無題

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BARNEYS NEWYORK

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横浜の山下公園の帰りに偶然通りかかった。
ウイーンのオットー•ワーグナーの建物のモチーフをそのまま建物の上部で使っている。
良いのか悪いのか。
結局、悪趣味なデザインをされるよりは、ワーグナーのデザインの真似で良かったんだろうな、となんか変だけど納得させられてしまった。

富士山

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シンボリックですが、あまりにも他を圧倒しています。

今、思う事

八王子のセミナーハウスについて
「内部で、動くと、人間のサイズを細やかに包む感覚を味わうことが出来ます」
という建物を実際に体験された方の感想を読みながら、設計者は喜んでいるだろうなと思いました。

今の時代、奇麗で、欠点が無いもの、洗練されたものがもてはやされる時代に対して、そうではないとしっかりと発言し続けている貴重な建築です。

時間が経ってもそのコンクリートの存在感は褪せる事なく私たちに語りかけ続けます。
そのコンクリートはいろいろな意味で欠点だらけで、今はやりの建築家のA氏の奇麗なコンクリートのうち放し面とは対照的です。
でもどちらがコンクリートの美しさを感じるかと言えばセミナーハウスに軍配を上げたくなります。
(同じ設計者の住宅ではコンクリートを打ち込んだときの欠点(失敗)がそのまま建物のデザインとして生かされています。)

セミナーハウスの設計者の授業では図面は逆から見たり、裏返したりして観るものだと指導されました。
一つの方向からだけ観ていると見えない物があるのです。
同じ発想で、日本全体の計画では日本地図を180度ひっくりかえして日本海側が下に来る様に配置され、太平洋側からの視点ではない日本の全体構想を提案されたのでした。

21世紀の今、建築と言う世界でどれだけ本当に人間を本当に愛し、そこから建築を作っている建築家がいるかはとても疑問です。
抽象的な人間はいます。でも具体的な人間は存在していません。
社会の中でも政治の中でも同じです。そして建築の中でも。そして街の中でも。
私たち一人一人は抽象的な存在ではないのです。しかしいつの間にか私たちは抽象的な記号に閉じ込められてしまっているのです。市民、国民、消費者、有権者、政治家、老人、若者、子供‥‥

実体のある人間を発想の原点に実際の物を作れる人は稀なのかもしれません。でも誰かがセミナーハウスが示してくれた建築のあり方を発展させる必要があります。
私たちが全員、記号としてしか存在しなくなる前に。

主語

主語がはっきりしない言語。
個人がしっかりと確立することはこの言語を使っている社会では不可能だと思う。

ラスコーの壁画

この歳になるまで、壁画の大きさが24インチのテレビ画面に入るぐらいの絵と思い込んでいました。
スペインを旅行したときもすでに見れなくなっていたので、この誤解は解けずにそのままでしたが、先日知り合いの画廊で実際に見たという人の話しを聞き、いっぺんにアートの考えが変わってしまったのです。

サイズもすごいが、ひずめの音が聞こえてくるそうです。

絵は人間にとっていったい何なのだろうか。


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