「すみませんねー。相変わらず色気もへったくれもない女で。」
「今度のはけなしたつもりはなかったんだが。」
「うっそー。」

けらけらと大口開けて笑う牧野は、本当にあの頃のままで。
そのくせちょっとした仕草や表情の片隅に、ハッとするような気配が滲む。
それは確かに、華やいだ”女”の気配だった。

「へぇ……。やっぱ前言撤回。」
「はぁ?」
「いや、お前もちょっとは女らしくなったんだなと思って。ああ、そうか。番茶も出花ってやつか。」

言った途端、脇腹に全力パンチが飛んだ。


*


そのまま俺たちは近くの自動販売機で買った缶コーヒーを手に、思い出話に花を咲かせた。
話せば話すほど、心が解き放たれるように軽くなる。
さっき殴られた脇腹はまだ少し痛むけれど。
それでも今日は久しぶりにゆっくり眠れるような気がする。
牧野に感謝、だな。
そんなことを考えつつふと足元の大きな水たまりに目を遣って、水面の月に魔が差した。

「そういえばさ。俺、あの頃お前のことけっこう好きだったんだぜ。」
何気なく口にすれば、きょとんとした顔で俺を見返す牧野。
「なんで過去形?」

そう返されて一瞬どきりと胸が跳ねた。
ばかな。
そんなわけ、あるはずがないのに。

「あたしは、美作さんのこと好きだよ。」
それでも言われた言葉は、不思議なほど熱く胸に響いた。

「……こんなお兄ちゃんがいる双子ちゃんたちは幸せだなっていっつも羨ましかったもん。」

ああ、そうか。
そりゃそうだよな。

「いいぞ。」
「え?」
「お兄ちゃんになってやるよ。この際二人も三人もいっしょだ。」
「えっ、ほんと?嬉しいなあ。」
「その代りお前は一生俺の下僕な。」
「あははは〜。何言ってんの。逆でしょ。美作さんのほうが双子ちゃんの下僕じゃん。」
「ま、それもそうだな。」

兄、ならいい。

恋人も。
親友も。
繋がりが切れる可能性を秘めている関係だ。
だが兄は………一生続く関係を示唆する。

それなら俺は、兄がいい。
お前の兄になろうじゃないか。

「困ったことがあったら何でも相談しろよ。いつでも話を聞いてやる。できることがあれば何でもしてやる。下僕になってやるよ。だから俺には何も隠すな。いいな。」

真剣だった。

これからもきっと、牧野の上に降りかかってくるだろうたくさんの火の粉。
それを振り払う手助けが、もしこの俺にできるなら。
どんなときにもこの手を差し出してやりたかった。
そうすることが俺にとっても糧になる。
そんな気がした。

「えー、でもそんなのわる…「兄なら当然のことだろ。な?」」
「………うん。」
気圧されたようにうなずいた牧野の頭をくしゃくしゃと撫でる。

「ああ、ほれ。あの月に誓ってやるよ。俺は一生お前の兄貴だ。」

そうしてにやりと笑ってやる。
牧野の心を少しでも軽くするために。
この想いをさりげなくうけとらせるために。

「兄ちゃんの言うことはちゃんと聞けよ、な。」

くしゃくしゃと、くしゃくしゃと。
牧野がいつものくせで眉間に皺を寄せながら嫌がって。
そのくせ少し頬を赤らめて「やめてよね」とそっぽを向いてぼやくまで。
俺はひたすら髪をかき混ぜ続けた。
いっそ牧野が身を捩って逃げ出すまでこの感触を味わってやろうじゃないかと……そんな意地悪なことまで考えたとき。

ふわり
毛先に何かがふれた。

「美作さんも……がんばりすぎないで。我慢しすぎないで。何かあったら言ってね。」

言いながら小さな掌が俺の頭を撫でようとする。
背伸びをしても届ききれずに、少し額に触れるだけの掌のわずかな冷たさが。
髪をすりぬける指先のやさしさが。
髪を切った分――――いつもよりずっと近い笑顔が。


「ば。ばか。やり返すな。」
「あははっ、美作さんが動揺してるっ。」


頬が感じた熱の意味を考えたくなくて。
よそを向いた鼻先に、金木犀の香りが過る。

「今夜は香りが強いな。雨上がりのせいか。」
「え?ああ、金木犀。そういえばすごい。でも、いい香りだよね。」

― 秋と言えばこの香りって気がする。
― でも知ってるか。金木犀って4,5日しか開花しないんだぜ。
― え〜、もっとずっと花が咲いてるような気がしてたよ。

何事もなかったように、繰り返される他愛ないやりとり。
心の奥でほっと息をつき、俺はゆっくり言葉を重ねる。

「金木犀の花言葉、知ってるか?」
「へ?知らない。」
「謙虚と気高い人。まさに俺だな、俺。」



RRRR RRRR RRRR

そのとき、静かな公園に突然味気ない着信音が鳴り響いた。

「おい、電話。」
「あ、ほんとだ。ごめん。」
「類じゃねーの?」
「まさか、だって今フランスだよ。………あ。」
「ほら、な。」

牧野に関する類の勘とやらは空恐ろしい。
いったいどういうセンサーしてるんだか。

思わず零れる苦笑を噛み殺し、俺は金木犀を見上げる。
木々の合間から零れる月明かりを浴びれば、夕方降ったスコールみたいな大雨がウソみたいに思えてきた。
そして重い荷物を背負ったように両肩に感じていたけだるさも。
ウソみたいに消え去っていた。



なあ、牧野………。
金木犀にはもうひとつ花言葉があるんだ。

花が散った後もなんとなく香りを覚えている。
そして、いつまでも記憶に焼き付いて離れない。



―――――”初恋”だってよ。





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    >もじこさま
    お返事すっかり遅くなっちゃってごめんなさい!
    一歩も二歩も引き加減のあきらくんだったけど、カッコいいって言ってもらえてよかった〜(´▽`*)
    髪の件は……へへへ。狙ってましたw感じ取ってくれてありがとう♪

    [ tar*sa_*6 ]

    2017/12/1(金) 午前 10:22

    返信する
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    >空さま
    今頃返事するなーって怒られそうですが、許してください〜。
    読んでくれてありがとう♪素敵なコメントをありがとう♪
    とっても嬉しいです(*´Д`)
    そうそう、記憶と香りって不思議とシンクロしますよね。香りで記憶が蘇ることもあるし、また逆のことも。
    まあ、私の場合主に食べ物のニオイなんですけど( ;∀;)

    類センサーwwww
    「今そこに…あきら、いる?」うわったしかに言いそう(笑)

    [ tar*sa_*6 ]

    2017/12/1(金) 午前 10:24

    返信する

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