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羊が目の前で水を飲んでいた
そこは見渡す限りの湖だった
半円形の空には黒い絵の具を流したような夜空が広がっていて
その空には都会では見る事の出来ないような光輝く星が散りばめられている
彼が首を巡らせるとその湖は、360度の完全な円形だった
そして、彼はその時はじめて自分が深く底の見えない湖に立っている事に気づいた
試しに片足を上げてみると割り砕いた水晶のように飛沫が輝いて零れ落ちた
ズボンが濡れた感覚はなく湿った感覚すらない
ただひんやりとした感覚を膝元の水が達しているところにだけ感じた
もう一度美しい夜空を見上げると
黄色い月がやわらかい光を放っていた
そのまま首を巡らせると、もう一つ青い月が冷たくそして温かい光を投げかけていた
月は一つではないのか、っとその時初めて知った
そして、首を夜空から湖へ向け、水を散らかしながら歩き始めた
彼が歩くたびに鏡のような湖に波紋が走るが、不思議とその波紋は水に溶け込むようにすぐ消えてしまう
それからどれだけ歩いたのか彼は覚えていない
歩いてゆくうちにこの世界は夢の中だという事になんとなく気づいた
この夢も目が覚めれば忘れてしまう事も、なんとなく分かっていた
ふと、彼が足を止めると、彼の足元には美しい白い花が咲いていた
その花の周りは不思議な光で満たされていた
彼はその花を摘もうとしたが、茎を引きちぎろうとした瞬間ふいに手を止めた
波紋がその花を揺らし、美しい花をいっそう美しく輝かせていた
花が揺れるたびに小さく鈴の音がする
彼はそのまま手を引っ込めて花を暫く見つめてから
花を跨いで暗い闇の染み込んだ向こう側の世界へ歩いていった
彼が夢から覚めるまで、波紋は静かに
静かに揺れて鈴の音を聞かせてくれた。
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